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僕のペナントライフ  作者: 遊馬 友仁
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第3幕・Empowerment(エンパワーメント)の章〜⑬〜

 御子柴奈緒美(みこしばなおみ)のとまどい


 御子柴奈緒美(みこしばなおみ)が所属するイベント企画会社ビー・ケー・オーは、二週間後に迫ったライブフェスの開催に向けて、社員の業務は多忙を極めていた。


 できあがった販促物の確認や物販グッズの最終チェック、各種メディアへの広告出稿と現地会場のスケジュール確認、会場設営を行う会社との細かな打ち合わせなど、次から次へと仕事が押し寄せ、入社して数ヶ月の奈緒美は、日々の仕事をこなすのに精一杯だ。


 連日のうだるような猛暑の中、現地視察や打ち合わせから社内に戻ると、オフィスでは長袖の上着を羽織らないといられないくらい、室内はクーラーで冷え切っている。

 おまけに、終電間際の帰宅時間になっても、夏の夜の蒸し暑さは収まっておらず、駅から徒歩十分と掛からない自宅のマンションにたどり着くまでに、ジットリと汗ばんでしまう。


 初めての繁忙期ということもあり、連日の超過勤務で、彼女は、心身ともに疲れ切っていた。

 入社してまだ半年も経過しておらず、仕事内容に慣れていないということも大きな理由ではあるが、奈緒美には、それ以上に気になっていることがある。


 それは、自分が、本当にこの仕事に向いているのだろうか――――――? ということだ。


 彼女が、夢を抱いて飛び込んだイベントプランニングは、多くのヒトに、()()を消費してもらい、楽しんでもらうために演出をおこなう仕事だ。


 限られた時間のなかで参加者に、


 「楽しい」

 「興奮する」

 「感動する」


という、その時間だけの価値ある体験を提供することがイベントプランナーのやりがいといえるだろう。そして、イベント参加者と「()()()()」の場を共有することには、喜びを感じられるのではないか?


 御子柴奈緒美は、そんな風に考えて、前職のICTサポーターの仕事から、現在の職場への転職を決意した。


 さらに、感染症の拡大がピークを過ぎ、屋外イベントの集客規模や内容が、徐々に感染症以前と変わらないモノになるというタイミングで求人があり、この流れに乗ろうと、いまの会社に応募し、運良く採用を勝ち取ったときには、日々新しい体験のできる()()()()()()が待っている、と期待に胸を膨らませたのだが……。


 目新しい体験は、不慣れで効率よく仕事を進められない自分自身の不甲斐なさと向き合う中で、未知の業務や初対面の人々に接することへのストレスにつながり、仕事の楽しさや喜びを感じられるような余裕は、まったくなかった。


 もちろん、彼女も社会人としてのこれまでの経験から、ライブ・フェスなどの華やかなイベントの行うためには多くの地道な業務が必要で、当日のあらゆる場合に備えて綿密に計画と準備をしていく必要があり、仕事量も責任も大きなものになることは覚悟していたつもりではあるのだが……。


 日々の成果がなかなか見えない中で、業務過多による疲労だけが蓄積していくにしたがって、自分が理想として抱いていた想いが、徐々に(しぼ)んでいくことを実感する。

 

 そのことに加えて、職場の他の社員たちが、イベント運営に関わる取引先によって、露骨に態度を変わるところを目の当たりにしたことも、彼女にとっては、少なからずショックを受けたことだった。


 人気アーティストなどを擁するレコード会社や、イベントを協賛する放送局などの企業に丁寧な応対をするのは当然と言えるが、会場の設営などを行う制作会社などには、強気な態度を隠さない社員も少なくなかった。

 日々の業務のなかで、周囲のメンバーの発言に、


「もう少し、言い方に気を使った方が良いのでは……」


と、疑問に思う場面に少なからず遭遇したが、それは、知り合った当初、頼りになる先輩社員だと感じた松永も例外ではなかった。


 人手不足で、設営用のスタッフアルバイトと当日の警備員が、なかなか集まらないという制作会社に、


「そういうことじゃ、困るんですけどね〜。今年は、屋外イベントが増えるのはわかってたことでしょう? とにかく、当日までの人数確保お願いしますよ!」


と、彼が面と向かって言い放ったときには、隣で聞いていた奈緒美が、ヒヤヒヤしたほどだ。


 ただ、そんな周囲の社員たちに意見を言えるほど、自分は現在の仕事の戦力になることが出来ていない、という歯がゆさがある。

 このままでは、いまの職場で目標となる上司や、気持ちを分かち合える同僚社員がいない状態で業務を淡々とこなすだけになってしまう。


 そんな想いを抱えたまま、無意識にテレビのスイッチをオンにすると、夏の高校野球の地方予選の結果を伝える番組が放送されていた。

 大阪の強豪校2校が準決勝を勝ち上がったことを報じる内容を眺めながら、


「誰かに、いまの気持ちを聞いてもらいたいな……」


と感じるが、友人の京子や美紀など、定期的に食事会をしているいつものメンバーには、転職したときに意気揚々と新たな職場での展望を語ってしまったため、自分の想いは、話しづらいことをあらためて実感する。

 

 仕事が忙しく、なかなかコミュニケーションを取ることが出来ていなかった中野虎太郎から、約一ヶ月ぶりにLINEのメッセージが届いていることに気づいたのは、そんなときだった。

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