幕間その2〜セ界制覇へ突き進め!∨やでタイガース〜2015年その②
文化祭実行委員同士の協議内容を元に、虎太郎が男子全員に対してグループLINEで根回しを行ったことと、提案を受けた神奈が、すぐに美術部員に調理担当の衣装デザインを発注し、翌日のホームルームでプレゼンを行ったことで、彼らのクラスの演し物は、すんなりと『執事喫茶』に決定した。
ただ、クラス内で決定するべきことは、一学期中のホームルームで決めることができたが、虎太郎と神奈の二人には、夏休み直前から休み中にかけても、たくさんの仕事があった。
文化祭実行委員会への出席。
衣装と内装の決定。
小物や食材を購入する店舗の下見。
などなど……。
高校生になって初めての夏休みにもかかわらず、実行委員会の仕事に時間を割かなければならない虎太郎に同情するクラスメートもいたが、この時期に快調に白星を重ねだした贔屓チームの成績に気を良くしていたことと、休み中に何度も文化祭実行委員の相方と会えるという事実から、彼自身は、そのことをさして苦しく感じていなかった。
この年のプロ野球セントラル・リーグのペナントレースは、異様な展開を見せていた。
リーグ首位の貯金11で交流戦に突入したベイスターズが3勝14敗1分と、交流戦史上最低勝率を叩き出し、2位だったジャイアンツも7勝11敗(12球団中11位)と失速。リーグ合計でも44勝61敗2分と大きく負け越したため、セ・リーグの貯金の大半がパ・リーグに吸い取られる事態となった。
さらに、交流戦終了後の6月23日、セ・リーグで唯一貯金が残っていたジャイアンツがベイスターズに敗れた事で、日本プロ野球史上初のセ・リーグ全球団の貯金が消滅する異常事態が発生する。
そして、7月3日には勝率5割で首位に並んでいたスワローズとタイガースがともに敗れ、ついにはプロ野球史上初の同一リーグ全チーム借金という不名誉な記録を残してしまった。
この頃、盛んに指摘されていた『セ・パ両リーグの実力格差』をまざまざと見せつけられたシーズンでもあったわけだが――――――。
それでも、学生たちが夏休みに入る頃から、虎太郎の愛するチームは勝ち星をあげ始め、7月末には、ジャイアンツとスワローズの三つ巴の争いから首位に立つ。
さらに、高校球児に本拠地甲子園を譲る通称『死のロード』でも好調は続き、阪神タイガースは、5連勝と勢いに乗ったまま、神宮球場でのスワローズとの首位攻防戦に乗り込んだ。
※
8月16日――――――。
その首位攻防戦を1勝1敗として迎えた3戦目の当日。虎太郎は、落ち着かない気分で、日が暮れるのを待っていた。
彼が、気もそぞろな様子なのは、スワローズとの首位攻防戦の試合展開が気になる、ということも、もちろんあるのだが、それ以上に、夕方からクラスメートたちと出掛ける夏祭りに気持ちが向かっていたからだ。
夏祭りに参加する男子メンバーは、虎太郎を含む、関川・山田・北川の四名。
女子のメンバーも、神奈をはじめ、小嶋・二神・榎田の四名と男女同数の構成だった。
虎太郎たちの通う高校の近くにある日本三大厄神の一つとしても有名な神社で行われる夏祭りは、屋台などの出店が連なる大規模なものだ。
待ち合わせ場所になっている神社に近い駅の改札口で、男子メンバーの連中と語りあっていると、時間を合わせていたのだろうか、女子の四人が揃って改札を出てきた。
その瞬間、四人の男子たちは目を見張る。
女子の四人は、二人づつがペアになり、色違いでお揃いの柄の浴衣を着ていたのだ。
二神のぞみ・榎田麻陽の二人は、優美な蝶の柄。
そして、橋本神奈と小嶋ひかりの二人は、さわやかな朝顔の柄だ。
それまで、思春期男子特有のくだらない駄弁りに興じていた彼らが、一斉に黙り込んで、自分たちに見とれているのを感じた二神のぞみが、してやったり、という笑顔で語る。
「いや〜、男子の視線を集めようと考えて、みんなで、お揃いにしてみたけど、狙いはバッチリやったね」
のぞみの言うとおり、午後六時半を過ぎた夕映えの光景に、彼女たちの姿は、いっそう華やいで見えた。
「二学期の文化祭では、男子たちに執事服でビシッと決めてもらわないと、やからね〜! 今日は、私たちからのサービスやと思って!」
そんなことを宣う榎田麻陽の言葉に、男子一同は、黙ってうなずくのみだ。
そして、
「じゃあ、行こっか?」
と、はにかみながら促す小嶋ひかりの言葉で、メンバー一同の移動が始まった。
線路沿いの参道に歩みを進めると、虎太郎の横を歩く神奈が声を掛けてきた。
「ちょっと、緊張したけど、これだけ好評なら、着て来て良かったな……」
控えめに浴衣をアピールするように語る彼女に、ドキリ――――――としながらも、それを悟られないように、虎太郎は答える。
「うん……みんな、すごく似合ってると思うから」
すると、神奈は嬉しそうに、
「ホンマに? ありがとう!」
と、答えたあと、「そう言えばさ〜」と、言葉を続けた。
「文化祭の演し物を決めるとき、女子にも制服を着ることを提案してくれたやん? あのおかげで、クラスの意見もまとまったけど……中野くんが、エプロン姿を見てみたい女子って、今日のメンバーの中におるの?」
以前の醒めた視線とは違い、今日は、興味津々という感じで、神奈はたずねる。
「ハァ……!? いや、僕は、そんなつもりで提案したんじゃないし……」
誰にも伝えたことなどないが、虎太郎が、その姿を見たいと考える相手は、彼の返答に、
「え〜、教えてくれてもイイやん……クラスの意見をまとめてくれた御礼に、気になる女子がおるなら、協力してあげようと思ったのに……」
と、唇を尖らせる。
「いや、ホンマに、そういうのイイから……」
虎太郎は、言葉を返すと、神奈は微笑みながら返答する。
「そっか……じゃあ、ナニかあったら教えてな! 私にできることがあるなら、協力するから」
彼女とそんな会話を交わしながら、屋台の連なる参道を歩いて行くと、色とりどりの果実が並ぶフルーツ飴の店舗が見えてきた。
「あっ、この果物かわいい! なぁなぁ、みんなで買って写真撮ろう!」
二神のぞみの声に、女子たちは賛同し、
「私たち、ちょっと、ここに並ぶから、男子は、その辺で待っといて」
と、虎太郎たちに声をかける。
その間、虎太郎が、男子たちのグループからも少し離れて、当時所有していたワンセグ付きスマートフォンのテレビ中継で試合を確認すると、福留孝介の3ランホームランで、タイガースが勝ち越したところだった。
「タイガース強い!」
印象的な実況を耳にして贔屓チームの勝利を確信した虎太郎は、
「クラスのみんなとも、なんだかイイ雰囲気だし、文化祭の準備をがんばれば……秋には良いことがあるかも」
などと考えながら、テレビアプリの機能をオフにして、男子たちのもとにもどった。