4 第七皇女は転んでもタダでは起きない
セイルはバサバサと翼をはためかせて私の肩から離れるとくるりとその場で一回転する。
空中で綺麗な弧を描きながらすとんと着地する頃には、セイルの見た目は一人の少女へと変わっていた。
夜闇にも目立つ雪のような真っ白な髪を綺麗に結い上げ、庭園から詰んだ生花の薔薇の髪飾りが一際目を引く。
その髪に包まれるようにしてあらわになる整った顔立ちの少女。すっと通った鼻筋も、小さく可愛らしい唇も人形のように整っている。
月夜に煌めく双眸は銀の光を放ち、凛とした雰囲気を漂わせる。
均整のとれた肢体を包むのは白く透き通った肌に映える薄紅色のドレス。
間違いなく「帝国の白雪姫」と謳われる第七皇女の姿が目の前にあった。
あら、なんとなく自画自賛になってしまったわね、まぁいいわ。
私の姿になったセイルは変化の出来栄えを確かめるように体のあちこちに視線を巡らせると、満足げに頷いた。
「さすがボク。完璧だよ! 身長から服装から胸の大きさまで完璧にレスだよ! この間より大きくなってるね!」
「胸のサイズまでリアリティを追求しなくていいわ!!」
思わず自分の胸を抑えながらセイルを睨みつける。
失礼な。きちんと大きさはあるもの。それなりに。体つきが少し華奢なだけだもの。決して胸が小さい訳では無いわ!!
「ごめんごめん」
全く悪びれもせずに笑うセイルにため息を着いた。
この子はいつもこんな感じだから怒った所で無意味だろう。
しかし良くもまぁここまで完璧に変化できるものだ。
完全に私に瓜二つな姿に化けたセイルをみて毎度の事ながら感心してしまう。
「エレスメイラ」だった私は前世の記憶を持って「レスティーゼ」として転生したが、受け継いだのは記憶だけではなかった。
エレスメイラは強大な魔力を持ち、精霊を使役する力に長けていた。
その力は今世でも受け継がれている。私は幼少時から魔力を扱い、精霊と交流することが出来たのだ。
その時に出会ったのがこのセイルである。
ある日庭を散策していた時に、明らかにこの世のものでは無い美しさを誇る銀色の鳥が怪我をしているのを見つけ介抱したところ、とても懐かれた。
それ以降セイルは私の元に留まり続け、願いを聞いてくれる。
変幻自在でしかも等身大の人間の姿をとれる精霊はそう多くない。明らかに高位の精霊であるはずだし、本来の姿も銀色の鳥では無いはずだ。精霊と多くの関わりを持つ私でも精霊に関しては未だ謎が多く、性別もあるのかどうか不明だ。セイルルートという名前も私が付けたもので本名は知らない。
けれどセイルは『レスに撫でられるのが好きー』と言って通常時はあのような鳥の姿でいるし、それ以外は私と同世代の少年のような姿で従者を演じることもある。
精霊は物好きが多いが特にセイルは異質だ。
本当になんで私の傍から離れないのかしら。
不思議で堪らずじっと見つめると、セイルは少したじろいだように視線を彷徨わせた。
「んで、えーと? 二の姉様ってメルランシアの事だよね?メルの所に行くってのはさっきレスがアイツの部屋の扉を閉める際に仕掛けた記録魔具と関係ある?」
セイルの問いかけに思わずぱちくりと瞬きする。
何だか急に話題を振ってきた気がするな。というか、そこまで見ていたのか。さすがに鋭いわね。
「ええ。さっきあの浮気男の部屋から出る際に仕掛けた罠についてちょっと相談したいことがあって」
先程浮気男の部屋から出る際に私は咄嗟に懐にしまっていた魔具をふたつばかり設置した。
録画と録音の機能を持つ魔具だ。
何故普段からそんなものを持っているのかって?
何事も備えあれば憂いなしだからだ。
皇女は何時いかなる時に命を狙われるか分からない。何事も備えておけば臨機応変に対処出来るというものだ。
――例えば浮気の証拠を抑えたりとか。
「あいにくと男を信用しないのは前世からの教えなのよね。それよりそろそろ戻らないと本当にお父様とお母様が心配してしまうわ。セイルお願いね」
「うん、わかったー」
間延びした返事をするセイル。姿は完璧でも皇女らしく振舞って貰わなきゃ困るのよね。
「言葉遣い!」
「う……。分かったわ、レスティーゼ。行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
ニッコリ笑って後ろから圧を送りくれぐれもボロを出さないようにと念を押す。
やがて私に瓜二つなその姿が見えなくなったところで、私もその場を去ることにした。
「さて、作戦会議しなきゃ。メルランシアお姉様の所にいこう」
これから楽しくなるわ。
ウキウキしながら私はお姉様がいる魔術塔へと歩いていった。
*
レスティーゼが去ったテラスへと続く廊下から一人の男が顔を覗かせた。男は静かに気配を悟らせないようにレスティーゼが去った方向を見つめる。
「レスティーゼ・エル・ヘルゼナイツ第七皇女。『帝国の白雪姫』か。……随分と面白い姫君のようだ」
男は夜闇に紛れたまま黄金の瞳を意味深に細め、実に楽しげな声でそう呟いた。
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