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22 第七皇女は意気込む

 皇都ベルテンより北西。

 母なるエイルゼン山脈より流れる大河を越え、さらに奥。

 馬車で進めば半月はかかる場所に旧ウォルフロム領――新生ミッドヴェルン領は存在する。


 北を山々に囲まれ、それに沿うように川が流れる。その川を辿るようにして西に進めば、流通の要所である港町、フローリアに繋がる。

 山脈の中央には鉱山が集中し、そのひとつが帝国最大の鉱石の産出量を誇るオルレアン鉱山である。


 その近くには今回新たに設けられた砦がそびえ立つ。一度破られたそこは今は補強が施され、固く閉ざされており、アイルメリアとの国境沿いを強固に守護している。


 帝国直属の部隊が常に控え、イーゼルベルト将軍指揮下の部隊も揃った今、隣国との緊張関係はあるものの、ミッドヴェルン領は少しずつ復興に向けて動き始めていた。







「ふぅ……」



 小鳥のさえずりが聞こえ、皇都で感じたものよりも幾分か冷えた空気が心地よい。

 皇城からミッドヴェルンまで一気に転移した私は一夜明け、イーゼルベルト将軍の部隊が控えている野営地の天幕のひとつで朝を迎えていた。


 転移陣の設定先をここにしていたので、私が転移してすぐに騎士が出迎えをし、そのままここに案内された。


「何度もテストはしていたけれど、毎回ドキドキするのよね。あの規模の転移陣を発動させるのは。それに……思ったより疲れていたようね。私」


 久しぶりに魔力を根こそぎ持っていかれたことと、ここ一ヶ月ろくに睡眠も取れていなかったためか天幕の中に入った途端、すぐに寝台で眠ってしまった。

 辛うじてドレスから寝間着に着替える程度の余力はあったが着替え終わった途端にバタンキュー。


 私が疲れていたことを周囲は察していたのか誰も起こしに来なかった。おかげさまできっちり七時間睡眠を取って頭はスッキリしている。

 根こそぎ持っていかれた魔力も回復しているようで何よりだ。


「そう言えば、久しぶりに大規模な魔術を使った気がするわ」


 私自身、自分の魔力の総量について把握している訳では無い。全力で魔術を使ったらどうなるのだろうという興味はあるが、実行したことはあまりない。


 昔、一度だけ試した時に先代の魔術師団長に全力で泣いて止められて以降は試していない。

 立派な大人の男に顔面をぐしゃぐしゃにして号泣しながら「止めてくれ」と懇願されるのはもうコリゴリだ。

 まぁそれは置いておこう。


 ついにやって来ました。ミッドヴェルン領。

 私は今日からここで生活するのだ。

 まだミッドヴェルン領は戦の後が目立ち、表立った復興の目処が着いていない。


 アイルメリア軍が徹底的に攻撃をして回ったせいか街もめちゃくちゃ。畑や綺麗に整備されていた用水路までもが破壊されているという。

 鉱山の方も随分荒らされたと言うから現状を確認しなければならない。


 領民達は家を奪われ、畑を奪われ、途方に暮れているという。

 軍が天幕などを貸し与えたり、簡単な仮設の屋根を設けて雨風を凌いでいるようだが、早く何とかしなければならない。

 ほぼ一からの再スタート。やることは山済みである。


 幸い、状況を鑑みてお父様からは税の徴収については数年単位での猶予をもらった。

 すぐに前の生活基準に戻すことは難しいだろうが、ここは地の高位精霊グウェンダルクが加護する土地。資源も水源にも恵まれている。

 計画的にことを進めていけば数年後には旧ウォルフロムに負けないくらいの賑わいを取り戻すだろう。


 まぁまずは何より家をどうするかよね。ずっと天幕のままな訳にもいかないし。

 当初は旧ウォルフロム邸を借りようかと思ったのだが、凄惨な事件の現場になった場所だ。あまりいいとは思えず断念した。

 ウォルフロム辺境伯は屋敷で惨殺されたのだ。


「やっぱり家を建てるしかないわね」


 悶々と今後のスケジュールを練っていると、天幕の外から声がかかった。



「――レスティーゼ殿下。公爵の命でお迎えにあがりました。入ってもよろしいでしょうか」

「ええ、大丈夫よ」

「失礼します」


 聞こえてきた涼しげな声に入室を許可すると、従者と思わしき青年が天幕に入ってきた。

 銀灰色の髪を無造作に後ろで結い、隙なく従者の服を着こなしている。青とも翠ともつかない不思議な色合いの瞳が、柔らかく細められる。

 私を見ると端正な顔立ちに柔和な笑みを浮かべた。


「初めまして。レスティーゼ殿下。私はライオット・ルーベンスと申します。レイヴン様の従者をしておりますが、レイヴン様の命により今日から殿下の護衛に着くことになりました。よろしくお願いします」


 流麗な仕草で礼をする。動きの一つ一つが洗練されていて見惚れるくらいだ。

 体の線が細いので分かりづらいがかなり鍛えているのだろう。公爵と同じような雰囲気を感じる。公爵付きの従者ということだからかなりの手練であろう。

 それにしても護衛とは。これまた急な話である。公爵からはなんの話も聞いていなかったので、意図がわからず困惑しているとライオットが続けて述べた。


「レイヴン様はしばらく軍務でお忙しいようでレスティーゼ殿下のお傍に居られないことを大層心配しておられました。『私の可愛い婚約者に何かあっては心配だ。ライオット、私の代わりにお前が殿下を死ぬ気で守れ。守らなければお前を許さない』と真顔で告げられた時には私が死ぬかと思いましたよ。殿下が愛おしくて仕方がないようですね」

「……それは」


 生暖かい目で見られて、一気に私の頬が紅潮する。

 なんてことを部下に言っているんだあの公爵は!


 私が婚約を了承してから、公爵は人目をはばからずあの色気を含んだ蕩ける笑みで求愛してくるものだから、私の心臓は毎回死にかかっている。

 夜会の時のあれはまだ序の口だったのだと知ることになったのはつい最近のことだ。

 まだ婚約したてなので周囲は生暖かく見守ってくれているが当事者としてはたまったものではない。


 見ただけで孕んでしまいそうな蠱惑的な笑顔を浮かべて、あの心地よい低音ボイスを駆使して耳元で愛を囁かれるのだ。耐えきれる訳が無い!

 しかも私が顔を真っ赤にして恥ずかしくなって逃げようとすると、嬉しそうな表情を浮かべてさらに追い込んでくるのだ。あの黒髪公爵は絶対にドSだ。間違いない。


 公爵の甘い微笑みを唐突に思い出して頬がさらに熱を持つ。

 頬に両手を添えて必死に熱を冷ましていると、ライオットが微笑ましい、と言った感じで私を見つめていた。


 やめてえええ!! そんな目で見ないでえええ!! ヤダ、今なら恥ずかしさで死ねるわ……。


 恥ずかしさで項垂れつつ、ブンブンと首を振る。

 今は公爵のことは置いておこう。でも後で抗議しにいかなきゃ。私の身がもたない。

 内心でそう決意して、私はライオットに目を向ける。

 公爵の留まることを知らない愛は置いておくにしても、心配されているのだから護衛は素直に受けておこう。これで公爵が安心してくれるのなら何よりだ。何より心強い。


「ええ、よろしくお願いします。ライオット」

「はい、殿下」


 にこりと微笑むライオットを見て、ふと違和感を感じた。

 ライオットから感じる魔力が、何となく人間離れしている気がしたのだ。

 どちらかというと、セイルやジャスリートと似たような雰囲気を感じる。

 でもライオットは精霊という訳ではなさそうだし……なんだろう、この感じ。



 首を捻って違和感の正体を探っていると、ライオットが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「あの、それで……非常に申し訳ないんですが……レスティーゼ殿下のご住まいをまだ用意出来ていないのです。当分はこの天幕で過ごして頂くことになるかと……」


 眉を寄せて申し訳ありません、と謝るライオット。

 皇族の私が天幕で過ごすというのは本来はよろしくないことなのだろう。しかし私が来るまでの一ヶ月ちょっとで家は作れない。


 事前に決まっていまことなら準備はできたのだろうが、私のミッドヴェルン行きが決まったのは一ヶ月前の祭典の最中だ。

 ライオットにはなんの非も無い。

 しかし、これに関しては解決は簡単だ。家がなければ建てればいいのだ。


「それに関しては問題ないわ」

「え?」


 目を丸くするライオットに、私は事も無げに告げた。


「私が今から家を作るから、大丈夫よ」


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