2 第七皇女は切り替えが早い
扉を静かに閉じた私は素早く身を翻すと、当初の目的であったテラスを目指すことにした。
パーティの主役であり、皇女でもある自分が一人で出歩くというのはあまり宜しいことでは無い。けれど浮気を目撃してしまったこの後ではお供を呼びに戻る気にもなれないし、何よりこの場から早く離れたかった。
先程の光景が脳裏に焼き付いてしまった。
早くその記憶を追い出したくて堪らない。
ドレスの裾を持ち上げ、早歩きを通りこして半ば競歩のようになりながらようやく城の庭園が一望できるテラスへ出た。
魔具の灯が辺りをゆるく照らす庭園は、いつもは庭師が丹精込めて育てた薔薇達を淡く写し幻想的な眺めを醸し出す。
その様相は思わずため息が出そうなほど美しい光景となって嫌なことを忘れさせてくれるのに、今日ばかりはその役目を果たしてくれなかった。
代わりに少し冷たく感じる夜風がぐちゃぐちゃになった思考を落ち着かせてくれた。
幾分か気分が落ち着くと、自分の誕生日パーティをわざわざ抜け出して誰もいないテラスに一人で佇む自分の姿が酷く滑稽に思えてきた。
ふぅ、とため息をついて私はここに着くまでに溜めていた言葉を吐き出す。
「……また、か。今世こそ幸せになろうと思ったのになぁ。今日は私の十五歳の誕生日なのよ? めでたい日なのよ? ……前世もこの日男に裏切られたのに、今度も。これで二回目! こんなことってある?」
私は何かしただろうか。思い返してみても、今世は皇女として真面目に過ごしていたし、特に悪いことをした記憶もない。
だと言うのにこの仕打ち。
神がいるとするならば、どうやら私は随分と嫌われているらしい。
しかも前とおなじ十五歳の誕生日にこの有様である。
それとも何か。「十五」という数字は私にとって凶兆か何かなのだろうか。相性の悪い数字なのだろうか。
飽きることのない文句が募り、ため息ばかりが零れる。
しばらく一人で愚痴っていると、今度は婚約者への怒りが湧いてきた。
「『はっ。何……皇女は十五歳のお子様だ。気づきもしないよ』ですって?丸聞こえなのよ舐めてるのかしら。いや舐められてるのよね、気づいてるのよお馬鹿! この淫乱男! ……あーもう、逆に考えるのよ、よかったじゃない、結婚する前にあの男の本性が知れて。きっと誰にでもああやってあの汚らわしいモノを突っ込んで腰振るのよ。ああ嫌だ。冗談じゃない。あんなやつと幸せになろうとか考えてたなんて。逆によかったわ。危なかった、本当に」
うんうんと頷いて、ふと我に返った。
あの男の本性は知れたが、浮気された事実は変わらないではないか。何か自分が惨めになってくる。もうやめよう。ここはもう、キッパリ諦めるべき。
「別に今世がまた悲惨だったからって嘆くことは無いわ。人は転生するのよ。この身で実体験したじゃない。私には来世があるわ。そうよ、今世はダメでも次があるわ。過ぎたことは仕方がない。前を見るのよ、レスティーゼ。そう、悲嘆にくれるのではなく来世に向けて努力すべきよ!」
うん、気が楽になってきた。人間、何事も前向きが一番よね。
そうだ、前向きに考えよう。
前世で「エレスメイラ」だった私は、十五歳の誕生日に宰相に裏切られて死んだ。
今世で「レスティーゼ」となった私は、十五歳の誕生日に婚約者の浮気現場に遭遇した。
確かにどちらも運がいいとは言えない。
けれど一つ違いがあるではないか。
私はまだ死んでいない。今世の「レスティーゼ」は死んでいないのだ。
ピンピン生きて、あの裏切り者にこうやって悪態をついている。
生きているのだ。何よりの幸運ではないか。
そこまで考えて、私は微笑んだ。是非これを利用しない手はない。
「……うふふ。いいこと思いついたわ」
十五歳の誕生日に、私は二回も裏切られたのだから。
――今回は仕返ししても許されるわよね??