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メルとノア 3

「大人しくしろよ」

「子どもじゃないんだからそれくらいできるわよ!」



 相変わらずこの堅物は一言多い。

 レオノアールは医務室に着くなり私を椅子に下ろした。


 魔術塔から程よく近い位置に設けられたこの医務室は城に住む者なら誰でも利用できる公共スペースだ。

 といっても、私のような皇族が日常生活で利用することはほぼ無いのでここに来るのは今日が初めてだ。

 様々な薬品の匂いが充満し、どこか前世での病院を彷彿とさせる白で統一された室内。

 レオノアールは私を椅子に座らせると、自分は対面で膝をつく。



「さて、治すから足を見せ――」



 レオノアールはそこまで口にして、唐突に固まった。



「……?」



 突然の沈黙に訝しんで見つめると、レオノアールは急に挙動不審になる。視線を忙しなく宙に向けて落ち着きがない。



「い、いや足をだな……」



 足を連呼してしどろもどろになる。

 レオノアールは何故ここまで落ち着きがないのか。

 なんでだろう、とレオノアールの視線を追ってしばらく考えてああ、と納得した。



「ドレスをめくればいいんでしょう?」

「っつ! いきなりめくるな、馬鹿!!」



 淡い水色のドレスをぺらりとめくると、レオノアールが慌てて顔を真っ赤にして目を逸らした。


 この世界は基本的に中世ヨーロッパの世界観と似ている。

 女性が足を見せるのははしたない、いわゆる禁忌(タブー)とされている。スカートは最低でも膝から下が普通である。

 また、女性の足をジロジロと見るのもあまりいいこととは言えないのだ。だからレオノアールは固まっていたのか。


 あまりにもウブすぎる反応にぱちくりと瞬きする。

 もしかしすると、レオノアールはあまり女性に免疫がないのかもしれない。

 普段は冷静沈着な魔術師団長殿が生足ひとつで顔を真っ赤にして慌てふためく姿がおかしくて、私は笑みを零す。


 ――これは面白い。実にいいことを知った。


 ニヤリとほくそ笑むと、レオノアールに向き直る。

 レスティーゼによると、このイタズラを思いついた時の笑みはお父様によく似ているらしい。

 その父親譲りの意地悪い笑みを見て、レオノアールは警戒を強めた。



「な、なんだ」

「ふふーん。 ――チラリ」

「っつ!!」



 ほんの悪戯心で太ももが見えるか見えないかのギリギリのラインまでドレスを一気にめくる。

 レオノアールは茹でダコのごとく顔を真っ赤にして固まった。

 次の瞬間立て直して我に返ると、両手で目を塞いだ。



「な、ななな何してるんだお前!? ど、どどドレスを閉じろ!!」

「何慌ててるの?」

「慌ててない!! い、いいから、ドレスを閉じろ!! 視線のやり場に困るだろう!!」

「とかいいつつ、指の隙間からこっちの足見てるじゃないの」

「み、見てない!!」

「別に私は気にしないわよ? 見たいなら見れば? ほらほら」

「~~~~!!」



 ドレスをヒラヒラと動かせば、レオノアールは言葉にならない悲鳴をあげた。

 なにこれ。面白すぎる。こんなに面白い奴だったのかレオノアールは。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて見ていると、レオノアールは顔を真っ赤にして手で抑え、目に涙を浮かべてこちらを恨みがましそうに見てくる。



「……面白いか。男の純心を弄んで」

「うん、面白い」

「……くそ、こっちは色々限界だってのに……。お前はいつもそうだよな……」

「んー? 何か言ったー?」

「なんでもない! いいから早くしろ。治療するんだろ!!」

「はーい」



 あまり虐めるのは可哀想だ。ここら辺でやめてあげよう。

 決して涙目になったレオノアールにちょっときゅんとしたからではない。絶対にだ。


 程々にドレスの裾を戻し、レオノアールに見せる。

 ようやくホッとしたレオノアールは顔から手を外すと、捻った足に掌を当てる。掌から暖かい光が放たれると、ズキズキと痛んでいた足首の痛みが引いてゆく。



「うん、もう痛くないよ」

「そうか。よかった」

「……っ!」



 レオノアールはそう言ってはにかんだ。

 心からのものだと分かる安心したような笑みに、何故か私の胸が高鳴る。

 何かしら。ドキドキするわ。先程からどうしたのだろう、私は。

 胸の高鳴りを誤魔化すように手を振って、私はひとつ疑問に思っていたことをレオノアールに問掛ける。



「ねぇ、レオノアールって童貞?」

「ぶっ!! ――おま、なんてことを聞くんだ!!」



 レオノアールが見事に吹き出す。




「あ、そこで反応するってことはやっぱり童貞なの?」

「…………なんだ。童貞で悪いか?」



 顔を真っ赤にして、レオノアールが自白する。

 どうやら開き直ったようだ。



「んーん。別に悪いことはないよ?」

「……?」



 レオノアールが意味がわからない、と言ったように困惑した表情を浮かべる。

 それに「なんでもないよー」と答えて、私は微笑む。


 レオノアールは堅物で真面目な人物だ。誠実な彼は恐らく女性と付き合うならそこら辺もきっちりするはず。

 先程のウブな反応からすると、レオノアールは女性と付き合ったことはないのだろう。


 何故だろう、何故かそれが、物凄く嬉しかった。

 慌てふためく姿や、涙目になった可愛らしい部分を知っているのが私だけというのが、物凄く楽しい。

 抱いたことの無かった気持ちに気づいて、戸惑う。


 そこで改めてレオノアール・アスティークという人物を思い返してみる。


 実家は帝国でも古い歴史を誇るアスティーク伯爵家の次男坊。

 次男だから家を継ぐことはないだろうが、彼は魔術師団長だ。それも二十二歳でその地位に上り詰めた実力のある人物。


 性格は堅物で真面目の塊のような人物だが、案外可愛らしい一面もある。

 そのような性格だから女性にろくな免疫がないようでもあるが、むしろそれは好ましいかもしれない。

 顔もいい。明るい水色の髪は清潔に整えられているし、端正な顔立ちも好印象だ。


 そして何より、魔術師団長という観点から魔術に関する知識に理解があり、私の仕事にも協力的だ。

 ビジネスパートナーとしてこれまでいい関係を築けてもいるし、幼馴染だから余計な気を遣わなくていい。


 --ひょっとしてこれは、とても理想的な結婚相手(優良物件)なのでは?


 改めて思い返してみると、レオノアールはとても理想の相手だ。

 それに私自身、レオノアールを好ましく思っている。あちらがどう思っているかは分からないが、先程の反応を見るに、押せばいけるかもしれない。


(これは、いくしかないわね)



「行動は思いついたら即行動! それがミソだよ!」


 と前世のばあちゃんの言葉がまた蘇る。

 そうだねばあちゃん。やっぱりばあちゃんは凄いよ。いい言葉をのこしてくれたよ。


 思い立ったが吉日。とりあえず、魔具の開発は一時中断だ。まずはレオノアールを攻略することこそ、今の最重要事項だ。

 昔から私は切り替えが早かった。それが長所だとも思っている。



 今までになく晴れやかな気分で、私はレオノアールを見た。

 突然笑顔を浮かべた私に困惑したまま、サッと頬を赤くする。その反応すら、なぜだか愛おしく思えた。



「レオノアール、今から覚悟してね」

「は? なんだいきなり」

「んー? 宣戦布告?」

「……はぁ?」



 あなたを、落としてみせるから。


 言外にその言葉を放ち、益々困惑しているレオノアールを見つめて、ニッコリ微笑んだ。






 ――この僅か一週間後に、性的にも精神的にも第二皇女が魔術師団長を骨抜きにして仕留めてみせたのは、また別の話である。



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