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【改訂版】第七皇女は早くも人生を諦めたようです  作者: 蓮実 アラタ
1章 仕返し編
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21 事の顛末と第七皇女の旅立ち

 結局あれから私は公爵に連れられて夜会に戻った。

 どうしてブランテ王国の古語を知っているのか疑問は尽きなかったが、なんとなく聞き出せなかった。


 約束通りに公爵は私を完璧にエスコートし、私の部屋までわざわざ送ってくれた。

 公爵の完璧な紳士ぶりに私は終始ドギマギし、私室に戻った頃には私もその疑問についてすっかり忘れてしまっていたのだ。







 そして――色々あった夜会からあっという間に一ヶ月が過ぎた。


 この一ヶ月、やることが多すぎて目まぐるしく日々が過ぎていき、息付く暇もなかった気がする。

 ミッドヴェルン領に行くための準備や、支援の内容の把握、クロムウェル公爵家の断罪、大罪人メルヴィス・ジンジャーの処遇についてなど、宰相他文官も騎士も関係なく段取りや日程の調整等でてんてこ舞いになり皇城はかつてない賑わいを見せていた。


 クロムウェル公爵家の裁判については私も当事者のひとりとして参加し、調停で裁かれる様を見守った。

 当然ジーク・クロムウェルは国を売った反逆者として弁解の予知なく処刑、息子のモースは父親の犯した罪とは関わりがなかったため処刑は免れたが、監視付きの生涯幽閉が決まった。

 クロムウェル家は取り潰しのためモースが子孫を残すことは禁止され、男である証を失くした上での幽閉となった。


 尚この判決が下された時、男性陣は揃って股間の辺りを抑え顔を青ざめさせていたとか。

 あとこの刑に関しては裏でメルランシアお姉様が手を回したとかそうでないとかいう噂を耳にしたが、真偽は定かではない。


 ただ、この結果が下されたあとそれをメルランシアお姉様に報告した時に「ふふ、宦官第1号……ふふ」と怪しい笑みを浮かべていたということは報告しておくとしよう。

 その隣でレオノアール様が「今後絶対にメルには逆らわないようにしよう……」と真顔で呟いていたことに関しては、聞かなかったことにした。

 世の中には知らないことがいいこともあると思うのだ。うん。


 まあ、モースに手篭めにされた女性は少なからずいたのでこれで少しでも報われればいいとは思う。

 そのモースは裁判中一言も発することは無く、判決に関しても何も反論しなかったという。

 モースが今何を思っているのかは知ることはできないが、全てはもう終わったことだ。



 私は私でそれどころではなく、ミッドヴェルン行きの準備で忙殺されていた。

 ミッドヴェルン領復興に向けて資材の調達や、スケジュールの確認、その他諸々。


 なんとムカつくことにその全てを「お前に任せたのだから、お前がいいようにしなさい」と最もらしいことを言って、あの皇帝(ちちおや)は私に丸投げしたのである。しかも無駄にいい笑顔で。


 告げられた時、殴りかからなかった私はとても偉いと思う。ただし、額に青筋を浮かべて「分かりましたわ」と言いつつ、口元をひくひくさせてしまったが。


 そんなこんなで半ば意地になりながら日程を調整し、一ヶ月で全ての采配を整えた。

 寝る間も惜しんで使えるものは全て使い、にっこり笑って精霊すらもこき使う様を、後になってセイルルートは『あの時のレスは確実に鬼だった。笑ってるのに後ろに鬼の幻覚が見えたもん。「魔」も一瞬で仕留められたと思うよ』と震えながら振り返った。


「鬼」になりながら仕事をこなす中で唯一の安らぎはたまに遊びに来てくれたジャスリートの存在だった。

 五歳ほどの少女の姿でとてとてと歩いてきて、『お姉ちゃん!!』と満面の笑みで慕ってくれる姿は癒しそのものだった。抱き締めれば嬉しそうに頬をすりすりしてくるのもたまらない。

 愛らしい外見も相まって私はジャスリートの虜になりそれはもう、可愛がりに可愛がった。


 ジャスリートを可愛がりすぎて、銀鳥の姿でそっぽを向いて拗ねてしまったセイルを後で宥めるのも大変だったが。


 公爵ともジャスリートを介して会話が増え、互いに名前で呼び合うようになるまで親しくなった。ジャスリートの存在が、私と公爵の仲をより深めてくれたと言えよう。

 仲が深まったこともあり、私は結局正式に婚約を受け、イーゼルベルト公爵の婚約者となった。


 あの夜会の晩、「騎士の誓い」を受けた時から決めていたことでもあった。

 公爵なら信じられると思えた時から。公爵も「少しずつ、ゆっくりと私について知っていってください」と言ってくれた。

 私は私なりのペースで、公爵と未来を歩んで行こうと思う。


 それはさておき。



 紆余曲折を経て、夜会から一ヶ月と少しが過ぎた今日、私がミッドヴェルンへと旅立つ日が来た。


 ミッドヴェルンは今も復興の目処がたっていない。一刻も早く復興に着手したかったが、普通に馬車を使うと皇都ベルテンからミッドヴェルンまで半月かかってしまう。


 だが、私はその問題を一気に解決してしまった。

 今私がいるのは皇城の一角、普段は使われることの無い、そこそこの広さを持つ部屋のひとつ。

 そこにはひとつの巨大な魔法陣が描かれていた。


 レオノアール様とメルランシアお姉様、私の協力の元完成させた『大移動用転移陣』である。


 物資や人を移動させるのには当然膨大なコストがかかる。ただでさえ皇都からミッドヴェルンまでは遠いのだ。

 そこで私は『転移』の能力を応用して皇都からミッドヴェルンまでの専用転移陣を直通ルートで作れないかと考えた。


 魔術師団長であるレオノアール様に相談し、面白そうだとメルランシアお姉様がお父様を説得し、私の転移能力を基にして、わずか半月程で完成した。

 転移陣の作成、という新たな魔法陣の作成はそれこそ膨大な時間と労力がかかるもの。


 それなのにわずか半月で完成させてしまった魔術師達の熱意と、お姉様の執念は尊敬に値する。

 深く感謝の意を述べると「レスティーゼのチート能力のおかげよ」とお姉様は苦笑いした。


 どうやらこの転移陣、まだ改良の余地があるらしく一度の転移で魔術師20人分の魔力が必要らしい。

 私も試しに使ってみたが、風の精霊の力を借りても保有する魔力の半分程を持っていかれる感触がしたので、なるほど確かに燃費がいいとは言えないかもしれない。

 最も、私の異常な魔力の多さに城の優秀な魔術師達は顔を引くつかせていたが。






「――さて、準備はいいか?」


 お父様の問いかけに私は意識を現実に引き戻した。

 長く思考に耽っていたらしい。いけない。気を引き締めなければ。


「はい、お父様」

「うむ」


 姿勢を正して答えればお父様は短く満足げに頷いた。

 準備を終えた私を見送りに来てくれたのは、お姉様方とお兄様方、お父様とお母様だった。

 私を覗いた他の人員は既に転移させた。あとは私のみ。


 イーゼルベルト公爵は警備の関係で一週間ほど前に一足先にミッドヴェルン入りしている。

 本当はもっと盛大な見送りを計画されていたらしいが、私が遠慮したのだ。


 ただでさえ忙しそうな皇城の人たちを、これ以上働かせたくなかった。

 宰相様なんかお父様の無茶振りでもう何日も寝てない人みたいに目の下のクマがひどかったもの。

 普段からお父様に振り回されて苦労が耐えない人なのだから、これ以上心労を増やしては行けない。


「ではそろそろ行ってきますね」

「レスティーゼちゃん、元気でね。無理はしないのよ。たまには帰ってきてもいいのよ?」


 ふんわりとお母様が柔らかい笑みを浮かべた。

 濃紺の髪に銀の瞳をもつお母様は、今日も相変わらず綺麗だ。とても十人の子どもを持つ母親には見えない。我が母親ながら本当に謎である。


 お母様とも気軽に会えなくなってしまうな、と思うとふと感慨深くなり、私はお母様を見つめた。


「ありがとうございます、お母様。では、行ってまいりますね!」

「ええ、行ってらっしゃい」


 にこやかに笑うお母様達に見守られながら、私は転移陣の前に立つ。

 風の精霊を呼び出し、魔力を解放しようとして――。


「レスティーゼ」


 お父様に呼び止められた。

 不思議に思って、振り返る。


「なんでしょう、お父様?」

「……少し、気になることが、な。メルヴィス・ジンジャーが先日裁きを受けたのは知っているだろう?」

「はい」


 メルヴィス・ジンジャーは二週間ほど前に処刑の判決を受け、三日前に刑を執行された。

 私は年齢的なこともあり見届けることはなかったが、お父様とグレイヴお兄様は立ち会ったはずだ。


「その時に気になることを言い残したんだ」

「はい……?」


 大罪人でも処刑時に、最後に一言だけ言い残すことが許される。

 メルヴィスが何を言ったのかは分からないが、お父様の様子からしてあまりいい事ではないのだろう。


「それがな、こう言ったんだ。『――全ては終わったことだ。私の勝ちは揺るがない。愛し子はなにも出来ない』とな」

「……それは」


 不穏な言葉だ。恐らく、愛し子とは精霊の愛し子である私のことを言っているのだろうか。


「まぁやつは既に死んだ。今更何をできるとも思わんが、気をつけるのだぞ」

「……分かりました」


 言いようのない不安が胸中をしめるが、既に死した者の真意を知ることはできない。

 何があろうと、私は自分の役目をはたすのだ。気持ちを入れ替えると、私は改めて転移陣を見据える。


「転移陣、起動――」


 私の掛け声と共に、床に描かれた転移陣が淡く輝き出す。次の瞬間、家族の姿が消える。

 淡い光に包まれながら、私は目を閉じる。


 たとえ何か待っていようと、私は公爵と歩むと決めた。ならば、私は私に与えられた役目を精一杯果たすとしよう。

 光が収まって私は目を開ける。


 これから待っている未来に少し胸を弾ませながら。



 ――私はこの時、何一つ分かっていなかった。

 メルヴィスの言葉の意味を。これから待ち受けるものを。

 本当に何一つ、分かっていなかったのだ――。



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