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【改訂版】第七皇女は早くも人生を諦めたようです  作者: 蓮実 アラタ
1章 仕返し編
20/30

追憶 ──狭間にて

 ――第七皇女が父親と将軍の企みに見事に嵌ってしまい悔しげに歯噛みしていた頃。

 ヘルゼンブール帝国皇都ベルテンより遠く離れたとある地にて。


 ()()は水底で静かに微睡んでいた。

 世の喧騒からも、世界の有り様からも外れた遥か昔に災いの象徴たる闇の化身を封印したと言われる今は忘れ去られた聖なる泉の底で、ソレは今日も尽きない思考に没頭する。


 ソレは泡沫のように戯れに現れては消えゆくモノ。しかし現実としてそこに在るモノ。

 人々の言い伝えでは必ず災厄と邪悪の象徴として扱われるソレは未だ癒えぬ傷を癒すため、聖なる泉の底に身を潜めていた。


 古の精霊により清められ、穢れを癒す聖なる力を秘めているはずの泉は、その真骨頂たる破魔の力を損なっている。かつては水底を見通せる程だった透明度を失い、今は黒く濁り混沌の渦と化している。原因は言うまでもなく水底に潜むモノのせいである。

 ヘドロにまみれた水底にただ静かにたゆたうソレは微睡みの思考に耽ける中、歓喜に打ち震えていた。



『――見ツケタ、ヨウヤク』


『――精霊ニ愛サレシモノ』


『――カノ王女ノ、生マレ変ワリ』


 闇に潜むソレは久方ぶりの感情らしい感情を露わにして、不意に訪れた朗報を心から喜んだ。


 赤い髪の魔女に授けた(おのれ)の分身の一体、黒蛇が死ぬ直前に伝えてきた最後の情報。

 分身たる黒蛇の視界を介して流れてきた映像に、一人の少女の姿があった。


 雪のように白く透き通った髪に、鋭く凛とした眼差しの銀の瞳。

 まだまだ発展途上中の未熟といえる肢体に、驚くほど端正な顔立ちをした少女。


 大広間の中心にいた皇帝らしき人物に、ヘルゼンブール帝国の第七皇女と呼ばれていた。

 まだ年端もいかぬような少女だが、その小さな矮躯からは膨大な魔力と、加護を与えているであろう強大な力を持つ精霊の存在が映像からでも分かった。


 少女は破魔の力に長けているらしく、分身とはいえそれなりに力を与えていた黒蛇を一瞬で消してみせたことも納得できる力だった。そして何よりこの懐かしい気配。この気配こそ、ソレが歓喜している要因だった。


 かつてソレが手に入れようとして、しかし手にすることはできずむしろ返り討ちに合い、ここで未だに癒えぬ傷を癒すはめになった原因。

 死ぬ間際に放たれた強大な力はそれほどの傷をソレに与え、受けた傷はあれからどれほどの時が過ぎようとも完治する兆しがなかった。


 しかしソレにとってかの存在はこうなっても尚、手中に入れたくて仕方がない、求めてやまない存在だった。

 ソレにとっては、()()はそれほど重要な存在だった。


 一度は彼女が死したことで失い諦めかけたが、転生していたらしい。ソレにとってこれほど喜ばしい情報はない。

 命を賭してまでこの情報を伝えてくれた分身に感謝しつつ、ソレはまた微睡み、思考にふける。


 赤い髪の魔女(メルヴィス)はもう使えない。しかし、手はいくらでもある。

 人間は相応に卑しくて愚かな生き物だ。清く生きようと努める者がいればその分、努力もなしに結果だけ求めて上手くいかなければ他人のせいにするような、そんな怠惰で愚鈍なものは掃いて捨てるほど存在するのだから。付け入る隙はいくらでもあるのだ。


 ソレは人間のことをよく知っていた。人間(ヒト)と隣り合わせに生きてきたが故に、人間の愚かさやその生態を熟知していた。

 ソレは人間の卑しい心を利用し、かつては一国を滅ぼしたこともあった。それほどの力を有していたのだ。彼女の決死の手酷い返り討ちがなければ、今頃この世界はソレの手中にあったかもしれない。


 この世に人間が存在する限り、何度でもソレは甦ることができる。人間から貪欲さが失われることがない限り、ソレはまた存在するのだ。人間の愚かさがソレの何よりの好物なのだから。


 この傷が完治すれば、そのうちまた動けるようになる。静かに泉の底で微睡んでいれば、傷は治るはずだ。だから、今はまだ。

 せめてまともに動けるようになるまでこのままでいよう。

 そう結論付けると、ソレは本格的に眠るために思考を止めた。



『――精霊ノ主ニ、愛サレシ娘。今度コソ、必ズ』




 ――手に入れる。


 そう決意しながら、常闇の底にソレは意識を沈めた。

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