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【改訂版】第七皇女は早くも人生を諦めたようです  作者: 蓮実 アラタ
1章 仕返し編
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13 第七皇女は真相を知る。

 赤い髪を背に流した女は、軍服の男に伴われ大広間の真ん中までやってくるとその歩みを止めた。

 ジークの隣に並ぶように指示されると大人しく従う。


 ジークは何も言わずに黙ったまま、隣に並んだ女に視線を向けた。その視線にはどんな思いが込められているのか。私には分からない。



「メルヴィス・ジンジャー、と言ったか。今この場においては発言を許そう。質問に答えよ。そなたはその横にいるジーク・クロムウェルが特別寵愛している者と聞いたが間違いはないか?」

「……はい。確かに私はジーク様から『いずれ妻に』と望まれておりました」


 皇帝の試すような問いかけに臆することも無くはっきりとした声音で答える女性――メルヴィス。

 胴体は縛られ、手首には魔封じの枷。鎖で繋がれたその姿は間違いなく罪人として連れてこられたはずなのに、とてもそうは思えないほど彼女は凛としていた。彼女は背筋を真っ直ぐ伸ばし、玉座に座る皇帝を見据える。


 前公爵に愛人にと囲われただけあって、メルヴィスは同性の私から見ても美しかった。

 真っ直ぐな癖のない赤い髪、くっきりとした目鼻立ちの美女と呼ぶべき妖艶なな容貌。皇帝を見上げている双眸は髪と同じく赤。


 身につけているきらびやかな装飾品も、メリハリのある引き締まった肢体を包むデコルテの大きく開いた深紅のドレスも、彼女の美しさを存分に引き立てている。

 年はメルランシアお姉様と変わらないか少し若いくらいだと聞いた。年齢の割には大人びた艶やかさを持つ女性。


 若く美しい彼女は、なるほど男なら美姫ともてはやしぜひ我が妻にと望まずにはいられないであろう。ジークが愛人として溺愛し、妻にしようとしたのも頷ける。

 もしこのまま何事もなかったら、私の義母になっていたかもしれない人だ。


 ん? ……ちょっと待って? メルランシアお姉様とほぼ歳の変わらない義理の母って……。

 しかもメルヴィスの方がメルランシアお姉様より胸が大きいわよ? 私の胸とは――比べるまでもない。くっ、何かしらこの屈辱感……。なぜだか分からないけれどとても負けたような気がするわ……。


 いいえ! でも私はまだ15歳! ()()()発展途上中なのだからこのまま順調に育てばメルヴィスやお姉様のような豊満な胸を手に入れられるはずよ! 負けてなんかないわ!


 私は思わず自分の胸を抑えてメルヴィスのそれと見比べる。

 何回もメルヴィスの胸と見比べて、自分は何をしてるんだろうとふと我に返った。気づけば隣にいたイーゼルベルト将軍が私を見て可笑しそうに肩を小刻みに震わせている。

 なぜ将軍は私を見て笑っているのだろうか――。


「!!」


 ――しまった。考えていることがバレた。

 断罪の最中に胸を気にしてしまうなんて。なんてことを。しかも将軍に見られた。見られた!


 かああっと頬に血がのぼり顔が赤くなるのが分かったが、全力で無視する。

 恥ずかしいけれど、無視だ、無視。

 将軍はまだ肩を震わせていたが、少なくとも何も言わずに私から視線を逸らしてくれた。


 何故かしら。さっきから将軍に遊ばれてる気がするのだけれど。きっと気の所為ね。うん。頭のモヤモヤを颯爽と気の所為にすると私は改めてメルヴィスを見る。


 メルヴィスがジークの愛人と言われるようになったのは、およそ今から二年ほど前のことだ。

 モースの母、つまりクロムウェル前公爵夫人は三年ほど前に病気で亡くなった。愛人を作る前のジークは愛妻家として知られていて、それは評判のよい夫婦だった。


 ジークは妻を亡くしたあと、ほどなくして息子のモースに家督を譲り、自分は皇都の別邸に移り住んだ。愛した妻がいない本邸に住むのは耐えきれなかったのだろう。

 隠居する身になってしばらくたった頃、愛人――メルヴィスに貢ぐようになったという。


 妻を失った悲しみから他の女に走るようになったかと噂されていたが、成程。もしかしたらメルヴィスはそれを利用したのかもしれない。


「そなたはアイルメリアのスパイと自白したが、それは本当か? 今一度答えよ」


 再度告げられる皇帝の言葉に拒絶することなくメルヴィスは答える。真っ直ぐと皇帝を見据え、全てを話す気なのか淀みなく彼女は言葉を紡ぐ。


「はい。私は確かにアイルメリアに属する者です。愛人として帝国の貴族に取り入り、こちらの協力者とするよう命じられました。そこで旅の一座の踊り子として帝国に侵入し、夫人を亡くして茫然自失状態のジーク様と出会いました。私はジーク様と関わりいつしか愛人としてジーク様と共に過ごすようになりました。さらに年数をかけてジーク様に貢がせて公爵家を金銭的に追い込み、余裕が無くなったジーク様にウォルフロム卿に援助を求めるように誘導しました。結果ウォフロム卿とは絶縁関係になり、それを利用する形でアイルメリアと手を組ませ、今回の事件を引き起こしました」


 メルヴィスは淡々と書類を読むかのように話していく。そして、その話はだいたい私が想像した通りだった。

 つまりは最初から仕組まれていたということか。


 突然妻を亡くしてショックを受けているジークにメルヴィスが取り入り、悲しみを癒す。

 メルヴィスがいることで安らぎを取り戻したジークはメルヴィスを愛人として邸に住まわせ、彼女に言われるがままに散財し続けた。

 そうして公爵家の財産を食い潰しいき、どうしようもなくなったところでまた囁く。

 ――クロムウェルとウォルフロムは親戚同士だ。援助を求めればきっと助けてくれると。


 しかし、ウォルフロム辺境伯は援助を断った。

 後がないクロムウェル前公爵はウォルフロム辺境伯を逆恨みするようになる。

 アイルメリアはそれを利用したのだ。


 そして先程メルヴィスはこう言った。「誘導した」と。

 恐らく、催眠などの魔術を使ってジークを裏から操っていたのだろう。睡眠や暗示といった魔術は対象者が相手を信頼すればするほどより効力を増す。そうしてジークはまんまと利用された。

 全ては計画された事だったのだ。


 もしかしたらジークはメルヴィスに誘導されていたことを自覚していないのかもしれない。

 先程から「利用した」と公に告げているメルヴィスの言葉を聞いてもジークは黙ったまま項垂れていて、なんの反応も示さない。



「――そして、思惑通りジークはアイルメリアの傀儡となった、ということか」



 全ての真相を聞いた皇帝は重苦しく呟いた。

 皇帝は未だ黙ったままのジークをその玉座から見下ろす。


「ジーク・クロムウェル。帝国を裏切ったお前に叙情酌量の余地はない。売国奴に成り下がったお前を生かしておけるほど心は広くないのでな。然るべき裁定の後、処刑となるであろう。勿論クロムウェル公爵家も取り潰しだ。さて……モース・クロムウェル」


 一旦そこで言葉を切ったお父様は、今度はモースに目を向ける。

 モースは全てを知り言葉も出ないまま、皇帝を見上げる。


「そなたも我が娘の報告より罪を免れることは出来ぬ。もとよりイーゼルベルト将軍からも報告が入っていたことでな。当然第七皇女との婚約も破棄だ。そなたも裁定の後、幽閉か処刑となるであろう」

「……はい」


 モースは反論する術もなく、父親と同じように項垂れてただ頷いた。まあ当然の処置であろう。この親子は国を陥れたのだ。生かす価値はない。


 そして、お父様は宣言した。私はしかと聞いた。

「第七皇女との婚約は破棄」と。


 皇帝の言葉は絶対。

 私はようやく、モースを断罪することができた。

 誕生日に浮気を目撃して仕返しを決意し。ようやくここまでこれた。目的は達成した。ようやくこの浮気男を断罪することができたのだ。


 私はここまでした努力がようやく報われた心地がして、ホッと一息ついた。




 そう、安堵していたのだ。

 だから油断した。見抜けなかった。

 ひとつの悪意が静かに魔の手を伸ばしていたことに。


「――さて、次にメルヴィス・ジンジャー。そなたも当然生かしてはおけぬ。すべて供述させて処刑となるであろう。全てを自白したということは覚悟はしておるのだろう、そなたも」

「はい。皇帝陛下の仰る通りに致します」


 皇帝の問いかけに、やはり淡々とメルヴィスは答える。

 その動作はどこか不自然で。処刑されると宣告を受けたにも関わらず、メルヴィスはどこか他人事のようにその言葉を聞いていた。


「よろしい。ではまた地下牢に戻るが良い。連れてゆけ」

「はっ」


 罪人二人を再び牢に戻すため、軍服を着た騎士達が手枷から伸びた鎖を握る。

 皇帝はそれを見届けて、メルヴィスから視線を逸らした。



 その瞬間。



「憎き仇敵、皇帝ファフニール!貴様に今こそ死を!!」


 突然メルヴィスが叫び、舌を突き出した。

 およそ人間のものとは思えない長さの舌が伸び、そこに刻まれた文様が黒く輝き出す。


「死ね! 皇帝!!」

「!!」


 文様は黒く渦巻きながら蛇の形となり、玉座に座る皇帝に向かって襲いかかった。


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