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青星を見つめる  作者: レモンティー
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三節【和食を見つめるⅡ】

「寧ろ責め立ててほしいのです!わたくしは!」


「…ん?」


…何故だろう。

言葉だけ見れば、自責の念からの発言に思える。

しかし、彼女の今の言葉には、そういった感情は一切感じ取る事が出来なかった。


寧ろもっと真逆の、嬉々とした感情すら見える。


その刹那、俺はハッとした。


俺のスーパー危機回避能力演算システム(通称勘)が、このまま行けば俺は、かぐやさんの知られざる性癖を目の当たりにしてしまうと予測した。


自己啓発センサーが、今すぐにかぐやさんを止めろと緊急命令を下す。


「(…まさか…やらなければいけないというのか、あれを!)」


この一週間の間に学んだ、数少ない対かぐやさん用冷却術式。効果は100%。決まれば確実に、かぐやさんは平静を取り戻す事ができる。


…が、しかし。

が、しかしだ。俺はこの技術を使いたくない。


理由は単純。気が狂う程恥ずかしいからだ。


特別誰に見られるわけでもないが、それを使った日の夜は、寝るまでその情景が延々と脳内で再生され俺を内側から苦しめる。


生き恥をすべて晒すような、一世一代の覚悟を必要とされる。それもつい最近、俺はこれを実行したばかりなのだ。


使い手として理解している。これは、短期間に何度も使うような技ではない。そんな事を続けていれば、俺の精神と体は、いつかボロボロに砕けてしまう。


まさに諸刃の剣。一大発起の大爆発。


やりたくはない…やりたくはない…が。


「失態を犯した私を…翁様のその猛々しい声と優しき声で責め慰めを繰り返され…!」


正直、こんなかぐやさんを見るくらいなら、自分が100回痴態を晒したほうがマシだ。


「……」


覚悟を決め、生唾を飲む。


「かぐやさん…すみません」


「そしてわたくし…!ふぁぁっ…!」


興奮しきったかぐやさんを、拘束するように抱きしめる。


…こんなもの、語れば語るほど気色の悪くなる事は目に見えている。俺は無心に、ただ天井を見つめる。


震える腕で、それを何とか誤魔化そうと全力で力む。


「は、し、し、心臓の…音が…聞こえます…目の前が…真っ暗で…翁様の…心臓が…とくんとくんと…とても早く脈打たれて…」

「分かった!分かったから…頼むからその実況だけは勘弁してください…」


「…は、はい…」


そう。これが最終戦法。

真面目な話をするならば、人間は心臓の鼓動を聞くと落ち着くらしい(彼女を人間に分類していいのか…は少々疑問の残る所ではあるが)。


彼女の耳は、ちょうど俺の心臓部に近しい。

それを近づければ、彼女が落ち着きを取り戻す…という戦法だ。


最終戦法なだけあって、やはり決まれば確実。

これを3分も続けようものなら、あれだけ興奮しきっていたかぐやさんも平静を取り戻していく。

…いや、平静と言うには少々顔が赤すぎるが、それはお互い様というやつだ。


「…いきなりすみませんでした」


「いえ…その…私こそ…」


技の反動ーー圧倒的羞恥が、俺の心を襲う。

もうこうなってしまえば、俺は彼女に対して何かを言う事はできない。


手に残る感覚、肌に残る感覚。全てが鮮明であればあるほど、恥ずかしさが体中の水分を沸騰させる。


目の前の天使に目をやると、しかし彼女も同様の症状に苛まれているらしい。


これは…平静を戻す、ではなく自爆攻撃と名前を変更した方が良いかもしれん…。


「…あ、の」


「…!」


俺は驚愕する。かぐやさんはあの攻撃のあとにも関わらず、その今にも熱が全身から吹き出してしまいそうな状態で、ゆっくりと口を開いた。


「こ、こんな状況で…不躾な願いであるとは…承知しているのですが…その」


「…ど、どうしましたか?」


そんな状態になってまで、彼女が何を願うというのか。

好奇心が、俺の体を前のめりに動かす。


「しょの…や、やはりわたくしに!料理を!教えては…いただけませんか…?」


…思わず、言葉を失う。


何ということだろう。

前回のこの攻撃の際には、彼女は言葉を失い、意思疎通すらままならなかったというのに。


…ゆでダコのように顔が赤い。

そんな恥ずかしさを抱えてまで、彼女は俺に料理を教わりたいと進言してくれたのか…。


なんて…なんて…。


「かわいいんだ…」


「…なん、と?」


「あ…いや…」


ため息まじりに漏れた言葉で助かった。

俺は悟られないよう、誤魔化しの笑顔を向ける。


…これに答えられないような、甲斐性無しの男とは、思われたくない。

恥ずかしさの残る体で、一つ咳払いを挟む。


俺は大きく息を吸って、彼女の問に答えた。


「…喜んで、と、言ったのです」


「…!あ!ありがたき幸せ!」


かぐやさんは大ぶりのお辞儀を繰り返すと、満面の笑みで、こちらを見返した。


その瞬間。

心臓が、何かに射抜かれたように。俺の心は激しく動揺し、そして激しく彼女を求めていた。


しかし、ここで感情のまま動いては、またこの騒ぎの二の舞を演じるのみ。


心を落ち着かせ、軽く深呼吸を済ます。


「いいえ。それじゃあまた休みの日…に…」


「…?どうかされましたか?」


…あ。

落ち着いた瞬間、今日の出来事…主に昼のフラッシュバックが、鮮明に俺の頭に流れた。


「(しまったァァァァァァァァァ…)」


「…?」



================================



「…!翁くん!」


ピコンという音は、私が今日一番楽しみにしていた手紙の配達を知らせてくれる。

ベッドの上で寝転がっていた体も、思わず勢いで起き上がってしまう。


「…えーっと」


彼からのメッセージを開き、私はそれに嬉々として目を通す。


『ごめんなさい。今週はやっぱり忙しいから、また今度何処かへ遊びに行きましょう』


「…ああ」


目が文面を追うに連れ、私の中の楽しみがほろほろと崩れていくのが分かった。


「…そっ、か」


盛り上がっていた熱が冷め、再びベッドの上に倒れ込む。まるで川にでも流されたように、あの喜びはほんの数秒と持ちはしなかった。


やっぱり、避けられているのだろうか。


…いやいや。考えてはいけない。彼は私がどれだけ話しかけても、嫌な顔一つしない人だった。もっと信頼しないと。


「…わかり、ました。なら、またこんど、あそべるひ、おしえ、て、ね。…はぁ」


かわいいスタンプで、気分を悟られないようにする。

暗い私じゃ、きっと彼も、今以上に私に興味がなくなっちゃう。


…今週の土日も、暇になってしまった。


「ゲームでも、買おっかなあ」


寒かろうが暑かろうが、私の青春は、まだ、訪れない。

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