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青星を見つめる  作者: レモンティー
3/9

【髭ハゲを見つめる】

「…姫様」


白くつまらない壁面に囲まれた、退屈な四畳半の部屋。

壁際でキラキラと移ろぐスノードームをただ一点に、気を紛らわすように眺める少女が、そこには居た。


真っ黒に、透き通るような長髪に、時代錯誤のきらびやかな衣装。

幾重にも重なった布地は、その一枚一枚がまるで宝物のように輝く。


少女は、何か言葉を弄するでもなく。

ただ淡々と、その半球を見つめるのみ。


「…ねえ、じいや」


「…!姫様!」


だが、そんな少女が勇気を持って絞り出した言葉は、誰でもない虚空に簡単に奪い去られていく。


「私はいつになれば、またあの星を眺められるの」


「…」


男は口をつぐむ。

言葉は、出なかった。




================================




地球は青かった。

この言葉に感慨もクソもないと言ったが、撤回しよう。


この世界は青い。この事実は、まごうこと無き自分の目で見て、初めて体を持って現れる。


より具体的に語るのならそう、美しい。


月面に降り立ち、宇宙服に見を包む俺が、ヘルメット越しに我らが母星を目にした瞬間の感動は、こんな言葉では計り知れないものだった。


この美しさ、感動を、生きているうちに体験しないなど、どれほど傲慢で恐ろしいものか。


欲という欲が消え去り、俺が一つの宇宙になっている事を実感した。


「…地球は青かった。ふっ…彼の者の言葉が後世にこうも残っている理由が頷けるな」


「…」


そんな感傷に浸る最中。

隣で腕を組む秋奈は、遂にテンションが限界値に達したのか、ここぞとばかりに自分に浸っていた。


この景色を前に、ここまで自分を貫ける人間というのも珍しい。


「…なりたいとは思わないが」


「ん?どうした直男くん!この美しさを前にそんな顔をして!」


「…テンションが上がるのは分かりますけど、口調まで変わっていたらそれはもうノリを理由にはできないですよ」


「えへ!いやあ地球を前にさ!一回くらいこういう事してみたかったんだよねえ〜!ほら、折角こうして月にまで赴ける生命体に生まれたわけじゃない?なら我らが母星を前にして!こう…私はここにいるぞ!みたいな!してみたったわけよ〜!」


「…夢が叶って良かったですね」


「うん!直男くんはないの?そういう…なんていうのかな。月に降りたあとの…夢?」


「…そう、ですね」


触れていないようで申し訳ないが、俺自身も実際、今とても驚いているのだ。

何せついさっきまでの間、この人は一回たりとて俺を名前でなど読んで居なかったのだから。


ーー月面には、それぞれの国が有している土地…というか、領土が存在する。

その領地内には様々な施設が建てられているのだが、シャトルから降りた俺達がまず体験するのは、月面歩行。領地内の月面を自由に闊歩できる。


まあ、大半の人間は無重力(実際には低いだけ)を体験するか、俺と同じく地球を眺めるかの二択になる訳だが。


文字面だけ見れば、そう楽しげにも感じないかもしれないが、実際のところ、これがかなり楽しい。


本来であれば、この楽しみを一人で味わいたかったのだが…。


「??何々!直男くん感情が顔に出ないからすごい気になるね!」


…一応、彼らの中には俺に自分らの他にも友人を作れという考えも含まれていたのかもしれない。

そう考えれば、この人とこうして話している事も有意義なものと思える。はずだ。


とりあえずは彼女の問に答えるところから始めよう。


「…まあ」


とはいえ、ここで普通に『ない』などと言ってしまおうものなら、いくら何でもそれは素直すぎるというものだ。

かと言って『地球を眺めるのが夢だった』などとロマンチシズムな事も、また俺の性に合わない。


ここは月であり、普段の土地とは文字通りに“別世界”なのだ。増してこの少人数、限られた人間のみが存在するという幻想的な空間。

そういった条件を鑑みるに、ここは…そうだな。


「かぐや姫」


「…え?」


「かぐや姫に会う、のが夢、ですかね」


どうだ。

いや、完璧ではなかろうか。


実際にそんな事を考えている訳などないと理解できる上に、この土地柄を利用した完璧なジョーク!!


いや、よもや俺にこんなユーモアが秘められていたとは。人間の可能性というものには驚かされる。


さてさて…彼女の反応をば。


「…」


「…」


実際には見えないが、分かる。ヘルメット越しでも分かる。


彼女の頭の上には、三点リーダーがポツポツと置かれていた。

あれ、もしかして俺、やらかしたのではなかろうか。


そう思った途端、全身という全身から冷や汗が吹き出す。


「…あ、いや、えその…ちがくて!じょ、冗談!月に来て俺もテンション上がっちゃってて…!!」


焦りがとまらない。

傍から見れば、随分とひょうきんな動きをしているのだろう。手も足も、全身を使って誤解を解こうと躍起になっている。


なぜ焦るのかと言えば、そんな状態を見て尚、彼女の表情が、ビタの一ミリも動かないからに他ならない。


「…翁」


「…え?」


彼女の一言に、動きが止まる。


「決めた!君のあだ名は翁くんだ!!」


「…え?」


思わず二回も聞き返してしまった。

もう何がどうなっているのか、全くもって検討がつかない。


随分な無表情をかまされていると思えば、今度は満点の笑みでそう告げられる。

彼女は俺が地球を見ないよう妨害することを命令された刺客か何かなのだろうか?


「いやあさあ!なんか私君気に入っちゃったからさ!折角ならもっと仲良くなりたいでしょ?だから名前で呼んでみたりしたんだけど…どうにも違和感があってね。で!あだ名を考えてたんだけど、ほら私別に君の何を知っている訳じゃないからどうつけようかな〜って。そこで!君の話を聞いてピンと思いついたの!どう!!!」


「…どう、といわれても」


あいも変わらずの怒涛のひとり語りに、俺は話す事が減るのだから感謝する訳だが。


そのあだ名に関して語るのであれば…そうだな。


『どうでもいい』


…なんて言えるはずもなく。


「…ああ、いいんじゃないか?」


なんて空の容器を投げつける他なかった。


「でしょー!!!しかも名字が竹下!!より竹取物語っぽい!!竹下 翁!」


「…いや、そこは直男です」


何であだ名が本名に打ち勝っちゃうんだよ。

まあ空の容器でも喜んでくれているようだからここは良しとしよう。俺、ナイス。


「…お、きな?」


「ん?」


宇宙なのだから、当然空気はない。

これまでの会話も、全ては通信によって行われていた訳だが。


その時聞こえたその声らしき音は、何故だがヘルメットの外側から、かすかに響いている気がしたのだ。


「ん??どうしたの翁〜!」


「…いや、音が」


「ノイズ?」


「いや…そういうのじゃなくて」


違和感は、やがて糸を手繰って現実となる。

その時が来るまで、俺は一時の安寧を何も知らずに楽しんでいる。


俺から一つ、皆に教訓を与えよう。

あだ名は、簡単には受け入れてはいけない。

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