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青星を見つめる  作者: レモンティー
1/9

一節【露のグラスを見つめる】

ーー燦々太陽。

森に連なる木々のように広がる、険しく伸びたビルディングの一角。


「タァケェシタァ!!!!」


「申し訳ありません!!!」


閑散としたオフィスでは、部長の怒声と俺の情けない謝辞が、こだまのように響き渡っていた。




================================




「えーと…じゃあとりあえず生3つと、えだ豆といかと…あこのたこ握りめっちゃうまそうだな…じゃあこのたこ握り!。あと…直男なおとメガは?」


「俺このピリから揚げ!」


「…俺は大丈夫」


「おっけ。じゃあそれで」


薄暗い夕焼け。

騒がしい室内は、俺と似たような服ばかりを着た人間が、どこもかしこも大きなグラスを美味そうに飲み漁る。


昼の怒声が頭から離れず、ぐったりと肩を落とす俺の目の前に座る二人は、そんな俺とは対象的に(服は同じようなもんだが)まるで世界の希望を一身に背負っているかのような達成感のある笑みを浮かべている。


羨みこそすれ、俺はそんなこの二人の笑顔を妬んだりなどはしない。


寧ろ、この二人のそんな顔が見れなくなる事の方が、俺にとっては死活問題だ。


「…おまえさあ」


「え、あごめん…どうした?」


「いや…前々から思ってたんだが、その落ち込んだ顔からこっち見て急に微笑み始めるのやめてくれないか…?いや、別に良いんだけどよ」


「…え、俺そんな顔してたか?」


「してたな。いっそ心配になるくらい」


何ということだろうか。

勿論この疲れ切っている姿を隠し通せているなんて思っていた訳ではないが、よもやそんな姿になっていたなんて。


ーー多田ただ 久良ひさよし針山田はりやまだ 源太げんた

高校で出会ったこの二人の男は、8年経った今も、俺の大友達だ。


スポーツ万能成績優秀、でも女遊びが激しい多田。

まあ見た目もイケメンだし、何よりも声が良い。俺が女ならコイツになら遊ばれても嫌な気はしない。


デブチビメガネの針山田。通称メガ。

見た目はともかくとして、優しさの化身のような男。

そんな男だ、当然こいつの周りにはいつも人が居る。要は人気者というやつだ。


遊ぶときは常に一緒。

予定も合わせ、今日も三人で定期の飲み会。


仕事で散々に疲弊した心も、コイツラといると自然と形を取り戻していく。


「…まあ、大方予想はつくけどな?」


「…何が?」


多田は言った。


「今日もまた、いつもの鬼上司に怒られたんだろ?お前の悪い癖だぞ〜そうやって怒られた事引きずるの」


「そうだな〜引きずるにしても、引きずり方!ってもんがあるからなあ」


「直男〜!お前はもうちょっと余裕を持つべきなんだよ!別にできない男じゃあないんだからさあ!顔も悪くねえのに!だから彼女の一人もできねえんだぞ!」


「…まあ、そう、だな」


『おまたせしました〜』


何となく、二人に図星を突かれたのが気恥ずかしくなった。

目の前に置かれたビールを、間髪置かずに飲み込んでいく。そのあまりの豪快な飲みっぷりに店員さんも思わず一歩引いてしまった。


「あ、すみません…」


我に返ってすぐに謝る。


「ああいえ…!二杯目大丈夫ですか?」


「…じゃあ。よろしくお願いします」


「はい!かしこまりました〜!」


二人の言う良くない引きずり方というのは、ずばりこういう所だ。

テンパってしまう訳ではないが、過度にストレスを感じたその日は、目の前の事にいつもより早く手を付けてしまう。


焦り、と言えば良いのだろうか。


そんな俺の姿なんていうのは、二人には見慣れたもので。俺が一度こうなってしまえば、二人は既に呆れ顔だ。


「…趣味とか、作らないのか?」


「んえ…急に、どうしたの?」


『二杯目どうぞ〜』


「ああ…どうも…趣味?」


多田の突然の問いに、酒を胃に流しながらも、思わず質問で返す。


「お前の趣味ってさ、もういっそ俺らと遊ぶだけだろ?」


「…まあ、たしかにそうだ、な」


俺には、趣味という趣味がない。

決して好きなものがないという話ではなく、好きな音楽も、見るのが楽しいスポーツも、読んでいて楽しい本も、作るのが楽しい料理も。

だがそのどれもが、二人が知っていること、が前提なのだ。


俺が好きなのは、二人と何かを共有する事であり、言ってしまえばそれが俺の“趣味”なのだ。


「勿論俺らとしちゃあ、これ以上友達冥利に尽きることはねえありがてえ趣味だとは思うんだけどよ」


「そう仕事のストレスを抱えてるとこ見ると、やっぱりそういう物の一つや二つ、あった方がいいんじゃないかってな」


「…」


もっともだ。

そもそも、二人がいつまで俺とこうして仲良くしてくれるかなんて分からない。


いつかは家庭を持つこともある。

そうなれば当然、この仲間で遊ぶことは減る。

そうでなくとも、いつまでも同じ関係が続く事は、この世界では随分と珍しいもの。


人との繋がりも大事だが、今は“一人”を満遍なく楽しむ時代だ。


趣味…か。


「ってな訳で、まあこれはそんなお前へのささやかな道行ききっぷだ」


「きっぷとか死語じゃねえか?」


「比喩だよ比喩!ほら直男!受け取れ」


「おお…え、」


多田のスマホから送られた、一通のメール。

中身を開いて、俺は、驚愕する。


「…月面、旅行?」

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