でも、俺達は仲間…だろ?
60話です。
前半→プラソン視点
後半→ルイ視点(第三者語り)
「あら?ルイちゃんだってそうじゃない」
ボロボロの魔王城を前にして、確かに俺の耳に届いたルイの母親の言葉。
馬鹿な俺でもわかる。その言葉の意味は、むしろすんなりと俺の中に流れ込んできて──
「──魔物、だったのか…ルイ」
ただ反射的に、そんな声が漏れた。
「──っ」
言葉に詰まったような、ルイの見たことのない表情。
本当は否定して欲しかった。…でも、思い返せば、『勇者』と言うには腑に落ちてしまっていて。彼からもらった《準聖剣ビクトリア》を握り締め、その視線をゆっくりずらす。
「──あはは…はぁ…そう、だね。僕は魔物。…それは嘘偽りない真実、だよ」
魔物は人類の敵。古来より滅ぼし合って、たとえ姿形が似ていても、分かり合えない絶対悪。──そう、絶対悪なはず、なんだ。
ギリッ、と。無意識に奥歯を噛み締めて、ルイを庇うユナちゃんが俺の視界に映り込む。
魔物であるルイを庇う、か。…いや、彼女もルイ同様に魔物だったのだろう。それに、母親であるエルピスさんも。
剣を握った手が、カタカタと揺れる。
幾千、幾万と。彼等と共に魔物を屠ってきたのだ。中には、俺達のように言葉を話すものだっていた。
──魔物は悪。
絶対だと思っていたソレが、俺の心臓を握り締めてくる。
「ごめん」
ルイの震えた声。その表情は見えない。
…でも、彼が今、どんな表情をしているかなんて。ただそれだけは、容易に想像が付く。
勇者ルイ。それは王によって与えられた称号で、俺達と旅をした世間知らずな一人の少年のこと。
残った5つの街を巡り、ある時は人助けを、ある時は魔物討伐をして世を良くしていた。…なら、目の前に立っている彼は?
一緒に旅をして、くだらないことで笑い合った日々。いくつもの強敵と対峙し、背中を預け合った日々。この積み重ねた関係すらも、嘘偽りであったのか?
「…違うだろ」
ただ無意識に。言い聞かせるように呟いて。滑り落ちた愛剣が、音を立てて突き刺さる。
「何が──何が『ごめん』だよ!ルイッ!」
続けて出た声は、思ったよりも大きくて。
「そんな一言で─俺達の関係を否定するんじゃねぇ!」
それでも止めることはできなくて。
「お前らとパーティを組んだあの日から!俺達はずっと友人だ!少なくとも!俺はずっと!そう思ってる!」
思いのままに叫んで、息を吐ききる。
目柱が熱いし、周囲の景色すらぼやけて見える。
ただ、勢いよく振り上げた拳が、力無くルイな胸に当たる。
「どうして…?僕は魔物で…みんなに、嘘をついて…」
震える声。ポタリと、甲に落ちる水滴の感触。
俺は馬鹿だ。魔物だとか、嘘だとか、ルイの内心なんてものはわからねぇ。
「──でも、俺達は仲間…だろ?」
自然に出たその言葉は、驚くほど腑に落ちた。
ーーー
自身が魔物である。
いざ、ルイがその事実に向き合った際、どのような考えに至るか。
──バレなければ。
──バレないように。
心の何処かで楽観視して、その隔たりすら忘れかけていた事実。魔物は人族にとって相容れない存在である、と。己自身が証明し、積み重ねた価値観。ただ──
「──魔物、だったのか…ルイ」
確かに届いた呟きが、思考に焼き付き離れない。
ただ父親に反抗するための『勇者』という肩書き。
人族と偽りながら、しかし都合よく順風満帆に見えた日常。
まるで走馬灯のように、脳裏に流れたソレは、目の前の城のように脆く、崩れ落ちていく。
懺悔か、はたまた自己満足か。出た謝罪の声が、その心臓を鷲掴む。
──幻聴?それとも妄想?
聞こえの良い言葉。
いつの間にか、庇っていたはずのユナはいなくなっていて。
ズカズカと踏み鳴らすプラソンの拳が、力無く胸に押し当てられる。
「どうして…?僕は魔物で…みんなに、嘘をついて…」
贖罪か、納得させるための言い訳か。
ただ、ぐちゃぐちゃになった頭で、どうにか絞り出す。
「──でも、俺達は仲間…だろ?」
顔を上げ、息を呑む。
拳を突きつける友人は、何故か自分よりも泣いていて。
ルイはその顔をくしゃっと歪めた。




