一方その頃…
お待たせしました、52話です。
ルイ達は出てきません。
『何処だ…ここは…?』
フヨフヨと、真っ白な空間を彷徨い、そんな声かもわからぬ音を漏らすハゲだったもの。
上も下も、前後左右も無く、ただそこに『在る』だけの不思議な空間へ迷い込んだ彼は、その思念体のような身体を止め、立ち止まるようにして思考を回転させる。
(…儂は確か、あの小童と対峙して、崇高へ至る力を使って──いや、アレは違う。崇高では無く、あろうことか自らが魔物へと成り果て、敗れたのか)
生前の自らの行いを思い返し、実体がないはずの頭を大きく縦に振るハゲだったもの。
となればここはあの世か、と。そう結論づけた彼が流されると、不意に周囲の色彩が暗転する。
「あら…?神界に迷い込む魂があるなんて珍しいことも在るんですね。…まぁ、ちょっと運が悪かったと思って諦めてください」
『──!?』
突如としてそこに現れた、何者かもわからぬ大きな力の塊そのもの。
その声に、雰囲気に、懐かしいものを感じた彼は、得体の知れないそちらへ意識を傾けると、呟くように言葉を残す。
『嗚呼、女神エスポワール様───』
かつて自らが信仰し、そして魅入られてしまった存在。
ハゲだったものがゆっくりと、ただ導かれるように近づいて、彼女はそこから消え失せる。
『──?』
不自然なまでの感覚の無さ。
肉体を失ったとはいえ、あったはずの感覚そのものすら、消えてしまった違和感。
ハゲだったものは、光無き空間で自らが何者かすら思い出せぬことに困惑すると、周囲の闇に漂い彷徨う。
「──なんという僥倖かしら!?まさか、地上で神降ろしの儀式が行われていたなんて。やっぱり自分の勘を信じて来て正解ね。…こうしてはいられないわ、あの子のところに向かわなくちゃ!」
乙女のような声を漏らし、突如現れた虚空へ吸い込まれるようにして消えて行く力の塊。
まるで自分など眼中にない、と。言外に告げられ、ポツリと残されたハゲだったものは、誰に看取られることもなく、かろうじて残っていたその魂の欠片すら、跡形も無く完全に消滅していった。
ーーー
クリアを加えたルイ達一行がフォースを出ていった頃、魔王城の一室にて。
ここ数日騒がしかった場内は、今日も今日とて荒れ果てていた。
「それで、あの大臣はちゃんと処理したの?」
「はい…」
周囲が慌ただしく動く中、不自然なまでに静かな室内で、正座しながら萎縮する魔王。
目の前で彼を問い詰めた魔物の女は、机上に散らばった資料を片手に頭を抱えると、漏れ出た魔力の炎をもってそれをこの世から消し去る。
「ここ数日報告が上がってくる幹部を含めた上層部の汚職の数々…私が把握してなかった愛人?側室があるにも関わらず息子の見える場所で不倫?側にいられなかった私にも責任の一端があるとはいえ、あの子がここを抜け出したくなるのも当然の環境よね?」
「…はい、おっしゃる通りです」
震える声で肯定する魔王。
コツコツコツと、忙しなく足を鳴らす魔物の女は、そんな威厳の無い男から視線を逸らすと、山積みの資料を撫で上げて、眉を潜めてため息を吐き出す。
「…クズの娘とはいえ、ここまで揃えてくれたブラインド嬢には感謝ね。…私の娘だったらどんなによかったことか」
「そ、それは…」
「彼女の話が本当なら、ルイが縁談を断ったのは、貴方の行動も関係していると思うのだけど?──まだ生きてる事がわかったとはいえ、幹部すら何人も屠る人族の勇者がこちらへ迫ってる今よ!?私のいないところであの子の身に何かあったらどうするのよ!?」
「っ…」
ドン、と。美しい髪を振り乱しながら、魔王の右頬を掠めて壁に大穴を開ける魔物の女。
青褪める魔王の表情を他所に、我が子を想うあまり発狂寸前となった彼女は、部屋に差し込んできた光を目に、荒んだ呼吸を整えるよう深呼吸をする。
「…はぁ、決めたわ。私があの子に会いに行く」
「は──?いや待て!お前がいなくなったら、俺達はの財政は──」
「知らないわ。謀反を起こされないようせいぜい頑張ることね」
先程とは打って変わり、笑みを浮かべて吐き捨てる女。
流れるような綺麗な動きで、縋ろうとする魔王を踵落としで沈めた彼女は、軽やかな足取りで自らが開けた壁穴の方へと歩み出す。
「嗚呼──待っててね、私の可愛いルイ。人族の勇者もさっさと処分して、貴方の幸せはお母さんが守ってあげるからね」
いつになく上機嫌な声で、うっとりとしながらそう呟く女。
背中に大きな翼を広げた彼女は、恍惚した表情を浮かべると、倒壊しはじめた魔王城から飛び出すのだった。
ある程度レベルアップしたルイが軽く地形を破壊できるんだから、その母親が建物の一つやふたつ軽く破壊できてもおかしな話ではないよね!
※ユナを虐めていたメイド達は魔王の愛人であったため既に全員処分されてます。




