話を、聞いてくれないか…?
路地を抜け、夜の街を抜けたルイとユナ。
砦を超えた先に広がる草原は、不気味なほどに本来生息するはずの魔物一匹すら気配を感じない。
「旦那様…あの、恥ずかしいのでそろそろ下ろしていただきたく…」
「あっ…ごめん、ユナ」
ユナのその声に、抱えていた彼女をゆっくりと下ろすルイ。2人は何処か名残惜しそうに、どちらともなく顔を赤く染めると、その場で笑みを返し合う。
「それで、旦那様…いきなりどうして──」
「ルイ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ユナの声を遮って、突然響く高い声。
頭を抱えるルイと対照的に、ユナはギョッとした顔のまま首を動かすと、砂埃が立ち込める森の方へと視線を向ける。
「会いたかったですわルイ様!わざわざこんなところまで…はっ!?もしかしてわたくしに会いに来てくださったのですね!」
砂埃が晴れるのと同時に、早口で語られるそんな言葉。
2人の眼の前に現れた何処か幼い魔物の女は、流れるようにルイの手を取ると、黒く細長い尻尾をクネクネと震わせる。
「ひ、久しぶりだねブラインド。…に、2ヶ月ぶりかな」
「はい!ルイ様が魔王城を抜け出したと聞いたときはこの身が張り裂けそうなほど心配になりましたわ!──ですが今考えればそれはこうやってわたしに会いに来るためだったのですね!実はわたくしも、あの場でお会いして以来、ずっとルイ様をお慕いしておりますわ!嗚呼…ルイ様もわたくしと同じ気持ちだったのですね!わたくし、感激ですわ!それで、挙式の予定はいつ頃に──」
引き攣った笑みを浮かべるルイを他所に、マシンガンのように言葉を繋げる魔物の女─ブラインド。
彼女がそこまで言った瞬間、不意にルイの横に立っていたユナが身を乗り出すと、繋いでいたブラインドの手をはたき落とした。
「────貴女、なんのつもり?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよブラインド様」
ピシッ…という音がなるかのように、一瞬にして空気が凍りつく。
ガンつけあう女2人を前に、当事者であるはずのルイは、状況を理解できず2人の顔を交互に見る。
「退きなさい貴女。わたくしとルイ様の恋路を邪魔しないでほしいですわ」
「旦那様との恋路…?何ふざけたことを抜かしているです?」
「ふざけた、ですって───?」
「えぇえぇ…その通りですもの。旦那様の愛を受け、近い将来妻になるのはこの私なのですから。…それとももしかして貴女、縁談を断られたことをご存知無かったのかしら?」
「な──ッ!?」
勝ち誇ったようにユナのその一言に、驚愕の表情を浮かべるブラインド。
そんな彼女の反応に、面倒事の匂いを感じたルイは考えるよりも早く、反射的に手刀で彼女の意識を刈り取った。
ーーー
「う…ん…?」
ぼんやりとした視界に映る、木でできた見知らぬ天井。
人間の宿で目を覚ましたブラインドは、何故だか痛む首裏抑えると、ゆっくり上体を起こす。
「ようやくお目覚めですか?」
「──ッ!?貴女ッ──」
眼の前に腰掛けるユナを前に、反射的に飛び退こうとしたブラインド。
そんな彼女の姿を目に、ユナは小さく溜息を吐くと、やれやれといった様子で両手を上げる。
「ブラインド様。私は別に貴女と争うつもりはありません」
「──ッ!貴女、わたくしを馬鹿にしてるの…?」
「いえ、そんなことは──」
「──嘘ですわ!どうせそうやってわたくしとルイ様を引き離そうとしてるに違いありませんわ!」
ユナの言葉に聞く耳も持たず、ブラインドは尻尾を張り上げて厳戒態勢をとる。
ピリピリとした空気が立ち込め始めたその瞬間、不意に扉がガチャリと開かれると、何やら袋を抱えたルイが部屋の中へと入ってきた。
「ユナ、ブラインドとの話はつい──てないね、うん」
部屋の中を見渡すなり、状況を察してそう言うルイ。
彼はそのままユナの横を通り過ぎると、ブラインドの乗ったベッドへとそっと腰掛ける。
「ルイさm──」
「──ブラインド、少しだけ、僕の話を聞いてくれないか?」
ブラインド⇨(恋は)盲目




