風呂
ユウは大田区に住んでいることになっている。
一度目に面接に行った時、今はない夜逃げしたアパートの住所を書いた履歴書を出してしまったからだ。
結局どうしようもなくなり、雇ってもらうために再び店長川島を訪ねることになったが、家がないことは言い出せないままでいた。
後がなくなったユウはそれを言ってしまうと雇ってもらえないのではないかと、とても不安な気持ちになってしまったからだった。
常識的に考えて、いくら人が足りないキャバクラと言えども住所がなく、浮浪者同然の未経験の30近い人間を雇ってはくれないと思う。それが現実だ。
ユウは今まで色々な仕事をしてきた中で、現実の厳しさだけは深く学んでいた。
結局嘘をついているような形にはなってしまったが、ユウは伴に騙されたあの日から今までの自分の甘さを深く反省し、何をやっても食べる為のお金を手に入れると強く心に決めていた。
だから今は、どんなにきつくつらくとも逃げ出さない。
そんなわけで、仕事が終わってもユウの帰る場所はない。
最近は毎日日払いが5000円までできるので、そのお金で安い健康ランドで眠るのだった。
健康ランドは漫画喫茶に比べて快適だった。
仕事終わりに風呂、サウナまで入れて、仮眠室で4時間も寝れば疲れは取れるし、何より足が伸ばせて寝れるのだ。
しかもほぼ毎日のようにユウは行くので、早朝割引に加えて500円割引券も毎回使えるので、1200円で入れた。
こういう時は普通の人達と昼夜逆転の生活をしていて良かったと痛感できる。
ユウは仕事が終わると、いつものように始発に乗り健康ランドへ向かった。
フロントで割引券を使い、料金を支払うと入院患者のような部屋着とタオルを渡されロッカーに向かった。
ロッカーはいつもと同じ番号だ。
ユウの青いリュックが置いてある下。
そのロッカーを開けるとすぐに先ほど渡された部屋着に着替えた。
普通なら先に風呂に入ってから着替えたいところだが、今日のユウは酷く疲れていてすぐにでも横になりたい気分だったのだ。
ユウはロッカーの鍵を右手にはめると、仮眠室に向かった。
仮眠室は照明が落とされ静かだった。
寝ている人のいびきが聞こえる。
今日は珍しく混んでいてリクライニングソファーは、全て埋まっていた。
ユウははじの方の畳が敷いてあるスペースに向かい静かに横になった。
ユウはいつもこうして床に寝る。
ソファーよりまっすぐ体を伸ばして寝る方が好きだった。その方が疲れも取れやすい。
帰り際の田村の態度が少し気になったが、そんなことを考える間もなくすぐ寝入ってしまった。
昼ごろになり、周りに人の気配がなくなるとユウは目を覚ました。
時計代わりに使っている携帯電話を見ると1時近かった。
3時までに出ないと延長料金が発生してしまう為、ユウはしぶしぶ体を起こし、頭を掻きながらロッカーに向かう。
ロッカーで服を脱いでいると、2人の中年の男達の会話が自然と耳に入ってくる。
「昨日はあの後どうだったの?」
「全然ダメだよ。結局飲まれちまって2万やられたよ。」
「へぇーそうかい。それにしても最近ぜんぜん出ていないねぇ。」
「あーほんとに5万なんかあっという間だよ。」
どうやらパチンコの話らしかった。
ユウはつい一月前の出来事を思い出して、胸がむかむかしてなんとも言えない気分になった。
フンと鼻をならして、勢いよくロッカーを閉めると風呂にむかった。
風呂につかってもまだ、ユウの胸のむかむかはおさまらなかった。
今までにあった嫌なことや、今の仕事の辛さを考えてさらにむかむかした。
(絶対に早くこの生活から脱却してやる。)
ユウは強く心に決めた。
その為にはまずはお金。
お金をつかまなくてはならない。
部屋を借りれるだけのお金。部屋を契約するには少なくとも20万は必要だった。
毎日日払いをしているユウは給料日に入る金額も少ない。まとまったお金をつかむにはとりあえず節約して貯めていくしかない。
ユウは部屋を借りれるまであと何ヶ月かかるのか考えると少し鬱になったが、強い意志を持って乗り切ろうと決意し風呂をあがった。
自分は変わったのだ。
自己暗示のように言い続けた。