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過去の仕事

 

「あー今日も疲れたなぁ。」

田村はだらしなく、Yシャツを第二ボタンまではずして、お店のソファーにドスンと腰掛けた。

四時ごろまで残っていた、最後のお客が帰ったのだ。

ようやく本日も営業終了。これから閉め作業に入る。

ポケットから取り出したタバコに火をつけると、キッチンでいそいそと洗い物をするユウに声をかける。

「ユウ君も少し休めば?」

「いや、大丈夫です。」


「遠慮しなくても大丈夫だぜ。店長はまだしばらく帰ってこないだろうし。疲れたろう。」

「いえ、そうじゃなくて、こういうのは、一気に気合入れてやってしまわないと、逆に面倒くさくなってしまうので。」


「ふーん。そういうものかねぇ。」

田村は大きくタバコを吹かしてのんきに言った。

ユウはひたすらグラスを洗う。

その音が、先ほどまで騒がしかったが、今は静まりかえった店内に響く。

洗い物といっても通常の飲食店に比べれば、たいした洗い物はない。

主にグラスと灰皿だ。

ユウはグラスを全て洗い終えると、大量に積まれた灰皿をスポンジも使わずに手で洗い始め次々と斜めに重ねるように積んでいった。


「今日は発注は大丈夫だよな。」

田村は短い頭をボリボリと掻いていた。

ユウは洗い物をしながらキョロキョロとキッチンの中を見回し、手を止めることなく答えた。

「ええ、多分なしで大丈夫だと思います。」


「あっ、あとカワシボなかったろう。後でつくっておいて。」

「あっ。はい。分かりました。」


「……。」

「……。」


しばらく沈黙が続き、カチャカチャと灰皿の重なる音だけが、ホールに響く。

田村は何か考えていたようだったが、思い出したようにユウに声をかける。

「そういえば、ユウ君ってうちに来る前は何やっていたんだっけ?」

「えっ……?。」


ユウは洗い物を終え、キッチンから田村の座っているところへ出てきた。


「いや、一度目に面接に来た時に見たのは覚えているんだけど、私服だったよねぇ。」

「ええ。」


「いや、あまりに真面目だから、前にどんな仕事をしていたのか気になってね。」

「ああ、まぁ色々と……。」

それだけ言うと、ユウはおしぼりのホットウォーマーからたくさんの使用されていないおしぼりを出してきて、次々と干すように腰壁にかけていった。


「色々とって、例えば何?」

田村はよほど気になるのか、前のめりになるように座りなおしてから、ユウに尋ねた。

「いや、あはは。たいしたことはしていないですよ。日雇いバイトとか。」

ユウは照れたように笑いながら答えた。

ユウの頭の中には今までやっていた様々なバイトが想い浮かんだ。

日雇いの荷物整理。冷凍倉庫。交通誘導。

当時に比べれば、この仕事でもユウにとってはまだましな方だった。


「日雇いバイトって何だ?土木関係とかか?」

「いや、オフィス移転の手伝いとか、荷物の仕分けとかですよ。」


「へー。以外だなぁ。まともに社員として勤めたことはないの?」

その質問にユウの表情がこわばる。

「あるにはあるのですが……。25位まで営業をやっていました。」


「ふーん。何の営業?」

「……。教材です。」

ユウの中で嫌な記憶が蘇る。

ユウは確かに大学を出た後、正社員として営業をやっていた。

パリッとしたスーツを着て、毎日オフィス街出社していた。

しかし、その入った会社が今で言うブラック企業。

受験用教材の訪問販売の会社。

毎日毎日、リストを元に電話でテレアポ。アポが取れたら、自分でその家に向かい玄関先でデモと呼ばれる営業を打つ。

会社の雰囲気も昔ながらの訪販の会社なので、少し異様だった。

社会に出たばかりのユウにはその異様さにあまり違和感を持たなかったが、今考えると凄まじい仕事だった。


毎日出社すると2時間から3時間は自己啓発のために使われた。

事務所に太鼓があり、叩いて気合を入れたり。全員神様に拝んだりした。

中でも酷かったのが、結果が出ない社員を何人かで取り囲んで全員で罵倒して気合を入れる儀式などは、今考えるととてもおそろいしい。

しかも、給料も営業なのである程度結果主義なのは分かるが、100万以上もする教材を月に2本以上売らないと月に7万円だった。

そんな会社なので、毎月30人以上の新入社員が入っても、2ヶ月の研修期間内にほぼ辞めてしまい残るのは1人か2人だけだった。

その残った1人2人も半年以内には辞めてしまうが。

ユウはその会社で2年ほど過ごす。

常に辞めたかったが、上司のパワハラにあいそんなことは言い出せなかった。

毎日パシリのように弁当やコーヒーを買いに行かされ。

3日4日かけてとったアポも横取りされたりした。

まさに地獄の日々だった。


「教材かぁ。訪販はきつかったろう。」

田村は知っているような口ぶりで言った。

「ああ、はい。まぁ。」


「軍隊みたいだもんな。」

「ええ、そうですね。」

ユウは軍隊と言う言葉を聞いて、大田の軍隊って楽しそうじゃないと言う言葉を思い出した。

大田はどうしただろうか?

旅に出てのたれ死んでいるかもしれない。

少し不安になった。


そんな話をしていると、店長の川島が帰ってきた。

「終わった?」

川島は明るく田村とユウに声をかけた。

「ええ、一応大体は。」


川島は送りに出ていたのだ。

通常、お店では送りのドライバーを雇っている。

キャストはたいていそれに分乗して帰るのだが。

なぜかマナミというキャストだけは出勤するたびに店長が送っていた。

店ではできてると噂になっていたが、誰も面と向かって聞くものはいなかった。

当然、田村もユウもなんとなく分かっていたがその話題には一切触れなかった。

暗黙の了解なのだ。


「送り大変ですね。」

田村は何を思ったのかその日に限っては、店長にそう言った。

「ああ。」

川島はごまかす様に短く返事をして、帰り支度を始めていた。


少し変な空気が流れた。

ユウはただ黙ってゴミだしをしていた。


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