表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/53

フロント

夜の繁華街にユウの姿があった。

交差点に立ち、道行く人に声をかける。

「キャバクラ、どうですか?」

何人もの人間に無視をされても、めげることなく次々と声をかけていた。


「今日はお飲みの方は?」


「こんばんはどうですかキャバクラのご利用は?」


「どーも、どーも。いかがです?」


以前のユウとは人が違ったように働いている。

汗をかき。真剣に取り組んでいた。

その顔には以前のような無気力さのかけらもなく、笑顔さえ作れるようになっていた。

まるで、何か憑き物でも落ちたようだ。


結局ユウは無一文になった後、以前面接に行った川島の元を訪ねていた。

約1ヶ月半こうして、キャバクラで働いている。

給料前借りで、スーツも例の一万円スーツを買ってもらい。

ワイシャツネクタイは100円ショップで揃えた。


「どうだい?調子は?」

2階にある店舗から下りてきた、川島がユウに後ろから声をかける。

夢中になって、通行人に声をかけていたユウが気づいて、後ろを振り向く。


「今日も相変わらず、厳しいです。流れはぼちぼちあるのですが……。」

「そうか……。」


川島は自身の左手首手にはめてある高級そうな腕時計をチラリと見た。


右方面から、サラリーマン2人組みが歩いてくるのが見えた。

ユウは川島の元を離れ、すかさず声をかけにいく。


「今日はお飲みの方は、どこかお決まりでしょうか?」

ユウは人なつっこい笑顔で声をかける。

「いや、イカねーよ。」

サラリーマンの酔っ払いの片割れが、大きな声でユウに怒鳴る。

ユウはそんなことにもひるまずに店の宣伝をする。

「僕はあのそこの2階なんですけど。」

「うるせーな。しつけーぞ。」

酔っ払いは、横について歩いてくるユウの体を払うように右手を大きく振った。


「フロントにはだいぶなれたようだな。声もかけられるようになったし。」

その様子を見ていた川島が、両腕を組みながらユウに言った。

「えっ。ああ。まあ。」


「フロントはメンタル勝負だからな。メンタルが強くないとできない仕事だ。」

「あっ。はい。」


「たいていの未経験の人間は呼び込みをやらせると、折れちまうからな。断られ続けて嫌になったり、疲れて座り込んだり。」

「……。大丈夫です。自分には後がないですから。」


「そっか。」

川島は少し冗談ぽく笑った。

「ええ。」

ユウは前を向いて、右手で額の汗を拭くような動作をした。


ユウのやっている行為は違法行為だ。

警察に捕まれば、良くて罰金。厳しいところではいきなり20日の拘留なんて話も聞く。


しかしこの不景気。

甘いことは言ってられない。

最近は警察の取り締まりも厳しくなるが、それと同じように飲み屋の経営も苦しいのだ。

元来新規の顧客は呼び込みでつかんできた業界だ。

いくら案内所ができようが、ネットで広告を出そうが、ティシュを配ろうが、新規の獲得に関しては強い呼び込みにはいまだにかなわないのである。

それにキャバクラは客もキャストも息が短い。

常に新規を入れていかないと、無駄な人件費だけ大きく膨らんでしまうのだ。


ユウのよびこみの目標はとりあえず、一日に3組の新規。

日給一万円のユウの人件費の2倍の売り上げを作る事が目標だった。


「3000円なら行くけどな。」

「いやぁ。この時間に3はきついですよ。他どこに行ってもないですって。」

ほとんどの客は声をかけて食いついても、値下げ交渉をしてくる。

このやり取りも難しい。

せっかく捕まえても、ここで下手をすれば逃がしてしまう。


ユウは確かにこの仕事をするようになって、肉体的にもそうだが、それよりメンタル(精神面)がかなり鍛えられた。

最初は知らない人に声をかけることにも抵抗があったが、今はなんてことはない。

なにしろ、酔っ払い相手だ。

絡まれることもある。馬鹿にされ、めちゃくちゃなことを言われるときもある。

まともに話をしているとストレスが溜まってしょうがない。

しかし、ユウはそんなことでは落ち込まず、前向きに仕事をする。


実際この仕事は見た目より肉体的にもハードである。

ユウは17時前には出勤して、掃除、買出し、おしぼり巻きなどの開店準備をすませ、早い時間は駅前でティッシュを配り、営業中は店内と呼び込みを交代でこなし、片付け、ゴミだし、ボトル整理などの閉店作業作業を終えようやく帰宅する頃には、朝の5時である。

その間12時間ほぼずっと立ちっぱなし、動きっぱなしである。

しかも、精神的につらいのは、上司やキャストにも常に気を使い、若い女の子にも命令されるように使われ、酔っ払いのお客にも最大限気を使うのである。

考えてみれば、ユウによくやれたものである。


ユウはやはり変わった。

もう悩まないのである。

なりふりかまっていられないと言うのが、正確かもしれない。

とにかくユウは頑張って、内容はともかく着々と人間らしい暮らしができるところまで近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ