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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狂気と背徳の魔法少女

作者:

 ——チッチッチッ……


 真っ暗な部屋に、時計の音だけがやたら大きく聞こえてくる。時刻は正午になったばかりだ。にもかかわらずこの部屋が暗いのは、カーテンを閉め切っているからである。

そんな部屋のベッドには一人の少女が膝を抱えてうずくまっていた。黒いセミロングの髪を下しただけで、髪飾りなどは何も付けていない質素な少女……

 同じベッドの上には画面が真っ黒のスマホが置いてあった。


 ——ピロピロリン! ピロピロリン!


 突然スマホが鳴り響く。

 すると覇気の無かった少女は息を吹き返したかのようにスマホをすくい上げ、画面を確認した。


「きた……魔法少女、変身!」


 画面を押すと、暗い部屋に眩い光が溢れ出す。

 なんと少女の髪はピンク色に変わり、フリルの付いたドレスのような衣装を身にまとっていた。


「魔法少女、出動!!」


 体が浮かび上がり、覆われたカーテンに突撃していく。すると開いていないはずの窓ガラスをすり抜けて外へ飛び出した。

 猛スピードで空を駆け巡りながら少女はスマホを確認する。


「一度に二ヵ所で魔物が出現!? まずは近い方から片づけなきゃ!」


 そう言って目的地までさらに加速する。

 そう、彼女こそこの世の救世主、魔法少女である。

 名前は鬼灯ほおずき三己みみ。魔法少女システムに同意して、一ヶ月ほど前から魔法少女を始めた新米だ。

 ……魔法少女システム。それはこの世界に突如として現れた魔物を倒すべく開発された、少女が魔法が使えるアプリだ。

 実際のところ、このシステムには謎が多い。運営からは詳細は一切明かされず、にも関わらず法律にもすでに組み込まれている。

 しかし、人類滅亡の危機を回避するためだと国民は黙って見守るしかなかったのである。


 現地に着くと、そこにはヘドロをまき散らすおぞましい魔物が暴れていた。

 三己は二階建ての屋根から声を張り上げる。


「天見た、地見た、少女見た! 魔物の悪行垣間見た! 『狂気』の魔法少女、プリティミミィ、ただいま見参!」


 ビシッとポーズを決めて登場シーンを彩っていた。


「キター! 魔法少女だ!」


「彼女は……魔法少女ランキング二位のプリティミミィだ!」


「その早さから、『更新ボタンを連打して通知と同時に出動している』と噂されているプリティミミィだ!」


 近くにいる一般の住人が騒ぎ立てる。

 それだけ彼女は、今世間を沸かせていた。


「速攻で殺すよ! 『ラブハート・ボンバー!!』」


 ポコポコとハート型の物体がステッキから放出され、魔物のそばで大爆発を起こす。

 煙が晴れると魔物は粉々になっていた。


「やったぜ! 流石登場から僅か一ヶ月でランキング二位まで上り詰めたミミィだ。この調子なら一位になるのも時間の問題だな!」


「けど、なんで『狂気』の魔法少女って名乗るんだろうな? もっと可愛い呼び方の方が合ってると思うんだけど……」


 観衆が騒めく中、三己は颯爽とその場を離れた。魔物が出現したというもう一ヵ所に急ぎたかったのだ。


「あ、もう一ヵ所の魔物の反応が消えてる。別の魔法少女が殺してくれたのかな?」


 早急に解決したことでホッと胸をなで下ろしていた。


「あ、家に帰る前に買い物して行こうかな。……狂気の魔法少女か。私、別にそんなに変じゃないんだけどなぁ……」


 魔法少女システムにより、ある程度活躍した魔法少女には二つ名が贈呈される。それを名乗る事で、自覚を強めて今後も成長してほしいという運営の計らいらしい。

 そして三己に送られた二つ名が、『狂気』の魔法少女だったのだ。


 三己は誰もいない所で変身を解除して、晩御飯の買い物を済ませて家へと急いでいた。

 魔物の侵略により、人間社会は一度崩壊している。今では魔法少女のおかげである程度回復はしているが、それでも車のような燃料を必要とし、且つ決められた所しか走れない乗り物を使っている人はほとんどいない。

 崩れた家。穴の開いた道路。なぎ倒された木々。

 そんな見慣れた道を駆け足で通り過ぎていく。

 そうしてとある曲がり角を飛び出した時だった。


 ——ドン!


 三己は誰かぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい! 私急いでて……」


 よく見ると、それは三己の記憶に残っている人物であった。


「あ、クラスメイトのあくつさん」


——あくつ綾羽あやは。彼女は三己が通う中学校の同級生でクラスメイトだ。

 成績優秀で眉目秀麗。おまけに誰にでも優しいためクラスの人気者。

 そのサラサラで美しいストレートの金髪と、お嬢様のようなしゃべり方は高貴な印象を与えるが、割と自分から相手に話しかけ、すぐに誰とでも仲良くなるために友達も多い。

 魔物の出現によって人間社会が崩壊し、今では『学校』という施設がほぼボランティア状態となっている。明るい未来を信じて行きたい者は学校へ赴き、別のやりたい事がある者は通わない。そんな状態でも圷綾羽は毎日のように学校へ通い、そんな彼女と会うために学校へ向かう生徒も少なくないと言う。

 ちなみに三己は今では学校へ通ってはいない。毎日が魔法少女稼業で精一杯なのだ。


「あら、あなたは確か……鬼灯三己さん……でしたわよね?」


「わわっ! 覚えていてくれたんだ!」


「当然ですわ。最近は休んでいるとはいえ、同じクラスメイトですもの」


 ニコッと微笑む綾羽を見て、三己は胸の高鳴りを感じる。

 誰もが羨む美貌を持ち、そんな彼女に優しい言葉をかけられればときめかない方がおかしな話である。


「今学校の帰りなの?」


「えぇ、今日は早く終わりましたの。ミミさんは急用か何かかしら?」


「そ、そんな事ないよ。買い物をしていたら近くで魔物が暴れていたから、急いで家に帰ろうと思っただけ……」


 三己は自分が魔法少女であるという事を隠している。

 魔法少女システムには正体をバラしてはいけないなどというルールはない。三己が自分で隠したいと思い隠しているのだ。


 ――ただし、魔法少女がどのようにして魔法を使うのか、その仕組みを話しては絶対にならないというルールは存在する……

 これは一般市民に無駄な不安や混乱を抱かせないためという事であった。


「ふ~ん。そうですの……」


 綾羽は三己を下から上まで舐めるように見つめた。

 そして少し考えてからこう切り出した。


「ミミさん、ここで会ったのも何かの縁でしょう。今からあなたの家に遊びに行ってもいいかしら?」


「ええ~!? 今から!? あくつさんが!?」


 三己は混乱する。学校のマドンナが積極的にコンタクトを取ってくる事に喜びと戸惑いを感じていた。


「ダメですの?」


「だって、今は家の中が散らかってるし、圷さんをもてなせないよ!」


「ふふ。そんなに身構えなくてもいいですわ。わたくし、ミミさんとお友達になりたいんですの。……ちょうど減ってしまったとこでしたし……」


 ポツリと綾羽が呟くのを、三己は聞き逃さなかった。


「え? 減った? もしかして圷さん、友達とケンカでもしたの?」


「まぁそんなところですわ。だから、今は誰かとおしゃべりをしたい気分ですの」


 三己は迷っていた。しかし、こんな状態の綾羽を放っておくことが出来ないうえに、なにより三己の方が綾羽に興味があるのも事実であった。


「わかった。じゃあ家まで案内するね。けど、本当に散らかってるからね! それでも絶対嫌いにならないでよ!?」


「うふふ。わかってますわ。わたくし達はもう友達ですもの。そんな事で嫌いになんかなりませんわ」


 三己は心が弾むのを感じていた。なぜならば、三己にとって友達と呼べる相手など今までいなかったからだ。

 だからこそ、綾羽が友達になってくれた事が心から嬉しかった。


「それはそうと三己さん、わたくしの事は名前で呼んでくださらない? わたくし、苗字はあまり好きじゃありませんの」


「そうなの? じゃあ、綾羽ちゃんって呼ぶね。えへへ」


 家に着くまでの間、そんな会話をしながら案内をする。

 三己は自分でも気が付かないうちにスキップをするほど喜んでいた。

 そして、三己は一軒家の前まで辿り着く。


「ここが私の家だよ!」


「へぇ~……なんか、すごくカラスがとまっていませんこと?」


 三己の家は白い塗装の二階建てであり、その屋根には多くのカラスがとまっていた。


「なんか、ウチってカラスに好かれてるみたい。いっつもなんだ! さぁ中に入って!」


 そう言って三己は玄関の鍵を開け、綾羽を中に招き入れる。


「ただいま~」


 そして三己に続き、中へ入った瞬間であった。


「うっ!?」


 綾羽が手のひらで口と鼻を覆う。

 家の中はそれだけ異様な臭いが漂っていた。


「あ、あの……ミミさん……?」


「ん? どうしたの?」


 三己は平然な顔で靴を脱ぎ、一足先に入り込む。


「えっと……なんだかすごい臭いがするのですけれど……」


 他人の家に上がっていきなり臭うなんて言おうものなら、かなりの失礼になるだろう。そんな事は綾羽だってわかっている。しかし、こればかりはなんの臭いか聞かなければ、とても気が気ではないほどの悪臭であった。

 はっきり言って吐き気を催すほどのきつい臭気で、とても鼻から息ができないレベルだった。


「そうかなぁ? すぐに慣れるよ」


 三己は笑顔でそう答える。

 この臭いに慣れてしまえば、それだけで人間としての尊厳を失いかねないと綾羽は顔をしかめる。

 三己は家が散らかっていると言っていた。それは生ゴミを放置しているという意味ではないかと綾羽は考える。そんな感じの腐臭だったのだ。

 そしてさらに、他にもいくつか疑問に思う事があった。


「それと、お家の方は誰もいないんですの?」


 家の中は真っ暗であった。

 今はお昼を過ぎたくらいの時間であるにも関わらず、真夜中のような暗さである。


「ううん。みんないるよ?」


 三己がそう答える。

 確かに三己は、「ただいま」、と言って中へ入っていった。だから綾羽も家族がいるのだろうと思ったのだ。けれどよく考えれば、三己は鍵を開けて玄関を開けていた。中に誰かいるのに鍵を掛けるだろうか?

 綾羽は段々と不気味に思えてきた。鳥肌が立ち、ゾクゾクッと寒気も感じる。

 しかし決してありえない話ではない。今の時代は魔物がはびこるご時世だ。いついかなる時でも鍵を掛けるという用心深さは理解できるし、電気だって無限にあるわけではない。人間社会が崩壊しつつある今だからこそ、各家庭に一定量を供給する方針となっているため、昼間は節電のために電気を消している家庭も少なくないのだ。


「だとしたら、カーテンくらい開けて日の光を入れた方がいいですわ。換気もしないと……」


「いやぁ、あんまり家の中を見られたくなくって」


 ちょっと恥ずかしそうにしている三己を見れば、なんの変哲もない普通の女の子だ。

 それでもやはり、綾羽の嫌な予感は拭いきれない。


「ミミさん、ご家族の方は家にいるんですのよね?」


「うん、いるよ?」


「じゃあ、なぜこんなに静かで、お出迎えに来ないのかしら……?」


 三己が「ただいま」と言って入ったにも関わらず、誰かが出てくる様子も無ければ、何の返事も無い。家の中はシンと静まり返り、人の気配はまるで無かった。


「あ~……みんな部屋から出てこないからなぁ……」


「もしかしてご病気とか? 出直した方がよろしいのかしら?」


「ううん、そういう事じゃないよ。今紹介するね」


 そう言って三己は一番近くの戸を開けた。


「お母さんはね、いつも台所にいるの。ここだよ」


 三己が手を広げて、中を見るように促す。


「お、お邪魔しますわ……」


 綾羽は躊躇いながらも、ゆっくりと玄関から廊下へあがる。そして三己の隣に立ち、台所を覗いた。


「っ!?」


 綾羽は小さく体を震わせると固まってしまった。言葉も出せず、ただただその場ですくみあがる。

 なぜならば、台所には真っ黒に焦げた人の焼死体が転がっていたのだから……

 その死体を中心に、床にはススがこびり付き、近くに設置されているキッチンテーブルも半分が焦げている。まるで人体発火現象のように、この人物から火が燃え上がったかのようであった。


「お母さんはね、私がテストで悪い点を取ったりするとすぐに怒るの」


 恐怖とショックで固まっている綾羽を見かねて、三己がそう言った。

 そんな三己の声でようやく我に返る綾羽だったが、ようやくこの家の臭気の原因を理解した。遺体放置による、死臭であると……


「自分はお料理するとすぐに焦がしちゃって失敗するくせに、私が何か失敗するとすぐに怒鳴るんだよ?」


 まるで家庭の愚痴をこぼす子供のような口調で淡々と語る三己を、綾羽は初めて怖いと思っていた。


「だからね、いっつも焦がしちゃうお魚さんの気持ちがわかるように、私がお母さんに火をつけてあげたの!」


 綾羽の心臓が止まりそうになる。恐怖で三己の顔が見れなかった。


「次はこっちだよ。お父さんはね、いつも居間でテレビを見ているの」


 三己がトテトテと走り、もう一つ奥の戸を開ける。

 綾羽はそんな彼女を視線で追った。そして、ようやくそのの表情を見る。

 三己は道中と同じ、満面の笑みであった。初めて友達を家に上げた時の、ワクワクするような表情で綾羽を見ている。そんな彼女の笑顔に吸い込まれるように、綾羽はゆっくりと歩き出し、居間を覗き込んだ。


「うっ!!」


 ポケットに入れてあったハンカチを取り出し、口を覆う。

 その畳が敷かれている居間は血の海となっていた。

 大量の血が畳を黒く染め、その中心では、やけにガリガリに痩せている遺体が横たわっている。

 カーテンの隙間から差し込む僅かな光に照らされている部分を見ると、まるで人体模型のように血管や筋肉の筋が浮いて見えた。


「お父さんはね、夜になるといつも私に服を脱げって命令するの。私が嫌だって言うとね、頭を殴られるんだ」


 ちょっと困るよね、と言った具合の三己の言葉が綾羽には遠のいで聞こえていた。意識が朦朧として来たのかもしれない。

 もはや何もかもが理解の範疇はんちゅうを超えていたからだ。


「だからね、私がお父さんの皮を剥いでやったの。これで裸になる恥ずかしさが分かるでしょ?」


 綾羽は視線を移す。

 皮を剥がされてガリガリに細くなった死体の隣には、その剥いだ皮が無造作に放り投げられていた。さらには掴み取った時に引き千切った肉片だろうか。周りにはいくつかの肉の塊が散らかっている。

 綾羽はハンカチで口を押えながら、ゴクリと生唾を飲み込む。次第に吐き気が込み上げていた。


「あとは……そうそう、弟もいるんだった。真也しんやっていうんだけどね、自分の部屋から出てこないんだ」


 そう言って三己は、一番奥の扉を開ける。


「ちょ、ちょっと待って! もう結構……ひっ!?」


 呼び止めようとした綾羽の目に映るのは、頭から心臓の辺りまで真っ二つに裂けた子供の死体であった。


「真也はね、戦いごっこが好きですぐ私をオモチャの剣で叩いてくるんだ。だからね、叩かれる痛みがわかるように、私も本物の刀を持ってきて、思い切り斬り付けてやったの!」


 上半身が左右に裂けている遺体の頭からは脳みそが散乱し、はえたかうじが沸いていた。


「あ~……また虫が出てきたなぁ。あとで駆除しとかないと……」


 限界であった。

 綾羽は逃げるように走り出した。靴も履かずに玄関から飛び出すと、外の芝生に両手と両膝を付いて、大きく深呼吸をする。

 外の空気はおいしくて、段々と吐き気が治まっていくのを感じていた。

 なんだかんだで、この世界で生き残っている者は死体を見慣れていたりするのだ……


「綾羽ちゃん大丈夫!?」


 三己が慌てて駆け寄り、背中をさすってくれていた。

 ――あんな家で暮らすなんて狂っている。

 綾羽はそう感じたが、一つだけおかしな事に気が付いた。

 今、綾羽が四つん這いになっている所は玄関から飛び出してすぐの芝生だ。しかし、すでにこの場所にはあの強烈な腐臭が臭ってこないのだ。

 ——いくら戸を閉め切っているとはいえ、臭いがまったく漏れてこない……?

 この状況と、三己の異常な行動を綾羽は分析する。そして、ある一つの結論に辿り着いた。


「そういう事……ミミさん、あなた魔法少女だったんですのね」


 目を見てはっきりとそう言うと、三己は驚いた表情で口をパクパクとさせた。


「大丈夫、私も魔法少女ですのよ。だからわかるんですわ。これがあなたの『魔力の供給源』なんですのね?」


 そう言われると、三己は綾羽から視線を逸らしながら、小さく頷いた。


「ミミさん、飲み物を買いに行きませんこと? 私、喉が渇いてしまいましたわ。歩きながら話しましょう」


 そうして二人は、また外を歩き出す。そうして事情を話し合った。

 ——魔力の供給源。それは魔法少女にとっては切っても切れない問題である。世界を救うために魔物と戦う魔法少女システム。しかし、インストールすれば誰もが魔法を使えるようになるわけではない。まずは魔法を使うために魔力を集める必要があった。その魔力を集める方法と言うのが、『純真無垢な少女がけがれる事』である。

 清らかな少女が心に闇を抱える事で、そこに『魔』力が生まれるのだ。

 清純からの不純。

 純白からの漆黒。

 その差が大きければ大きいほど生まれる魔力も大きいと言う。

 故に、魔法少女は十代で魔力が枯渇する。完全に穢れ切った少女からは魔力が生まれないからだ……


「そう、あなたがランキング二位の、『狂気』の魔法少女だったんですのね……どうりで僅か一ヶ月でここまで上がってくるはずですわ。あんな家で生活していたら嫌でも心が穢れますもの……」


 公園のベンチに二人並んで座る事にした。綾羽は買ってきた缶ジュースを飲み、喉を潤す。

 どうやら三己の家には結界が張ってあり、臭いが外に漏れる事はないようであった。仮に漏れたとして、三己の家から死体が発見されても三己が警察に捕まる事はほぼない。それは新しく決まった法律により、魔法少女はよほどの事が無い限り罪には問われないからだ。

 そもそも、人間社会が崩壊しつつある今の現状では、警察という機関がまだうまく機能していない。せいぜい学校の先生と一緒で、ボランティア感覚の男性から注意される程度である。

 それだけ今の世の中には、魔物と戦える魔法少女の存在は必要だという事であった。


「私だって悪い事したなって思ってるんだよ? だから片づけないで死体をそのままにしているの。そうして見た目や臭いを感じる事で、自分がやった罪を忘れないようにしてるんだ」


「そう……それじゃあ私にあの惨状を見せてくれたのはなんでですの?」


「え? だって綾羽ちゃんは私の友達になってくれたんでしょ? 友達ってそういう隠し事をしない関係じゃないの?」


 小首を傾げる三己を見て、やはりこの子は少しズレていると感じる綾羽であった。


「そういう綾羽ちゃんはランキング一位の、『背徳』の魔法少女だったんだねっ!」


 三己は目を輝かせる。

 彼女にとってはランキング一位という存在は至高にして究極の存在だったのだ。

 そんな三己に尊敬の眼差しを向けられ、綾羽が照れながら髪を弄る。そんな時だった。二人の携帯からけたたましい警告音が鳴り響く。


「魔物だ! この近くで二ヵ所同時に出現してる!」


「なら、ミミさんは北を。私は南を退治しますわ!」


 そう言って綾羽は立ち上がる。しかし……


「くっ! もう魔力が尽きて魔法どころか変身すら出来ませんわ……」


 そう言って悔しそうに唇を噛みしめた。


「そ、そんな! 綾羽ちゃんはいつもどうやって『魔』力を集めているの!?」


「それは……」


 三己の問いに、一瞬綾羽が口ごもる。そんな時だった。


「綾羽!!」


 一人の少女が綾羽の元へ駆け寄ってきた。


「花子!?」


「綾羽、今ね、この近くで魔物が出たんだって! 危ないから早く逃げた方がいいわよ!」


 そう言って綾羽の手を引いて逃げようとする。どうやら彼女は綾羽の友達のようであった。


「ああ花子、丁度良い所に来てくれましたわ!」


 そう言って、綾羽は逆に花子を引っ張り自分の近くに引き寄せた。


「ちょうどいいってどういう――」


 ――ドスン!!


 鈍い音が聞こえた。

 そして、花子に密着していた綾羽が離れると――


 ――ブシュウウウウゥゥゥ……


 花子の心臓から勢いよく血が噴き出した。

 綾羽の右手には、真っ赤に染まったナイフが握られている。

 そのまま花子は仰向けに倒れ込んだ。心臓を一突き。即死であった……

 その光景を、三己は唖然として見つめていた。


「あ、あぁ……うわああああああ、花子ぉぉぉ!?」


 突然綾羽が泣き出して、花子を抱きかかえる。


「嫌あぁ!! 花子しっかりしてぇ!! 死なないでぇ!!」


 返り血もかえりみず、綾羽は花子を抱きしめて号泣する。

 三己は何が起きているのかもわからずに、依然としてその様子を見つめる事しか出来なかった。


「絶対に死なせない! 生き返ってぇーー!!」


 綾羽が大きくそう叫ぶと、まばゆい光が花子を包み込む。すると、まるでビデオを巻き戻すかのように噴き出した血が全て花子の心臓へと戻っていった。そして傷も残さずに綺麗に修復したかと思えば、なんと花子が目を覚ました。


「ああ、花子大丈夫? 怪我はない?」


 そう訊ねる綾羽だが、花子の表情はみるみるうちに青ざめていった。


「い……いやあああああ!? アンタ今、私を刺して……きゃああああ殺されるぅ~~!!」


「あ! 待って花子! 花子ぉ~~!!」


 抱きかかえる綾羽は跳ね除けて、花子は一目散に逃げていく。

 それを見て三己はようやく理解した。これが綾羽の『魔』力の作成方法なのだと……


「綾羽ちゃん……魔物が現れる度にこんな事をしているの……?」


 低い声で三己がそう聞いた。


「えぇ。親友を殺す。私が色々と試してきた中ではこれが一番魔力の供給が効率的なんですわ。と言っても、やっぱりそのままという訳にはいかないので、生まれた膨大な魔力を使って生き返し、余った魔力で敵を倒すっていうのが私のパターンかしら? でも、今みたいに生き返してから逃げられると心が痛んでさらに魔力が増加しますのよ」


 そう言って三己の方に向き直った時だった。

 ——パァン!!

 綾羽は思い切り頬にビンタを当てられ、よろめいていた。


「こんなの酷いよ! 魔法少女の魔法はみんなを助けるための力なんだよ! それを得るために友達を殺すなんて、そんなの絶対に間違ってる!! こんなのは魔法少女のやる事じゃない! ただの人殺しだよ!!」


 三己が大声でそう叫ぶ。

 物凄く必死であった。


「いやいやいや、家族全員を皆殺しにしたあなたがそれを言いますの!? 完全にブーメランとして自分自身に戻ってきている事にお気づき!?」


「私はいいんだよ! だって虐待されてたんだもん! 正当防衛だからセーフなの!!」


「アウトですけど!? 完全にアウトですわよ!! それだったらちゃんと生き返している私の方が断然セーフですわ!!」


「い~や、綾羽ちゃんはアウトだよ! そもそも私に近付いて友達になったのも、この魔力供給のためのストックだったんじゃないの!?」


「……」


 スッと綾羽は視線を逸らした。


「あ、目を逸らした! も~、私の事も殺すつもりだったんでしょ~」


 プンプンと怒る三己。だが――


「――そんな事は言われなくてもわかっていますわ!!」


 綾羽が突然大声をあげる。

 その瞳には涙が浮かんでいた。


「私だって親友を殺すなんて嫌ですわよ! けどこうしないとみんなを守れない!! 綺麗ごとばかりじゃこの残酷な世界では生き残れないなんて、ミミさんだってわかるでしょ!?」


 三己ははっとした。そう、一番辛く、傷付いているのは綾羽自身なのだ。

 泣き崩れる綾羽を見て、三己はいかに自分がひどい事を言ってしまったのかを知った。

 だから、そっと綾羽の肩に手を置いた。


「ごめんね綾羽ちゃん。私、酷い事を言っちゃったよね。だからね、もう決めたよ。私はどんなことがあっても、ずっとずっと綾羽ちゃんの友達だよ!」


 そんな三己の言葉に、綾羽は思わず顔を上げる。その表情は驚きのあまり目をまん丸にしていた。


「ほ、本当ですの……?」


「うん! 本当だよ! 約束する!!」


「う、嬉しい……私、そういう事を言ってくれる友達が欲しかったんですの!」


 そう言って、綾羽はヒシッと三己に抱きついた。


「ふふ。これからよろしくね。けど、私の事は刺しちゃダメだからね!」


「当然です。今はまだ刺せませんわ」


 二人の間に真の友情が芽生えた瞬間であった。

 この残酷な世界で生き抜くために、心に闇を抱える魔法少女同士の美しい友情である。


「……今はじゃないよ? これからずっと刺しちゃダメだからね?」


「……友達って、絆が深まれば深まるほど刺した時に得られる『魔』力が膨大なんですのよね♪」


 そう言って、微笑みを浮かべる綾羽。


「綾羽ちゃん。もし私を刺したりしたら、私の家の一員にしちゃうからね♪」


 そう言って、満面の笑みを浮かべる三己。

 殺して、死臭漂うあの家に放置すると言う意味である……


「もう、ミミさんったら~。うふふ♪」


「あは、あはははは♪」


 美しい友情の賜物である。

 と、その時だった。

 ——ズドーーン!

 遠くから爆発音が聞こえてきた。


「悠長に話しているヒマは無さそうですわね!」


「うん。とりあえず、今暴れている魔物を全部殺しちゃおうよ!」


 二人はコクンと頷き、スマホの画面をタップする。

 すると二人の衣服が輝き、魔法少女のコスチュームへと瞬時に変わった。

 こうして、『狂気』と『背徳』の魔法少女は、この日からよく絡むようになったという。

 頑張れ、狂気の魔法少女!

 負けるな、背徳の魔法少女!

 これは人間社会を壊滅させ、人類を滅亡の危機へと追いやった、凶悪な魔物という存在が出現した近未来の物語である!

 ——ピロピロリン! ピロピロリン!


 new 重大なお知らせ。

 日々日本を守ってくれている魔法少女の皆様、いつもありがとうございます。

 この度、魔法少女システムにおきまして、重大な変更点が決まりましたのでお伝えします。

 次回のランキング以降、一体も魔物を討伐していない魔法少女は今後も活動意欲が無いものと見なし、強制削除を行います。

 この決定に対しまして、意見や質問等には一切お答え出来ませんので、あらかじめご了承下さい。


 ——完

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