14話 戦い続けました(7)
「ハッ!!」
まずは左から右へ薙ぐようにして剣を振る。
それは先程までと同じようにキィン、と金属に当たったような音をさせて弾かれた。
ストエキオッドは涼しい顔をしたままだが、アムルは構わず足を横へ滑らせ、今度は下から上へと斬りつける。
常人ならば腕を切り落とされてもおかしくないはずの攻撃は、表面を撫でた程度だった。
だが、アムルは気にせず大袈裟なほどの動きでまた剣を振るう。
第三者がいたとすれば、自棄になったアムルが無意味な攻撃を繰り返し、ストエキオッドは反撃もせずただ受け流しているようにも見えただろう。
だが、剣舞により魔法を行使するアムルにとっては剣を振るう事自体に意味がある。
敵に斬りかかるという動作を織り交ぜているため無駄は多いが、その一振り一振りが少しずつ魔法を構築していく。
これまでも、アムルは剣を打ち合わせながらストエキオッドの魔法を分析していた。
ただ目で見るよりも、剣で直接触れた方がその性質はよく分かる。
そして、触れた魔法を解析したアムルは、それが予想以上に厄介な物だと理解した。
(ここまで複雑な構造になっているとはな)
一見すると強靱な防御魔法をひとつだけ張っているようにも見える。
しかし詳しく調べてみれば、それは何枚も張り巡らされていて、互いに修復する効果もあった。
中でも外側の三枚が堅牢で、仮に一枚目を破壊した所で二枚目に阻まれ、そしてすぐに一枚目を元通りにしてしまうだろう。
二枚目までを壊しても同様だ。
(三枚だけは同時に壊さないとダメだな)
その先は補助の意味合いが強いようで、大した強度はない。
三枚だけどうにかすれば、あとは力任せで破壊する事は可能だ。
(このレベルの魔法なら、一度破壊出来ればそう簡単に再構築は出来ない……と思いたいが)
一般的な魔法使いならば、使う事も出来ない高度な魔法だ。
反撃もせずただ受け流しているのは魔法を維持するため、と解釈するのが普通だろう。
しかし、この男の実力を考えればそれも疑問だ。
(といっても、これをどうにかしない事には攻撃しようにもならないな)
そんな事を考えながら、アムルはさらに剣を振るった。
剣を振り上げ足を踏み出し、さらに魔法を構築していく。
(まずは一撃。……それからだ!)
準備を終えたアムルは大きく振りかぶると、魔法を発動させながらストエキオッドへと斬りかかる。
「おや」
アムルの目的に気がついたのか、ストエキオッドが少しだけ表情を変えた。
だがその瞬間には、アムルの攻撃はストエキオッドの魔法を破っていた。
まず一枚目を逆から解すように崩していき、二枚目は強度自体を弱めて力尽くでヒビを入れる。
そして、三枚目を内側から壊すようにして、あとは強化した剣に体重を乗せるようにして振り下ろす。
魔法が使えない者から見ればただ剣を上から下に斬っただけのようにも見えただろう。
だが、その一瞬でアムルはストエキオッドの防御魔法を全て破壊し、そして一太刀入れた。
ストエキオッドは元々鎧などの装備を着けていない。
魔法で護られていない生身の身体は、アムルの剣に両断される――はずだった。
「……っ!!」
「おやおやおや、素晴らしい攻撃ですね」
表情が驚きに歪んだのはアムルの方だった。
瞬時に後ろへと飛び退き、距離をとる。
(何だ、あれは……?)
アムルの剣は確かにストエキオッドに届いた。
ようやく服を切る事に成功し、皮膚を斬りつける。
だが、皮膚だけだった。
その下の骨も肉も斬る事には成功せず、血も流れ出ない。
それどころか、皮膚の下には黒く光る何かが見えた。
(人間じゃないな)
アムルの見た限り、身を護る魔法はもう残っていない。
黒い塊のようなソレは魔法で作られた物ではないだろう。
黒く硬い肉体を持つ"何か"が人間の皮を被っている。
(こんな奴は、さすがに初めて見るな)
平静を取り戻そうとアムルは顔をいつも通りの表情を作るが、心臓はうるさく騒いだままだ。
黒猪など普通の生き物ではないモンスターは存在するが、ここまで精巧に人に擬態する生き物は少なくともこの大陸にはいないはずだった。
未知の生物にアムルが戸惑うのとは対照的に、ストエキオッドは少し意外そうな顔をしてから、また笑みを浮かべた。
「あの魔法をここまでスマートに破壊出来る人間がいるとは思いませんでした。少しアナタを侮っていましたよ」
どこか嬉しそうに言ってから、ストエキオッドは芝居がかった動作でさらに宣言をする。
「ですが、時間切れです。そろそろ、アナタは戻らないといけないのでは?」
ストエキオッドの言葉の意味が、アムルには一瞬理解が出来なかった。
だが次の瞬間、先程以上に表情が変わった。
「分かっていただけたようですね。では、ワタクシもこれにて失礼させていただきます」
そう言うと、ストエキオッドは優雅に礼をして見せた。
そして、ふっ……と姿が消える。
先程まで陣営の中にあったはずの気配と同じように。
「……やられたか!」
敵陣には一人分の気配が残っている、とアムルは今まで考えていた。
そちらへの注意も怠ったつもりはない。
だがそれは、煙のように消え失せてしまった。
アムルにとって他者の気配を探るという事は、そこにある魔力を察するという事だ。
おそらく、"一人残っている"と誤認させるため魔力だけを人の形にしてそこへ残しておいたのだろう。
普通の人間ならばそんな事は容易く出来ないはずだが、あのヒトではない何かには可能だったようだ。
しかし問題は、ストエキオッドがそんな事をしてのけた事よりも、そこにいた"誰か"がどこへ行ったかだ。
急いで周囲の魔力を探索してみるが、近くにはいない。
さらに範囲を拡げ戦場全体を探る。
人柱であるマモルの魔力が満ちていて、敵の人柱の魔力がさほど感じられない戦場は、探る事自体は難しくはなかった。
その中でも、特に砦付近を調べる。
「……ここだ!!」
ストエキオッドは見当たらないが、砦に味方ではない誰かが近づいている事だけは察した。
砦にはあらかじめ出口として"目印"をつけてある。
すぐにそれを頼りに空間魔法で移動しようとするが……何も起きなかった。
(魔法を妨害する結界でも張ったのか!)
試しにギルグへ呼びかけようとするが、通信魔法も使えなかった。
次第に焦りだすが、息を大きく吸って考えを巡らせる。
(落ち着け。おそらくこれは"魔法を発動させない結界"じゃない)
アムルの身体を強化するための魔法は、今も効果を発しているし弱まってもいない。
おそらく、"魔法の力を弱める結界"ではなく"遠くへ魔法を繋げない障壁"といった所だろう。
「それなら……これはどうだ!」
試しに剣の先に火球を作り、空へと打ち上げる。
高くまで上がったそれは、ふっと途中で消えた。
遠くへ繋げるための魔法ではなく、物理的に作り出した火には妨害する効果が弱いようだ。
(これで、ギルグも気がついたはずだ)
さすがに障壁を越えたあたりでは、放った火は急激に魔力が弱くなり、想定よりも早く消えた。
だが、高さ自体は十分にあった。
これならば、向こうの戦場にまで見えただろう。
警告をする、という目的を果たしたアムルは、次の行動に移る。
(無事でいてくれよ、マモル……!!)
アムルは砦を目指し、すぐに駆け出した。




