14話 戦い続けました(6)
突如現れた火球を戦士達は見上げた。
火球は空高く上ったかと思うと、ふっと消える。
明らかに自然現象ではないそれは魔法で作られた物だろう。
それが、ノイリア側の陣営から上がった。
攻撃の意思は感じられずただ空に上り消えた事を考えれば、何かの合図だと考えるのが妥当だろう。
だが、当のノイリアの兵達があれは何かと戸惑った様子を見せている。
(ノイリア陣営近くにいるノイリアの兵ではない魔法使いが行使した、と考えるのが妥当でしょう)
それが『誰か』心当たりはギルグにはあった。
だがそれが『何故か』には見当がつかない。
あの男ならば、この程度の距離があろうと戦闘中だろうと、魔法で直接呼びかける事が出来る。
わざわざ火球を空に上げる、などという方法を使わないはずだ。
(……しかしそれが出来ない状況にあり、尚且つ速やかに伝えたい『何か』がある、と)
何かがおかしい、という漠然とした違和感のようなものは、すぐに確信へと変わった。
「急ぎ、砦を守ってください!」
叫んでからギルグも移動しようとするが、目の前には敵将の男――カルが立ち塞がっていた。
(これが目的ですか)
だが、アムルが通信魔法を使えない状況にあり、それでも何かを伝えようとしている事や、砦への道をカルが妨害している事。
それらを鑑見れば何か重大な出来事が起きているのは明らかだ。
それは砦に――人柱であるマモルに関係ある事も間違いないだろう。
だが、ギルグも何も考えずに前に出た訳ではない。
敵が砦まで到達しないよう警戒もしていたつもりだが、敵は予想以上に手練れだったようだ。
まともに敵の相手はせず隙を見て間をすり抜けようと考えるが、カルの肩越しにまた別の敵が現れるのが見えた。
「何だ、あれは……!」
敵か味方かも分からない誰かの呟きが聞こえ、突如現れた黒い塊に視線が集まる。
それは地面からのそりと起き上がり、不定形ながらも人のような形をとった。
人間と呼ぶにはデコボコしているそれが、行く手を阻むように次から次へと起き上がってくる。
明らかに生き物ではないそれに怯む者も多かったが、気にした様子もなく斬りかかった男もいた。
「うおりゃぁああああああ!!」
「それっ!!」
大剣を持った傭兵のオスカーが剣を振り回し、小柄な少女であるオレイアがそれに続く。
「皆さんっこの人形見かけ倒しですよ! あたしでも簡単に倒せます!!」
オレイアが言った通り、体重の軽い少女に蹴散らされた黒い人形はその場に崩れ落ちる。
オスカーがなぎ払った分も、簡単に斬り伏せられた。
一体一体は大して強くはない。
そうと知り安堵した兵もいたが、倒した分よりも多くの黒いそれは起き上がってくる。
「……ぅふふ、質ではなく量で邪魔をしようという事ですか」
この程度の強さならば倒す事自体は容易だが、物理的に邪魔をされている以上、砦まで進める訳でもない。
どう対処したものか……と考える暇もなく、今度はカルがまた剣を振り回しギルグへと向かってくる。
(これは……少し、マズイ状況かもしれませんね)
ギルグはやはり口角を上げたが、それは苦笑のようにも見えた。
***
時は少し前に戻る。
黒い服の魔法使い――ストエキオッドに見つかったアムルは、何度か斬りかかっては引く事を繰り返していた。
ストエキオッドはアムルの攻撃を避ける訳でも武器で受け止める訳でもなかった。
鎧などは装備していないが、防御の魔法を身体に張り巡らせ傷ひとつついていない。
ただそこに佇み、どこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
(予想通りと言えばいいのか……予想以上に厄介だな)
何度も斬りかかったのは様子見の意味合いが強く、この攻撃で倒そうとしていた訳ではない。
しかし、何度も打ち合えば打ち合うほど、その防御壁が強靭である事が伝わってくる。
防御の魔法に強い攻撃をぶつけて物理的に破壊する事は一般的には可能だ。
だが、アムルは攻撃の魔法は得意ではないし、ストエキオッドの防御壁は通常の物よりも厚く堅い。
これがギルグだったとしても破壊する事は容易ではないだろう。
(……必ずしも倒す必要はないが)
アムルの主な目的は、この優秀すぎる魔法使いに戦場に介入させない事だ。
ここで足止めをして、戦況を変えるような大きな魔法を使わせなければ十分だ。
その間に、ギルグ達が敵兵を倒し勝利を掴みとってくれれば何も問題はない。
気にかかる事が他にあるとすれば、ノイリアの陣営に残っているもう一人の人物だ。
他の兵達は戦場へ向かって行ったが、陣幕の中にはまだ誰か残っている気配がある。
その気配はアムルが戦いを始めても動く様子はなかった。
もしもその人物も優秀な戦士で邪魔をされたら……と最初は警戒もしていたが、どうやら戦いに参加するつもりはなさそうだ。
(非戦闘員で、陣に残っている人物……)
それがノイリアにとって、重要な人間である事はほぼ間違いないだろう。
もしかすると、目の前のストエキオッドよりもその後ろの人物の方が重要かもしれない。
アムルはストエキオッドに剣を向けながら、逃げられないようもう一人の人間についても警戒を続けた。
(……それはそれとして、このままこの男にしてやられてばかりなのも癪だな)
ただ時間稼ぎが出来ればいい――などと消極的な考えではなく、目の前を男を倒しもう一人の人物も追い詰める事が出来れば、それが最善だ。
単純な戦闘ならば勝ち目は薄いが、こと魔法についてはアムルはそう簡単に負けるつもりはなかった。
(そろそろ、本格的に動くか)
アムルは、男に向けた剣を構え直した。




