14話 戦い続けました(5)
腹が立つ腹が立つ腹が立つ。
自分勝手な王にも目の前の小賢しい敵にも、何も出来ない自身にも腹が立つ。
「がああぁあああああ!!」
その怒りにまかせて、カルは剣で薙いだ。
しかし、その攻撃はかすりもせず、ぶおんと空を切っただけだった。
その様子にもやはり腹が立つ。
魔法を行使する際は冷静に対処する事が良しと一般的には言われているが、真逆の性質である「感情を攻撃に変換する」というこの魔法はカルにとって相性が良かった。
世の中の全てに、その中でも特に自分自身に怒りが湧き、攻撃力もどんどん上がっていく。
怒りなどの強い感情も多くの人間は長く続かない。
だがカルの湧き上がる感情は尽きる事がなかった。
軍に所属したのだって、今の王に仕えたかったからではない。
カルが忠誠を誓った相手はあくまで先王であり、国民を助けるために軍属になったのだ。
それが何故、短気な王の顔色を窺い他人を殺さなければいけないのか。
そもそもあの王が戦争を始めなければ、国民の安全は脅かされずに済んだのだ。
そう考えるのと同時に、自身の不甲斐なさに怒りが湧く。
不満を抱えながら、反抗する事もなく従順に従っているのは自分自身だ。
クーデターを企てれば賛同する仲間もいるだろう。
だが、失敗した場合、自分や家族にも危害が加えられる。
仮に自分以外の誰かがクーデターを起こそうと呼びかけたとしても、きっとカルは手を取らないだろう。
王の側にも反乱側にも回ることなく、その時の情勢に合わせて行動を変える。
己はそんな自分勝手な人間だ。
「ぬをおぉおおおおぉお!!」
そんな自分への怒りを叩きつけるように、目の前の敵に何度でも剣を振るう。
自分自身への怒りをぶつけるだけならただの八つ当たりとも言えるが、この男には既に仲間を何人も殺されている。
こいつは殺したとしても誰にも文句を言われる筋合いはないと、全力で斬りかかった。
しかし、その攻撃も流麗な動きで回避されてしまい、さらに怒りが増す。
「ぐぅううぁああああああああ!!!」
ぶんぶんと剣を振り回せば、敵はさらに数歩下がった。
こんな細っこい男は一撃だろうと攻撃が当たれば死ぬはずだ。
そう確信して、カルは二歩三歩と前に出る。
「ぬをぉおぉおお!!」
剣術も何もあった物ではない。
ただがむしゃらに剣を振り回し敵を追いかける。
こんな単純な攻撃でも当たればいいのだから問題はない。
そう考え、闇雲に剣を振るっていると、ふと敵に隙が生まれた。
脚がもつれたのか体勢が崩れている。
カルはニヤリと笑い上から下へと、叩きつけるように剣を振り下ろす。
そして敵は真っ二つになる……と確信したが、そうはならなかった。
「んぐっ!?」
視界から美しい顔が消え、一瞬カルは敵を見失った。
その直後、忌々しい声が聞こえてくる。
「ぅふふ、ようやく一太刀入れられましたね」
遅れて、胸のあたりから血が溢れ出すのを感じた。
魔法で自身を強化させ興奮状態にあるカルは、痛みを特に感じていない。
だが、敵の一撃を食らったのだ、と悟った瞬間、腹の底からさらに怒りと恐怖のような物が湧いてきた。
「うあぁあああああっ!!」
「ぅふふふ、どうやら怒り心頭のようですね」
攻撃を受けた、という事以外には何が起きたのかカルには理解出来なかった。
ギルグはわざわざ相手に説明する事もなかったが、端的に表現すれば『攻撃をかいくぐり隙を見て攻撃した』だけだ。
カルの攻撃を避ける際、今までは後ろへ後ろへと下がっていった。
だが、脚がもつれたフリをし大振りな攻撃を誘導したあの時だけは、姿勢を低くしたまま前へと出た。
既にカルの攻撃は何度も見たため、攻撃の届く範囲や癖などはもう分かっている。
どの辺りが死角になるかも容易に見当がついていた。
接近することに成功した後は、少し前の一撃で作った鎧の穴を狙い剣を突き出す。
文字通り針に糸を通すような正確さでカルを貫き、今度こそ傷を負わせることに成功した。
怪我自体は今すぐ死に至るような物ではない。
剣に塗った毒も、他の敵を倒せた時に剥げてしまいほとんど残ってはいないだろう。
だが、この戦場では応急手当をする事も難しい。
今すぐきちんとした処置をすれば助かるかもしれないが、ギルグはそれをさせるつもりはなかった。
後はたっぷりと時間を掛けて相手をして、血を流させればいい。
当然、相手が倒れるまでただ逃げ隠れするつもりもない。
少しずつ追撃を与え、体力をさらに奪っていけば、遅かれ早かれ敵は倒れるだろう。
いたぶるようなやり方に反発する者もいるだろうが、ここは戦場だ。
仲間を殺された事にカルが怒りを抱いたのと同じように、故郷を荒らされた事にギルグも怒りを抱いている。
カルも将として戦いに赴いた以上、殺しても文句を言われる筋合いはない、と少なくともギルグは考えていた。
一撃で倒せるような相手ならば無駄に永らえさせずひと思いに殺す所だが、それが出来ない以上こうして少しずつ死に向かわせるしかない。
「さて、あとどれほど耐えますかね」
ギルグはカルを挑発するように、あえて笑みを深める。
こうすれば、また直情的に単調な攻撃を繰り返すだろう。
そう考えて、ギルグはぅふふふ、と声に出して笑った。
しかし、予想に反してカルは少しの間動きを止めた。
先程まで上げていた咆哮も鳴りを潜め、その場に立ち尽くす。
何か様子がおかしい、とギルグが疑問を抱いた頃、カルはまた雄叫びを上げた。
「があああああああ!!」
獣のように叫び、真っ直ぐにギルグの方へと突進していく。
剣を振り回しながら駆け出すカルは、先程よりもさらに脚力が上がっていた。
このまま後ろに引いた所で、すぐに捕まるだろう。
そうと悟ったギルグは、さっと横に避けた。
勢い余ったカルは止まる事も出来ず――止まろうともせず、突進する。
ギルグではなく、後方にいたエアツェーリングの兵や傭兵を狙ったのかもしれない。
そう考えたギルグはカルを追いかけるが、その直後ようやく動きを止めたカルが振り返った。
立ち塞がるようにしてカルが剣を構え直し、ギルグを迎え撃とうとする。
だが、ギルグも瞬時に反応し、無防備に突っ込む事はしなかった。
これまで、逆上したカルはただ闇雲に剣を振るう単調な攻撃しかして来なかった。
対応する事は容易だったが、今までとは違う行動にギルグは眉を顰める。
ちょっとした違いではあるが、何か変化が起きているような気がして、ギルグは一層警戒を強めた。
そしてまたカルと戦いを再開しようとして――魔法による火が空に上がった。




