14話 戦い続けました(4)
カルは小心者である自覚はあった。
こんな大役など任されたくはなかったし、将として指示を出すより一兵士として働いた方が向いていると。
たが、この戦いの将として選ばれたのは単に消去法ではない。
とある魔法さえ使えば、単体での攻撃力はノイリア王国の誰よりも強かった。
「ぐ、う、をおぉおおおおおぉおお!!」
カルは手にしていた魔石を握り込む。
この魔石は魔法の効果を増大させるための物だ。
カルが使用した魔法――怒りなどの感情を力へと変換させる効果をさらに引き上げる。
ノイリアの兵達は、カルの様子を見て距離をとり始めた。
「おおおおおぉおおお!!」
カルは叫ぶのと同時に剣を振りまわす。
「……っ」
「おっと、あぶね!!」
「きゃあ!」
その剣は重さも速度も今までとは桁違いだった。
今までは軽く避けていたギルグの顔が驚きに変わる。
回避する事自体には成功したが、ギリギリの所を掠めた。
斬撃による風圧だけでも、ギルグとは数歩離れた場所にいたオレイアが転びそうになるほどだ。
この様子では、直撃すれば剣や鎧ごと砕き、さらに致命傷になりかねない。
(何か魔法を使ったようですね)
本業でもないギルグにはその具体的な内容までは分からなかったが、魔法が使われた事だけは明らかだ。
ギルグも少しは魔法を使うが、その利用方法は速度の向上が主だ。
それに対して、カルは腕力や脚力など、攻撃力に特化しているように見える。
「アレ多分、強い感情を攻撃力に変換してる奴ですよっ!」
オレイアがカルを指して魔法について分析する。
「おや、魔法にも長けているんですね」
関心したようにギルグが言えば、オレイア以上にオスカーが誇らしげに答えた。
「そうだろう、そうだろう! 俺っちの娘は優秀だぞ!」
「パパ、よそ見しないっ!!」
オレイアが叫んだ直後、またカルが剣を振り回す。
ぶおん、と音を立てたそれは大きく外れたが、体重の軽いオレイアでは風に耐えるだけで精一杯だ。
「オレイアさんには不利でしょう。少し離れていてください」
「そ、そうさせてもらいますっ」
ギルグの言葉に、オレイアは素直にオスカーの陰に隠れる。
元々、オレイアが得意とするのは軽い身のこなしと正確な体術だ。
体重も軽いため一撃一撃はさほど重くはない。
普段は正確な狙いで連撃を繰り返す……といった戦い方をしているのだが、相手が重厚な鎧を着ている以上、単純な打撃は通りにくい。
それでも、剣を掻い潜り上手く懐に潜り込めれば多少はダメージを与えられるかもしれない。
だが、その前に敵の攻撃を受けてしまえば一撃で致命傷になってしまう。
この戦いがオレイアにとってどうしても守りたい「何か」があるのならその一か八かの賭けもしただろう。
だが、あくまでオレイアとオスカーは傭兵として仕事に来ただけだ。
金のために命を落とすのはリスクが高すぎる。
この国に戻るまで傭兵として戦った事もあるギルグには、その事情も充分に理解出来た。
「せめて、隊長さんの邪魔をさせないように他を見張っておきますねっ!」
「俺っちはアイツとも戦ってみたいんだが……ま、仕方ねえな!」
オスカーは戦闘自体を好むため、より強い相手がいれば戦いたいと思っていた。
しかし、オレイアに睨まれてしまい、大人しく引き下がる。
オスカーも腕力などには自信があった。
カルが魔法を使用しなければ充分に戦えただろうが、今の状況を見る限り分が悪い。
「そちらはお願いいたしますね」
「はいっ!」
「頑張れよ!」
ギルグに返事をすると、二人は宣言通り他の兵へと向かっていく。
「おらおら、どけどけー!!」
「邪魔する人はぶっとばしますよっ!」
オスカーが剣を振り回し、倒し切れなかった敵をオレイアが蹴り飛ばす。
豪快に戦う二人に周囲の兵も集まってくる。
特に、カルが魔法を使った事を察して距離をとった者たちは、自分達が邪魔にならないように離れ、邪魔者を倒そうとオスカーへと向かう。
それを見たエアツェーリングの兵も傭兵だけに任せるつもりはないと、集まり始める。
全員がそちらへ向かった訳ではないが、ギルグとカルの周囲には戦いやすいようにぽっかりと人が引いた。
「ぅふふ、これで一騎打ちになりそうですね」
他にも兵はいるのだが、二人の戦いに混ざっても邪魔にしかならないと悟っているのか、遠巻きに見ているだけだ。
「うをおおおおおぉ!!」
カルは周囲の兵には目もくれず、ギルグ目がけて剣を振るう。
先程までギルグが煽っていたからか、魔法の影響か、カルの目には理性という物が見て取れなかった。
ただ雄叫びを上げギルグへと向かっていく。
その速度も力強さも並ではないが、動き自体は単調で剣筋を読むのは簡単だった。
ギルグは後ろへ飛び退き、地面に剣がめり込むのと同時に剣を突き出す。
カルの方が体格は立派だが、背の高さ自体はほとんど差が無く、手足の長さならばギルグの方が上だろ。
間合いはカルよりもギルグの方が広く、懐にまで飛び込まなくとも剣は鎧にまで届いた。
「……ふんっ!」
カルは直前で半身を捻り、直撃は避けた。
今度はカルの方が間近に飛び込んで来たギルグを目がけ剣を振り上げる。
それが振り下ろされる直前にギルグは飛び退き、また剣を突き出す。
今度の攻撃はカルも避けきる事は出来ず、ギルグの剣先がカルの鎧を捉えた。
鎧にヒビが入り小さく穴が開く。
そこに突き立てられた剣は鎧すらも貫いたが、硬い壁のような肉体に阻まれた。
敵の体に傷を付けられなかった、とギルグが悟るのとほとんど同時に、カルはにやりと笑った。
カルは今度は横薙ぎに剣を振るう。
広範囲を薙ぐように繰り出されたそれは、普通の兵士ならば避ける事も叶わず斬られていただろう。
だがギルグは剣から一度手を離すと、高い背を瞬時に伏せ敵の剣を掻い潜る。
そして自身の細剣を引き抜き、またすぐに距離をとった。
攻撃自体の威力ならば向こうが上だが、速度ではまだギルグが上回っていた。
「ぐぉおおおおお!!」
捕らえたと思った獲物が逃げ出したと気づき、カルは怒りの咆哮を上げる。
「ぅふふ、もう人の言葉は話せないのでしょうか」
揶揄うようにギルグは言ったが、余裕などある訳でもない。
ギルグの鎧は速度に特化し、元々一般的な兵と比べれば身体を守る部分が少ない。
今は全ての攻撃を避けきれているが、まともに食らえば身体が真っ二つになってしまうだろう。
冷静に剣を避けるためにも、心を落ち着ける必要がある。
ギルグはまた口角を上げ、ふっと笑って見せた。
理性を捨て、感情を爆発させ、それを力に換えるカルは、ギルグとは真逆だった。




