14話 戦い続けました(2)
「あなたの目的はワタクシですよね」
黒服の男の言葉が自分に向けられた物だと察したアムルは、即座に行動に移った。
地面を蹴り、男の首に向かって剣を振る。
キンッという甲高い音が立ち、すぐにアムルは元の場所へと引く。
アムルの足下でざざっと地面が音を立てたが、男は優雅に佇んだままだった。
(無傷か)
魔力を込めた今の一撃は、決して手加減したものではない。
並の人間――例えば、スミア村でアムルと一騎打ちをした男が相手ならば、その一太刀で倒せるほどだ。
しかし、黒服の男は傷ひとつついていない。
靡く黒い服の一部すら斬れてはいなかった。
「はじめまして、でよろしいでしょうか? ワタクシはストエキオッドと申します、どうぞお見知りおきを、アムル・リーガイズ殿」
「はじめまして……じゃないような気もするが、話すのは初めてだな」
芝居がかった仕草で自己紹介をするストエキオッドに、アムルも努めて口元に笑顔を浮かべる。
だが、その額からは一筋汗が流れた。
(あの魔法を完全に防ぎきるような奴に、普通に斬りかかっても無駄か)
あらかじめ用意しておいた特大の魔法を一瞬で消し去られた事をアムルは思い起こしていた。
アムル自身は戦闘が決して得意な訳ではない。
魔法を使わなければ、ギルグのような攻撃力がある訳でもガイスのような技術力がある訳でもない。
自身を魔法で強化することで、ようやく二人に並び立つような戦闘力を得ていた。
(だが、その魔法技術が相手の方が上だったら?)
アムルは敵を警戒したまま深く息を吸う。
安定して魔法を発動させるには、精神を落ち着かせることも大切だ。
(なんとか、工夫するしかないな)
ストエキオッドの魔力量までは見ただけでは分からないが、防御魔法の質自体は間違いなくアムルよりも格上だろう。
だが、相手の方が防御魔法の強度が高いからといって、魔法使い同士の戦いで必ずしも負けるとは限らない。
魔力量や技術力も大切だが、それ以上に臨機応変に対応することが重要だ。
魔法使いとして格上の存在と戦った経験はアムルにはほとんどないが、負けるつもりも驕るつもりもなく冷静にストエキオッドに対峙する。
「考えはまとまりましたか?」
ストエキオッドは微笑みを浮かべ、その場から動くこともなくアムルに尋ねる。
「ああ。手合わせ願おうか」
そう答えると、アムルは剣を構え直し、再びストエキオッドへと向かっていった。
***
「進め!! まずはアイツを倒すんだ!!」
「は、はい!!」
ノイリアの指揮官は、半ば自棄になりながら指示を出し戦場を進む。
だが敵も味方も入り乱れつつある戦場は思うように移動出来ず、目的の場所へ着くまでに時間が掛かってしまった。
敵将が戦う最前線に到着した頃には、味方の兵がそこで何人も倒れていた。
「……っお前か!! 我が兵を殺したのは!!」
「ぅふふ、全員が死んでいる訳ではありませんよ。もっとも、いま命がある者もどれほど持つかはわかりませんが」
周囲に倒れ伏す仲間を見て言えば、細剣を持つ男が笑いながら答えた。
長身に長髪の男は中性的な印象で、顔立ちは整っている。
しかし、血にまみれ戦場で微笑む姿は、いっそ恐ろしく見えた。
「アイツだ! アイツを殺せえっ!! 全員でかかるんだ!!」
ノイリアの将は悲鳴のように叫び、細剣の男を倒すよう指示を出す。
「おおー!!」と叫び指示された通り前に出た兵士もいたが、先ほどまでの戦いを見ていて尻込みしてしまった兵もいた。
特に、雇われただけの傭兵達は、こんな所で命を落とすつもりはないと少しずつ離れていく。
仕事はしていますよ、とアピールするように、倒すように言われたエアツェーリングの将ではなく、他の雑兵へと向かっていく傭兵もいた。
その様を見たノイリアの将は苛立ったように舌打ちをしたが、指示通りに動いた部下だけでも充分に数は足りている。
いくら細剣の男が強かろうと、多勢を相手に一人では苦戦をするはずだ。
自分達が足止めしている間に傭兵達が雑兵を減らし、そしてそのままエアツェーリングの将を倒す事に成功すればさらに敵の士気を削ることが出来る。
全てが上手く進めば、勝機はあるはずだ。
全てが上手く進めば。
(ええい、弱気になるな!!)
自身を叱咤するように、ノイリアの将は大きな声で叫ぶ。
「俺は、ノイリアのカルだ!! 俺がお前を殺す!!」
カルはそう言うと、剣を抜きそのまま斬りかかる。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私はエアツェーリングのギルグです」
ギルグは剣を身軽に躱しながら、カルの言葉に答える。
その避けた先で別の兵が剣を振り下ろすが、それもいなした。
ギルグの動きが鈍くなったようには見えないが、体力も無尽蔵ではないはずだ。
カルは怯みそうになる自身を奮い立たせ、雄叫びを上げる。
「うをぉおおおおおお!!」
それに呼応するように、ノイリアの兵達も声を上げた。
ギルグを倒そうと兵がカルの後に続き、一度は怯んだ兵までも足を踏み出し剣を振り上げる。
(さすがに数が多いですね)
ギルグは冷静に周囲を観察しながら、優美に微笑んだ。
 




