14話 戦い続けました(1)
「くそっ、何をやっているんだ!!」
ノイリアの拠点で、一人の男が焦った様子で声を荒らげた。
男はノイリア側の指揮を任された将だ。
しかし、部下から届いた報告は芳しくない。
敵であるエアツェーリングの兵とノイリアの兵では数や装備に大きく差はないはずだ。
大陸でも屈指の魔法使いや優れた戦士がいるという情報は伝わっているが、軍同士のぶつかり合いでは個々の強さだけでなく数や作戦などが重要だ。
しかも、こちらには異世界から来た人柱までいる。
ノイリアが圧倒し敵を順調に減らしている……という状況になってもいいはずなのだが、実際には逆の事が起きている。
今すぐに決着がつくほどではないが、じわじわと確実に圧されている。
これでは、ノイリアが負けるのも時間の問題だ。
(そんな事になったら、俺の命は……!!)
状況が不利だと見て、一度撤退する……などといった事は出来ない。
全ての戦力を投入したこの戦いで負けてしまったら、体勢を立て直す事も容易ではない。
だがそれ以上に、王が今ここで戦いぶりを見ているのだ。
戦場を逃げ出すという恥をさらしたら、自身を処刑するよう王は指示するだろう。
負けた場合も同様だ。
王は勝利以外を求めていない。
早めに撤退の判断を下し被害を最小限に抑えられたとしても、それは王にとって失敗と変わりが無い。
本当は男もこの大役を引き受けたくはなかった。
勝てば一生安泰と言えるほどの地位を与えられるだろうが、負ければその場で命を失う事になる。
兵として軍に入ったとはいえ、戦場で敵と戦い死ぬのではなく、作戦失敗の責任をとらされ処刑されたいとは思わない。
(せめて、あいつらがいれば……)
もしも敵将と互角に戦えるとすれば、二人のリンくらいだっただろう。
リン達は王から直接命令を下される事も多く、普段は男の元に居ることの方が少ない。
それでも、名目上は自身の隊の一人だ。
一騎打ちで敵将を倒すことが出来なくとも、ここに居れば作戦の幅も広がっただろう。
だが、彼らは王子と共に敵城に捕まっている。
頼みの綱である人柱も、隊の増強は思ったように効果が出ていない。
対抗策を出そうと必死に考えるが、都合良く妙案など出てこなかった。
方法自体はいくつかあるが、どれも最終的には負ける未来しか見えてこない。
(早く、早くなんとかしないと……!!)
焦れば焦るほど、男は冷静に考えることが出来なくなっていた。
「苦戦しておられるようですね」
「す、ストエキオッド殿……」
ノイリアの参謀役はこの状況下でも、ふふふと優雅に笑みを浮かべていた。
参謀なのだから現状を打開する策でも出して欲しいのだが、ただ笑うのみで直接指揮をとろうとしない。
「焦った様子はあまり態度に出さない方がいいでしょう。王も不安に思いますよ」
布一枚隔てただけの別室には、王が控えている。
その王に聞こえないようストエキオッドは小さな声で耳打ちした。
「う、うむ……」
その言葉に、男は姿勢を正す。
現状が不利だと知られてしまえば、寿命がまた少し短くなってしまう。
「ところで、ひとつ提案なのですが、聞き入れてくれますか?」
「も、もちろんです! なんなりとお申し付けください!!」
ストエキオッドの言葉に、男はわらにも縋る思いで答えた。
その様子に、またふふふと笑いながらストエキオッドは答える。
「なんでも、敵将はとても強く、前線で戦い続けるも疲れた様子すら見せていないとか」
「そ、そのようです」
「ならば、こちらも将が……つまり、あなたが戦う、というのはどうでしょう」
「え?」
ストエキオッドの提案に、戸惑ったように男は声を上げた。
男の反応には構わず、ストエキオッドは続ける。
「貴方やここに護衛に残っている者が戦場に出て、敵将を大勢の前で討つのです。それほどの強さを持った者が眼前で殺されれば、敵の士気も大きく削れるでしょう」
「そ、それはそうかもしれませんが……でも、王の護衛を減らす訳には……」
「問題ありません。あなた方が敵兵をここまで来ないように押さえ込めばいいだけの話ですし……仮に誰かがやってきても、ワタクシが相手をしますから」
ふふ、と事もないように言うが、それが上手くいくとは到底思えない。
この参謀役が魔法が使えるのは間違いなさそうなのだが、実際に戦っている所は誰も見た事がなかった。
その実力は不明で、一人で王の護衛を任せられるほどの人物なのかどうか判断がつかない。
しかし、前線でこちらの兵を次々と倒していく敵将をどうにかしなければならないのも、また事実だ。
(こいつの言う通り、誰も近づけさせなければ問題ない訳だしな)
最善策とはとても思えないが、全て上手くいく前提で考えれば、それほど悪い策でもないかもしれない。
ストエキオッドの案に乗るべきかどうか考えあぐねていると、布の向こうから声が聞こえた。
「よい。ここはストエキオッドに任せて、お前は行け」
「は、はい!!」
王に直々に指示され、男はようやく行動に移った。
提案したのはストエキオッドで、指示をしたのは国王自身だ。
何か問題が起きても責任はそちらで持って欲しいと願いながら、周囲にいた護衛を全員連れて男は戦場へと向かう。
「……さて、王よ。ワタクシも行動に移りますが、もしもの時のためにいくつかご提案をさせて頂きましょう」
***
ノイリア側の拠点というべき場所に、目的の魔法使いと数人の人間がいる事にアムルは気がついていた。
せめて魔法使いだけは戦闘不能にさせたい所だが、予想通り一人だけで残っている訳では無い。
身を隠しながら、どう攻め込もうか考えていると、慌ただしく数人の人物が出て行く所が見えた。
(なぜ、このタイミングで?)
アムルは気配を隠しているが、魔法の分野において「完璧」などという事はありえない。
姿を消す魔法を作っても、それを無効にする魔法を別の誰かが編み出す可能性はあるし、さらにその魔法すらも掻い潜る魔法をまた別の誰かが作ることもある。
通常の人間が相手ならばアムルの存在に気付けないだろうが、あの黒服の男や気配を探る事に長けている魔法使いでもいれば、見破られる可能性は否定出来なかった。
潜伏していることに気づかれ、こちらに向かってくるかと思ったが……むしろ、周囲に居た兵すらも引き連れて戦場へ向かっていく。
戦況が不利だと見て残った人間も前線に向かったか。
もしもそうならば願ってもない事だが、あまりにも都合が良すぎてアムルは一層警戒を強めた。
だが改めて敵の気配を探してみても、残った二人以外に敵がいるようには思えない。
(例え罠だとしても、絶好のチャンスだな)
敵の数が減ったこの好機を逃す訳にはいかない。
どこから潜入するか再度考えていると、また一人拠点から出てきた。
「これで、よろしいでしょうか? あなたの目的はワタクシですよね」
黒い服の男は、アムルに呼びかけた。




