13話 戦いがはじまりました(4)
「あ、そういえば」
「どうかいたしましたか?」
イルナ砦の中でただ待っていると、ふと思い出したことがあった。
俺の声にオルンさんが反応して、他の人からも注目が集まる。
気まずい。
「いや、本当に大した事じゃないんですけど……そういえば、普段アリアさんとやってる事、運動以外にもあったなあ、と」
「……ほう、それは一体?」
アリアさんの名前を出した途端、オルンさんがまた警戒するような顔になった。
こわい。
というか、俺この国では神様みたいなもんじゃなかったのか。
崇められるよりはいいけど、神として扱われてる気もしないぞ。
「ええと、この国の言葉の勉強です。アリアさんに発音を教えてもらったりとか、普段本読む時はこれ……翻訳石使ってるんですけど、これを近づけたり近づけなかったりで文字を読んでみたりとか」
「おや、そうなのですか」
俺が「これ」と言いながら取り出した魔石とやらを見ると、オルンさんはまた普段通りの表情に戻った。
うんうん、と納得するように数回頷いた後、少し嬉しそうに言う。
「人柱様……マモル様に我が国に興味を持って頂き、嬉しい限りです。それで、どの程度まで言語が分かるようになったのですか?」
「いやあ、本当に少しだけなので、簡単な単語が読めるとか、ゆっくり喋ってもらってようやくちょっとだけ分かったりとか、そんな感じです」
運動より勉強のがマシとは思っているが、さすがに50日ちょいじゃまともに覚えられない。
しかも、本を読むとかアリアさんから聞くのをメインにしてるから、自分で書くとか喋るのは微妙だ。
そんな話をすれば、オルンさんがひとつの提案をしてくれた。
「でしたら、ただ待つのではなくここで似たようなことをする、というのはどうでしょう。といっても本などはないので、我々とその翻訳用の魔石を使わずに会話などをする程度ですが」
おお、そりゃありがたい。
「オルンさん達がそれで問題なければ、お願いしたいです」
「問題などありません。先ほども言った通り、マモル様に我が国に興味を持って頂けることは嬉しいですから」
今前線ではどうなっているか全く知らない俺は、そんな事をオルンさん達と話していた。
***
おや、とギルグは疑問を抱いた。
魔法が放たれたはずだが、その効果が現れない。
その直後、アムルからも魔法の通信による連絡が入った。
『防がれた! いまそっちに行く!!』
本職の魔法使いではないギルグにも、これが異常事態だということはわかる。
(いえ、そもそも何故敵にはこれほどの人間がいるのでしょう)
異常事態だというなら、到着した敵の数自体が異常だ。
単純な数で言えばこちらと大きく差がある訳では無い。
元々の兵の数は両国とも変わらなかったはずだが、こちらも傭兵を雇い戦士の数を増やしている。
相手もこちらと同じように傭兵を増やしたのだろうが……その増えた傭兵の数が大きく変わらないということは不自然だと言える。
ふたつの国は同じ半島にあるが、ノイリアから見ればエアツェーリングが大陸への道を塞ぐ形だ。
そして、海を移動しようにも、この大陸の周囲は海流が特殊で大きな船を沖に出す事は不可能だった。
陸路でも海路でも、エアツェーリングを中継地点として使う以外には、大勢の人間がノイリアに入ることは難しい。
戦争が起こる前は自由に往来が出来たとはいえ、今は大きく制限がかかっていた。
ギルドに所属している傭兵は例外ではあるが、それでも数が多すぎる。
(それこそ魔法でも使わなければ、これほどの傭兵を集められないはず――)
姿を消して誰にも感づかれず移動したのか、空間魔法などで直接入国したのか。
先ほどの強大な魔法を消し去ってしまった事からも、想像以上に優秀な魔法使いがいることは間違いないようだ。
(その者をどうにかしなければ、今目の前にいる凡庸な敵をいくら減らした所で戦局をひっくり返される可能性もありそうですね。そして、それが出来そうなのは……)
目の前の敵を一人ずつ着実に削り移動しながら、ギルグは思案していた。
しばらくしないうちに、後方からさらに人の気配が増えた。
魔法部隊の者達が到着したのだ。
「お、おお……さらに力が湧いてくる……!!」
近くの傭兵の一人が呟いた声がギルグの耳にも聞こえた。
魔法で強化された経験がないか、強化された事があってもその効果が今まで以上で驚いたのだろう。
「ぅふふ、確かにここまでのものは私も初めてですよ」
この戦場に限定すれば、人柱の魔力は普段よりも豊富だ。
さらにその上にアムル達の補助魔法が加算され、身体も軽くいくらでも戦場を駆け巡ることが出来そうだ。
調子に乗りすぎて後の反動が出ないとも限らないが、今はそんなことも言っていられない。
敵国の人柱も戦場に来ているはずだが、能力を下げる敵の魔法の影響はそれほど感じられなかった。
今度は前に出来すぎないように周囲を確認しながら、一人また一人と敵を屠っていく。
その内に、あの大男の傭兵がいるのとは別の場所の敵がなぎ倒された。
「悪い、失敗した!」
「ぅふふふふ、敵がそれほどまでに厄介だということでしょう。謝る必要はありません」
敵を倒しながら現れたのはアムルだ。
ギルグほどの攻撃力があるとは言えないが、魔法で自身の剣を強化し厄介な雑兵を押し退けていく。
「ここへ来た、ということは私に意見を聞きにきたのですよね?」
アムルからギルグへは遠く離れていても魔法でメッセージを送ることが可能だ。
だが、多少は魔法が使えるとはいえ、あくまで攻撃に特化しているギルグには片手間で離れた場所にいる人間に呼びかけることが出来なかった。
「それならば、ひとつ頼まれてはくれませんか?」




