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2話 城に行きました (2)

「し、死ぬかと思った……」

「でも死んでないだろ、マモル」


 大きめな猪のそばで瀕死になっている俺に、アムルが能天気に笑う。


 そりゃ確かにお前の魔法(仮)の効果なのか、死んではいないけどさ。

 枝がぶつかろうが何しようが、何か感触はあっても、痛みとしては大したことなかったさ。

 怪我だって全くしてないさ。


 だがそれ以前に、俺はジェットコースターみたいな絶叫系アトラクションは苦手なんだ。


 大き目な猪に乗って、さらにその猪が木をなぎ倒しながら突き進むとか、刺激が強すぎるだろう。

 いくら魔法で強化しようが、遊園地のアトラクションよりもさらに心臓に悪い。

 それも車と同じくらいかそれ以上の速度でだ。


 物理ダメージより、精神ダメージの方が大きい気がする。

 本当に死ぬかと思ったんだぞ。


 ちなみに、"大きめ"と表現した猪モンスターだが、その大きさは馬より少し大きいくらいだ。

 普通猪と比べたら、"大きめ"なんて言えないかもしれない。


 でも、本来の姿は更に大きく、小屋と変わらないくらいだ。

 そっちを"巨大な"と表現するなら、今は"大きめ"くらいに表現するしかない。


 その巨体で木をも薙ぎ倒し枝が引っ掛かろうが無視して突き進んだ結果、すぐに森を突き抜けた。

 振り返れば、木と木の間が猪の幅にぽっかりと空いている。


 猪の力強さには感心すればいいのやら、呆れればいいのかよくわからない。

 当の猪は誇らしげに鼻を鳴らした。


「それより、ほら。目的地が見えてきたぞ」

「え?」


 そう言って、アムルは前方を指さした。

 その指につられ、地面に向き合っていた俺は顔を上げる。


 そこには、ゲームやマンガの中でしか見たことがないような光景が広がっていた。


「……すげ」


 いま俺たちがいる場所は、小高い丘の上だったみたいだ。


 アムルが示した先は見下ろす形になり、よく見渡せる。

 太陽もまだ高い位置にあるため、陽の光がその情景を照らし出す。


 その光景を端的に表現するなら、"自然が残る古き良き風景"といったところだろうか。

 "残る"を"共存する"にしたり、"風景"を"田舎"に変えてもいい。


 俺もどちらかというと田舎出身だが、さすがにここまでの光景は見たこともない。


 見下ろした先には、家などが並ぶ集落のようなものも点在はしている。

 だが、その集落よりも自然の方が多かった。


 集落同士を繋ぐ道も舗装されていないように見える。

 踏み鳴らして地面が露出しただけの道が草原の間に伸びていた。

 さっきまでいた森のような、木が群生している場所もある。


 そして、ビルやマンションなんてものは見当たらない。

 ひとつだけ規格外の大きさの建物があるが、それ以外は大きな建物自体がほとんどない。


 その情景を見た瞬間、俺は何故か息を飲んでいた。

 そんな俺のそばを風が吹き抜ける。


「……良い場所だろう」


 隣でアムルが、しんみりと言う。


 俺の中でコイツは変な奴だと認定されているが、そう言って街らしき物を見下ろす横顔は、嫌いじゃなかった。


 俺達につられたのか、猪モンスターまでも静かにしている。



「目的地ってまさかあれか?」

「ああ、あれだ」


 しばらくその景色を堪能した俺は、見下ろした中で規格外に大きな建物を指した。


 城壁らしきものに囲まれたその建物は、俺の眼には立派な城に見える。


 それも日本の城じゃなくて、西洋風のやつ。

 どっかのテーマパークとかにありそうだ。


「……まさかお前、王子様とかなのか?」


 俺がそう言うと、アムルは吹き出した。


「何でそうなるんだよ。オレの上司に会いに行くっていっただろ」

「あ、はい。そうでしたね。うん」


 おい、城にいるような上司ってまさか、国王様とか王子様とか言い出さないよな。


 いや王様に仕えてる人が上司で、コイツはさらに下っ端か?

 そういやコイツ自身、"使いっぱしり"って言ってたし。


 そういうことにしておこう。


「ならすぐにでも移動しますかい?」

「何だその口調」


 いつもボケてるアムルがちょっと笑いながら突っ込んできた。

 別にどうでもいいだろう、喋り方くらい。


「まあ、移動するのはいいんだが、ちょっと待ってくれ」


 アムルはそう言うと、猪の方に向き直った。


 猪の方は不思議そうな顔をしている。

 猪の表情とかわからないけど。


「お前はどうする?」

「ふごっ」


 猪は人の言葉を喋ることが出来ないから鼻を鳴らしたが、置いていくなと抗議しているように見えた。


 アムルも俺と同じだったのか、もう一度確認する。


「オレたちと一緒に行きたいのか?」

「ふご!」


 今度はさっきのより力強く鼻が鳴らされた。

 これは誰が見ても「連れていけ」というメッセージだろう。


 今更だけど、この猪モンスター完全に俺たちが言ってることわかってるよな。


「さすがに街の中には入れられないし……その近くまででいいか?」


 言われた猪は残念そうに鼻を鳴らした。

 さっきまでとは違う「きゅう……」という小さい音でだ。


 ずっと俺たちと一緒にいたいという空気は伝わってくる。


 俺たちが助けた(?)とはいえ、随分懐いてるな。


「まあ、また会いに行くからさ。あんまり落ち込むなよ」

「ふごっ」


 俺がそう言いながら鼻筋を撫でてやると、猪は少しだけ納得したようだった。


「な、アムル」

「……ああ、そうだな。来れるといいな」


 アムルにも声を掛けたが、歯切れが悪い答えだった。

 ふ、と目も逸らされる。


 何だ何か隠してるのか?


「まさかお前……コイツを殺そうと思ってるのか?」

「ふご!?」

「はあ!? そんなわけないだろう!」


 違ったみたいだ。

 短すぎる付き合いだけど、これは嘘じゃないな、と思う。多分だけど。


「それよりほら、猪をまた小さくするぞ。このサイズじゃ他人に見られたら驚かれるだろうからな」

「え、ああ……そうだな」


 話をはぐらかされた気がする。


 何だかもやもやするが、ここまで懐いている猪を殺す気はないみたいだし、まあいいか。


 小さくしたからって猪を連れていたら充分驚かれそうな気もするが……「ペットです!」で押し切れる程度にはするつもりなんだろう。


 猪を小さくする、ということはまた魔法を使うんだろうな、どうせまた俺の手を握るんだろ。

 とか思ってたらアムルはちょっと予想外の行動をとった。


「対象を縮小せよ。拡縮魔法(クンプレーモ・エペ)


 は? なんか呪文らしきものが増えてないか?

 前に同じ魔法を使った時は、一言少なかっただろう。


 それに今まで俺の手を握ってたくせに、今回は握らなかったぞ。


 それでも、目の前の猪は収縮が始まっていた。

 風船がしぼむように徐々に小さくなっていく。


「そこまで」


 アムルが声を掛けると、猪の収縮は突然止まる。


 いまの大きさは、普通の猪と同程度だろう。

 ……いまさらだけど、本物の猪は見たことないから、適切な大きさがわからないけど。


「これでいいだろう」

「いや、いいけど……」


 他に気になることが山ほどあるぞ。


「俺の手を握らなくても魔法(?)使えるんじゃないか。それに、あの呪文みたいなのなんだ」

「まあ落ち着け」


 俺は別に焦ってないぞ。落ち着いてる。

 ただ色々と気になるだけだ。


「魔力が多いと、詠唱が短縮できるんだよ。これは納得してくれるか?」


 ここから信じてもらえないと説明が難しくなるんだ、とアムルは苦笑した。

 まあ、レベルが高いと詠唱時間が短くなるゲームはやったことがあるが……そういうことなのか?


 これがゲームの話なら納得できるんだが、俺にとっての今この時は現実以外の何物でもない。


 素直に納得することは難しいが……まあ、ここで粘っても仕方ない。

 今は、そういうものだってことにして話を進めよう。


「てことは、俺から魔力をもらわなかったから、呪文が増えたのか?」

「そういうことだ。物分かりが早くて助かる」


 いや物分かってはいないけどな。

 釈然としないが、今は不問にしておこう。


「ほら、あの目的地まで行くぞ!」

「はいはい、あの目的地ね」


 そんなことを言いながら、二人で歩きだす。

 そのすぐ傍では、短い脚を動かしながら猪が付いてくる。




 この時の俺は、自分が人柱にされるとは微塵も思っていなかった。

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