13話 戦いがはじまりました(3)
魔法部隊の兵達は敵の本隊にぶつけるための強大な魔法の準備を進めていた。
あらかじめ準備されていた魔方陣に多くの魔法兵が加わったことにより、特にトラブルもなく予定通り敵隊の到着と同時に魔法を発動させたが――何も起こらなかった。
「防がれたか!」
入念な準備に人柱の魔力。魔法の威力は十分にあったはずだが、それを全て防御魔法で相殺されてしまった。
この魔法を端的に表現すると「人柱が国中にバラ撒いている魔力を密集させ攻撃に転用したもの」だ。
味方を強化する効果は国に供給しているものと比べれば希薄だが、敵を弱体させる効果ならば倍以上だ。
直撃すれば、敵は身体的にも魔法も大きく制限され、生命力の弱い者ならばそれだけで絶命させることも出来たはずだ。
だが、そうはならなかった。
直前に敵側の誰かが防御魔法を張ったのを感じた。
近づいてくる気配で、敵の勢いが全く削がれていないことも分かる。
しかし、放ったものは魔法部隊の者達が集まって作ったものであり、多くの魔力を費やしている。
その分、威力も強く効果範囲も大きい。
普通ならば、魔法の存在に気づいたからといって、瞬時に防ぎきる事など不可能だ。
普通ならば。
(普通じゃない魔法使いがいるって事だな)
アムルの脳裏には国境都市ユノアで一瞬だけ遭遇した黒服の男が思い出されていた。
あの男が魔法を使う所を見た訳ではないが、気配を消す技術が優れていることは間違いない。
そして、気配を消すことが上手い、という事は魔力を操る事が上手い、という事だ。
「防御結界の強化だけしたら、向こうで補助魔法での支援にまわるぞ!」
あの魔法をかき消してしまうような敵がいるということは、また攻撃魔法を放ったところで効果など期待出来ない。
こちらと同じように相手側が強大な魔法を行使しないかだけは警戒したいところだが、ここへ留まったところでやれることは少なかった。
魔法で敵を攻撃するより、物理的に攻撃を繰り返す味方の支援に徹した方が確実に敵にダメージを与えることが出来る。
「は、はい!!」
もしも魔法が失敗した時の手筈は兵達にも伝えてあったが、実際にこの規模の魔法が完全に無効化されると予想していた者はいない。
動揺する兵も少なくはなかったが、アムルの指示に大きな声で答えると移動を開始した。
***
「な、何があった!?」
「ふふふ。敵の魔法が放たれたようですが、問題ありません。ワタクシが防いだところですよ」
ノイリアの軍、その中でも一際豪奢な馬車の中には中年の男と黒服の男――ノイリアの王であるキリと参謀役であるストエキオッドが座っていた。
少し前に、馬車の外からは兵の驚くような声が聞こえ、目の前のストエキオッドが軽く手を振った。
王にはそれしか分からなかったが、問題ないとこの男が言うのなら、問題はないのだろう。
軽く息を吐いてから、キリは再び深く座り直した。
キリとストエキオッドの二人は、軍と共に戦場へ向かっている途中だ。
ノイリア王自身には大した戦闘力はない。
身を守るための最低限に剣が扱えるだけであり、現場で指揮をとるつもりもない。
そもそも、王であるキリが前線にでて死ぬわけにはいかない。
ここまでキリが出てきたのは、単に「自国が勝利するところが見たい」からだ。
そんな理由でわざわざ戦場まで赴く事にノイリアの兵達は反対した者も多かったのだが、ストエキオッドの「勝てばいいだけなのだから、問題ないでしょう。あなたがたが戦うことで王を護るのです」という言葉に誰も反論が出来なくなってしまった。
今のノイリア王国に、この二人に楯突くことが出来る者などいない。
息子である王子にすら不可能だったのだ。
うっかり王の不興を買ってしまえば、罪人として家族もろとも処刑されてしまう可能性すらもある。
王から絶大な信頼を寄せられているストエキオッドも同様だ。
ストエキオッド自身が誰かを罰するよう指示することはない。
だが、常に王にとっての最善策を提示する参謀に逆らうことは、王自身に楯突くことと同義だと、王自身が考えていた。
ノイリアの人間にとっては、不気味ではあるが物腰柔らかな参謀殿も王と同様に畏怖するべき対象だ。
この二人が戦場に行くと言うのなら、それしかノイリア兵には途はなかった。
「ふん、そもそもこっちには向こうよりも優秀な人柱がいるんだ。不意打ちくらい防げないはずもないな」
キリには先ほど放たれた魔法がどんな規模のものだったのか、自国の人柱と相手国の人柱の力量などは分かってはいない。
それでも、自国の方が優れているとキリは信じていた。
「ふふ、そうですね。あの人柱さえ居れば、この国は安泰でしょう」
ストエキオッドは真実を告げることもなく、王をおだてるように笑みを深めた。
悪い気はしなかったのか、キリはさらに続ける。
「ここへ来ることを止める奴もいたが、いらぬ心配だ。人柱さえ戦場で使えば勝てるに決まっている」
「そうですとも、そうですとも」
この部隊には、人柱も連れ出されている。
その人柱さえいれば勝てると、こちらの人柱が優れていると、王は本気で信じていた。
なぜなら、その人柱は"異世界人"だったからだ。
異世界の人間は豊富な魔力を内包しているというのは、この世界では常識だった。
だが、異世界から人間を連れてくる方法など――少なくともキリが知る限りでは――存在しない。
たまたまこの世界に飛ばされた人間を探そうにも、大陸全土で一人いるかどうかだ。
敵味方の両方に異世界の人間がいるという事態はあり得ない。
自身の側に異世界人の人柱がいるということは、戦争で勝ちが決まったのも同然だ。
それなのに、今まで押し切ることが出来なかったことの方が異常だと言えるだろう。
まさか相手国の人柱も異世界の人間で、しかも魔法部隊の大隊長が連れてきたなどとは、キリには想像がつかなかった。
「どうやら、もう着いたようですよ」
「おお、待ちくたびれぞ。我が国が勝利する瞬間をこの目に焼き付けようではないか!!」




