13話 戦いがはじまりました(2)
「下位治療魔法」
「おお、傷が……!!」
アムルが手を翳し言葉を口にすると、その下にあった傷がすぐに塞がった。
深手というほどではなかったが、一瞬で血が止まり傷跡すらわからない状態に兵は感嘆した。
「さすが、魔法部隊の大隊長様ですね」
いま治療された兵は魔法部隊の者ではない。
魔法部隊の大隊長が素晴らしい技術を持っているという話くらいは知っているが、それを直接目にしたのは初めてだ。
以前に別の人間から魔法での治療を受けた際は、ここまで早く完璧には治らなかった。
やはり大隊長クラスともなれば、ただの一兵卒よりも魔法技術が優れているのだと感心したが、アムルはそれを否定した。
「いや、これに関してはオレの能力じゃなてくて人柱の力だな」
元々、アムルにとって治療魔法は「使えるが得意ではない」という程度だ。
単に傷を塞ぐ事なら可能だが、ここまで「早く完璧に」となれば、行程を省略した詠唱のみではアムルにも不可能だ。
だが、いまはマモルの濃密な魔力が戦場に供給されている。
本来ならば些細な魔法でも増幅され絶大な効果が得られ、そして兵自身の治癒力も向上していた。
「これなら、またすぐにでも戦場に戻れそうですよ」
「本格的に働いてもらうことになるのは、向こうの本隊が来てからになるからな。今はしっかり休んでくれ」
「はいっ!」
怪我が治り気力も体力も充填した兵が浮足立つのを軽く制してから、アムルは他を見回った。
今のところは重大な被害が出ていないようだ。
治療のために設けられたここへいる兵達も、しばらくすればまた出陣出来るだろう。
残りの治療は部下たちに任せ、別の場所へと移動する。
「首尾はどうだ?」
「隊長!」
アムルが姿を見せると、準備をしていた魔法兵の内の一人が駆け寄ってきた。
「準備はほぼ終わっています。そろそろ起動することが……隊長?」
魔法兵が説明をしていると、ふいにアムルは戦場の方へと顔を向けた。
目視した限りでは、特に大きな変化はない。
(予想以上に早かったな)
遠くから、少なくない量の人間が戦場へと近づいて来ている事を悟り、アムルは部下達に向き直った。
「よし、準備が完了次第発動するぞ! 向こうの本隊の到着までもうすぐだ!」
「りょ、了解です!」
当初の予測では、敵兵の到着はもう少し先だろうと思われていた。
思っていたよりも期限が近いと知り魔法兵は一瞬怯んだが、すぐに指示された通りに行動を開始する。
敵が到達する時間の予測を魔法でギルグにも伝え、アムルは魔法構築の最後の仕上げに向かった。
***
「ふむ、思ったよりずっと早かったですね」
アムルからの連絡を受け、ギルグは独りごちた。
敵国が兵を集めていた場所、そこからここまでの移動距離を考えると、通常の手段よりもずっと早くここへ到達することになる。
速度を優先し、無茶な移動を続けているのだろう。
(では、こちらは手堅くいきますか)
ギルグが周囲を見渡すと、味方の兵達の陣形は崩れつつあった。
数でも質でも圧しているため、今の内に敵を減らそうと勇みすぎた結果だ。
確かに敵の戦力を削ることには成功している。
勢いを殺す必要もないと考え口出しはしなかったが、このまま大隊を相手にするのは危険だ。
「総員、一度周囲を確認してください! 陣形を維持し防御も忘れないように!」
ギルグが叫べば、前に飛び出していた兵が後ろへと下がる。
その中には、先ほどから一人で何人もの敵をなぎ倒していた傭兵の大男も混ざっていた。
「ほら、パパのせいで怒られちゃったでしょ!」
「ハハハ、だが数は減らせたんだからいいだろ!」
「よくない! それで死んじゃったらどうするの!? お金もらうためのお仕事で死んじゃったら意味ないんだからね!!」
少女に諭されながらも、大男は大剣を引き素直に陣へと戻る。
傭兵達はあくまで仕事として参加している者がほとんどだが、単に戦いを楽しみたいがために戦場に身を置く者も多い。
(彼もそのタイプでしょう)
だが、戦いのみに興じようとする男を制する少女がいる。
あの少女がいなければ、一人で突っ走り、戦いに明け暮れ、そしてどこかで死んでいただろう。
(良い組み合わせのようですね)
父親らしい男を叱責する少女は戦いに直接は参加していない。
男に密着してただ守られているばかりだ。
だが、少女は男が前に出すぎないよう注意するだけでなく、周囲の敵にも気を配り警告をしている。
戦いに集中しすぎる男の補佐役としてはこれ以上にない働きだ。
(この戦いが終わったら、手合わせしてみたいですね)
マモルが聞いたら「フラグ立てるなよ」とでも言いそうな事をギルグが考えていると、遠くから敵の本隊が近づいているのが視界に入った。
予想以上に早い到着にエアツェーリングの兵の一部は動揺したが、すでにこちらの準備は整っているし、最初にいた敵兵の数も減っている。
さらに、アムルを筆頭に魔法部隊の者たちが大がかりな魔法を行使する手筈になっている。
ギルグはアムルほど魔法に長けている訳ではないが、背後で魔力が高まっていくのを感じていた。
このまま敵が押し寄せてきても、少なくない数がこの魔法攻撃に倒れるはずだ。
そんなことをギルグが考えていると、魔法による通信で報告が上がってくる。
『発動するぞ!』
アムルが短く言うと、先ほどから感じていた濃密な魔力が開放されるのを感じた。
この魔法は、敵にのみ効果があり味方には影響がほとんどない。
ギルグは兵を下がらせることをせず、むしろ発動直後に攻撃をたたみかけられるよう準備を進める。
しばらくしない内に、開放された魔力が到着したばかりの敵兵へと叩きつけられる。
そして――何も起こらなかった。




