13話 戦いがはじまりました(1)
エアツェーリング王国とノイリア王国の戦いの場はイルナ砦からほど近い場所にある。
ノイリア王国が攻めて来た際、エアツェーリングの兵達はこの砦を拠点として攻撃を凌いだ。
侵攻を抑えることには成功したが、ノイリア側も諦めた訳では無い。
膠着状態が続き、ふとしたきっかけでまた戦いが始まり、しばらくすると停滞する。
それを何度も繰り返している内に、戦線は少しずつ移動していた。
いま両者が直接ぶつかり合う場所は砦から大して離れてもいないが、ここまで取り返すのにも多くの時間を費やしている。
もしも、また砦まで押し返されてしまっては、元も子もない。
噂の人柱のおかげなのか、最近は兵達の身体は軽く、戦いも以前よりは有利に進んでいる。
それでも、身体的精神的に疲労しないわけでもない。
神経をすり減らしながら戦い続け、そしてまた大きな戦いが起こるようだ。
そろそろ限界に近いと、戦いに明け暮れる兵が考え始めたある日、背後から多くの援軍がやってきた。
「ぅふふ、交代です。よくここまで耐えてくれましたね」
「怪我をしてる奴はこっちに来てくれ! 魔法で治療をする!」
高らかな声が、福音のように鳴り響いた。
***
防衛部隊のガイスは、城やその周辺を警護する事が主な仕事だ。
魔法部隊のアムルは、手が離せない二人の大隊長に代わり、柔軟に様々な仕事に対応していた。
そして、攻撃部隊のギルグは、主に前線の指揮に当たっていた。
ここへは何度も脚を運んでいる。
城や他の場所にいる時間の方が短いだろう。
勝手知ったる戦場で、いつものように指示をだす。
「元よりこの場に居た者は、怪我の有無に限らず一度下がり休息をとってください。今来た者達はさきに言った通りに。前には出すぎないよう、周囲と連携し着実に敵を落とすよう心がけてください!」
ギルグの言葉に呼応するように、「おおお!!」と多くの戦士達の声がこだました。
敵の本隊が到着するまでもう少し時間がある。
それまでに少しでも敵を減らすため、入れ替わりになった兵達は一丸となり敵を蹴散らしていく。
勢いのまま、前に出すぎるなと言った張本人であるギルグが前へ出た。
敵兵の幾人かは雄叫びに怯んでいたが、前に飛び出したギルグを倒そうと集まりだす。
ギルグはそのうちの一人を細剣で差し貫き、二人目の攻撃をひらりとかわしながら、引き抜いた剣を三人目の鎧の隙間に突き立てる。
周囲に集まってきた兵をいなすギルグの所作は優雅だった。
闇雲に襲っても勝てないと気がついた敵兵は、そのまま後に続くのではなくギルグと距離を置きジリジリと警戒する。
ノイリアの兵にも、もうすぐ増員がやってくるという情報は入っている。
このままギルグを倒すことが出来なくとも、本隊が到着するまでの時間稼ぎになれば十分だ。
ギルグを倒すためではなく、これ以上進ませないため離れたまま警戒していると、また別の場所から大きな声が上がった。
「よっしゃあぁあああ!! かかってきやがれ!!」
声の主は、嬉々として大剣を振り回す大男だった。
男が剣を軽々振るうと、ノイリアのの兵達がまるで塵のように辺りに吹き飛んでいく。
「もう、パパ! 前に出過ぎちゃだめって言われたばかりでしょ!」
「おお、すまんすまん! ハハハ!!」
少女に諭され豪快に笑う大男は、エアツェーリングに仕えている兵ではない。
今回の戦いのために雇われた傭兵の一人だ。
(素晴らしい傭兵がいるようですね)
ギルグが大男を確認するため視線を移動させると、好機とみた敵兵は斬りかかる。
それを片手間でいなしながら、ギルグは笑みを作った。
***
遠くで金属同士がぶつかるような音とか、雄叫びみたいなものが聞こえる。
いつもの人柱部屋と違って、鷹もどき魔法とかから映像は送られていない。
そういう余計な魔法は使わず、今回ばかりはアムルも戦場に全力を投入している。
それは理解出来るんだが、戦場がどうなってるかさっぱり分からなくて俺としてはものすごくソワソワする。
今はこっちが勝ってるのか、向こうが勝ってるのか。
アムルやギルグさん、見たことのある兵の人達が怪我してないか。
勝手に色々想像して、一人でヤキモキしている。
さすがに戦場に来るのに暇つぶし用の本とか持ってきてないから尚更だ。
「あの~……暇だし、何かお話とかしません?」
「話とは、どんな話ですか?」
近くにいたオルンさんに話かけてみたけど、取り付く島もなかった。
というか、何か嫌われてる気がする。
もしかして、暇って言ったのが不謹慎とか思われたんだろうか。
いや、ここに来る途中でも何か警戒されてた気がするしな……。
「まあまあ、いいじゃないですか。私たちと雑談でもして、アムル様達をお待ちしましょう?」
お、お姉さん……!
魔法部隊のおっとりした雰囲気のお姉さん……確か、名前はシオネさんだったな。
そのシオネさんが助け船を出してくれた。
オルンさんはまだ警戒してる気がするけど、シオネさんの言葉に少しだけ態度が柔らかくなった。
「では、ひとつ……お聞きしたい事があるのですが」
「あ、はい。何ですか」
普段は人の良さそうなオルンさんに鋭い目線で言われて、ちょっぴり切ない。
知らないうちに何か怒らせるような事でもしたかな。
「常日頃から、自分の妻と一緒に過ごされているようですが……妻と普段はどのような事をされているのですか!?」
「え? アリアさんとしてる事って食事とか運動くらいしか……」
ガチな兵士さん相手にコレ言うのちょっと嫌なんだよなあ。
運動って言っても腕立て伏せがちょっと出来るようになっただけだし。
でも言わないと、さらに警戒されそうだし、正直に答えるしかないか。
とか考えてると、さらに必死な様子でオルンさんが食いついてくる。
「本当ですか!? いや、そもそも、運動とは、一体どういう内容で? まさか、それは……ベッドの上で、とか……!?」
「ベッド?」
メイドさんとベッドの上で運動……。
「あ。もしかして」
「やだぁ、何言ってるんですかぁ?❤」
俺もようやくオルンさんが何を言おうとしているのか察した辺りで、ぶりっこのミリアさん(で名前は合ってたはず)が揶揄うように笑った。
「いやあ、そういうのは本当にないっすね」
どうやら「夜のエッチなお世話❤」とかをされてないか疑われてたみたいだ。
そういうのは、全然ないんだよなあ。
……残念だけど。
「本当の本当ですか?」
「本当の本当です」
もし実際にそんなことやってたら慌てる所だけど、本当の本当にそういった事は何もないから、疑われても正直困る。
そんな俺の雰囲気に納得してくれたのか、ようやくオルンさんは引き下がってくれた。
「大変無礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、別に気にしてないんで」
まあ、実際にアリアさんにはつきっきりでお世話してもらってるからな。
正確にはイノリもいるんだけど、「男と女が二人っきり」って聞いたら心配になる気持ちも分からなくもないか。
俺自身もオルンさんと同じ立場だったら似たような妄想……じゃなくて心配をしてたかもしれない。
「もし人柱様が横柄な人で、妻に無体な事をしていたらどうしようと思っていたのですが……無用の心配だったようですね」
俺、どんな奴だと思われてたんだろ……。
「そんなことしてないですし、もしそんな事しようとしても、アリアさんなら返り討ちにされそうですけど」
「確かに腕力ならば、相手が男でも自分の妻はそうそう負けないかもしれませんが」
そ、そうなんだ……。
これからも怒らせないようにしよう。
「ですが、相手は我々にとって神にも等しい人柱様ですからね。『この国に居てやる代わりに、何でも言うことを聞け』と言われたら、誰も逆らえませんよ」
そんな風に思われてたのか……。
ちょっと……いや結構ショック。
「そんなことしませんて……」
まあ、そういう本とかならちょっと興味あるけど。
でも実際にそんなことやるほど、俺はゲスではない。
「どうやら、我が国の人柱様は本当にそんな人物ではないようです。疑った事、重ねて謝罪いたします」
オルンさんは、仰々しく深く頭を下げる。
「いや、そういうんの良いんで。あと、『人柱様』じゃなくて、マモルでいいです」
この国の人達にしてみれば、俺は神やら救世主やらだと分かってはいるんだが、そんな風に崇められると、やっぱり戸惑う。
「かしこまりました、マモル様。改めてよろしくお願いいたします!」




