12話 戦場に向かいました(6)
「自分は、防衛部隊のオルンです!」
これはアリアさんの旦那さん。
何だかんだで、初めて名前を聞いた。
「お、同じく、防衛部隊のコルモです!」
これは緊張した様子の兵士さん。
アリアさんの旦那さん……もとい、オルンさんよりも背が高めで、兵士としてはぽっちゃり気味。
「攻撃部隊、ソルイだ」
これはふてぶてしい髭の兵士さん。
口調はぶっきらぼうな気がするが、にっと笑った顔は悪い人ではなさそうだ。
「同じく攻撃部隊、ミリアですぅ。是非なかよくしてくださぁい♡」
これはちょっと間延びした話し方の女の子。
……いや「女の子」って歳なのか、「女性」って言った方がいいのかパっと見わからない。
とりあえずぶりっこの気配を感じる。
「魔法部隊、シオネです。よろしくお願いいたしますね」
これはゆったり三つ編みに丸眼鏡のお姉さん。
おっとりした大人の女性って感じで、俺としては割と好みのタイプ。
護衛らしい五人がそれぞれ一歩前に出て、自己紹介をしてくれた。
オルンさん防衛部隊なの? いつもアムルと行動してるから魔法部隊だろうと勝手に思ってた。
……とか気になることはいくつかあるけど、とりあえずざっくりアムルが説明を始めたから、質問は後にしよう。
「この五人を身辺警護に残しておく。そもそもこの砦内に敵を立ち入らせないつもりではあるが、何かあったらすぐに呼んでくれ」
「おう」
「繰り返しになるが、この部屋からは一歩も出るなよ。雑用はこの五人に頼んでいいからな」
「了解」
とはいえ、慣れ親しんだアリアさんやアムルならともかく、初対面のこの人達に雑用頼むのはちょっと気が引けるな。
ビビりで引きこもり気質の俺には、「一歩も出ない」の方は簡単だ。
「オレはもう行くが……死ぬなよ」
いつもは飄々としているアムルが、真剣な顔で真っ直ぐに俺の方を見て言う。
俺が死んだら、この国の敗北が決まったようなもんだ。
戦闘じゃ何も出来ない俺だが、死ぬ気はなかった。
「おう。お前もな」
ひらりと手を上げて、あえて軽い調子で答えた。
正直な心境としては、緊張しすぎて吐きそうなくらいなんだけど。
俺の反応を見て、アムルも普段通りに笑った。
「ああ。また後で」
アムルはそれだけ言うと、部屋を後にした。
***
「……もう、軍は到着した頃でしょうか」
ノイリア王国の王子、セリヌントゥユーフアレグは幽閉された部屋でぽつりと呟いた。
「ええ。そのはずです」
ディエーティナはセリの言葉に静かに頷く。
部屋にはもう一人、防衛部隊のガイスが居たが、言葉は発さず控えていた。
またセリがディエーティナを襲うことがないか警戒して護衛としてついているのだが、今のセリにはそのような予兆もなかった。
(本当に、これで良かったのだろうか)
セリは何度も繰り返した自問をまた繰り返す。
何度も何度も考え、これが最善の策だと信じ、ここまでやってきた。
それでも、敵国に協力し自国民を危険に晒していることも間違いのない事実だ。
短期的に見れば、ディエーティナを殺すことが、最も被害を抑えられる方法だろう。
だからこそ、強く殺意を奮い立たせこの国へと来た。
だが長い目で考えればエアツェーリングと協力することが最善の策だと、セリは考えている。
しかし、この戦いで命を失う者も多いだろう。
自身がこちら側についた事で、ノイリアの兵達の被害も増えるかもしれない。
いや「かもしれない」ではなく、この戦いに限って言えば被害は増える事は確実だ。
エアツェーリングを勝たせるために、こちらへついたのだから。
「戦いを早く終わらせたい」という思いは微塵も揺らいでいない。
それでも、自身のわがままが原因で、自国の人間が傷つくと思えば、セリの気分も沈んでいく。
共に連れ立った、二人のリンもそうだ。
快くついてきてくれた二人だが、今はどこかで幽閉されているだろう。
ディエーティナ王ならば捕虜だからといって無体なことはしないと信じている。
だからこそ二人を連れてきたのだが、さすがにそのまま解放されたとも思えない。
「リン達は……私が共に連れてきた者達はどうなっていますか?」
「魔法などの制限がされた牢には入っていますが、健康などには何も問題はありませんよ」
「ご配慮いただき感謝します」
行動に制限が掛かっているとはいえ、元気でいてくれているのならいい。
セリはほっと胸を撫で下ろした。
「報告によると……しばらく仕事をしなくて済んだ、などと言ってもいたようですね」
「そ、そうですか」
本当に元気そうだと、今度は苦笑した。
あの二人が無事ならば、残る心配事は戦況のみだ。
(被害が少ない内に、父が素早く決断してくれるといいが……)
セリはそう願ったが、あの父王が潔く降伏するとも思えない。
見えもしない戦場の様子を探るように、セリは窓の外を見上げた。
***
「おい、これどうなってると思う?」
「脱走する気がないなら、そういうのあんまり弄らない方がいいんじゃないかなあ」
牢に閉じ込められた二人のリンは、四辺に埋められた魔石を調べていた。
報告されていた通り、むしろ休暇が増えたと考えていた二人は、脱獄するつもりはない。
しかし、牢の周囲へと用意された魔石、そこに刻まれた魔法については興味を示していた。
この魔石は、魔法の使用――遠方への連絡や、檻を破壊するような攻撃魔法を使わせないように阻害することが目的だろう。
二人のリンも魔法を行使するため、それ自体は理解が出来る。
だが、ここまで巧みに魔法を封じる魔法を見る事は初めてだ。
人柱の魔力により「悪意を持つ者を弱体させる」という魔法は、常にこの城に掛かっている。
とはいえ、人柱は現在この城へはいないはずだ。
城に掛けられた結界が普段と比べ安定しておらず揺らいでいる。
外部の状況など確認しなくとも、人柱が移動しただろうことは容易に想像がつく。
この牢に掛けられている魔法も人柱の力が使われている……と二人も最初は考えたのだが、人柱が移動してもこちらの方は全く揺らがなかった。
「未知の魔法を見つけたら調べたろうなるのも仕方ないだろう」
茶髪のリンは黒髪のリンの心配を余所に、魔法を解析しようと試みる。
「弱体化する魔法」くらいならばともかく、「敵の魔法を阻害する魔法」は言葉で表現するほど簡単ではない。
それをたった四つの魔石で成り立たせるとなれば、やはりあのアムルという男は魔法使いとして油断ならない存在だ。
「まさか、空間魔法も組み込ませているのか……?」
ぶつぶつ呟く茶髪のリンに呆れたようにため息を吐いてから、黒髪のリンは話題を変えた。
「人柱が移動したってことは、戦場に向かったって事だろ。どっちが勝つと思う?」
この言葉には、茶髪のリンも手を止めた。
「これだけ高度な魔法が使えるってことは、エアツェーリングじゃないか?」
茶髪のリンは黒髪のリンを振り返る。
セリの狙いを二人も聞いている。
ノイリアの情報を渡し、エアツェーリングを勝たせるつもりだと。
だが、茶髪のリンはすぐに付け加えた。
「……と、言いたい所だがな。さすがにあの御仁は底が知れなさすぎるだろう」
「だよなあ……」
あの御仁、と言って二人が思い浮かべたのは、参謀役のストエキオッドだ。
ストエキオッドについては、ノイリア王国内でも経歴などを詳しく知っている者はいない。
今までの言動を考えると魔法を使えることは間違いないが、その実力は未知数だ。
「もし、あいつが戦いに参加するなら……どうなるかわからないな」
魔石の解析をひとまず諦めた茶髪のリンは黒髪のリンの元へと戻ると、隣に座った。
(あの御仁なら、こんな魔石も簡単に作りそうだな)
世の中、自身よりも優れた者が数多く居ることに辟易し、リンはため息をついた。




