12話 戦場に向かいました(5)
道中、敵が襲ってくるなんて事もあったが、軍は無事に戦場の最前線であるイルナ砦へと着いた。
「……大丈夫か?」
前線なんか着いた途端に敵に総攻撃されたりしないかと、俺は戦々恐々としていたが、そうはならなかったみたいだ。
「ああ。向こうの本隊はまだ着いてないな」
アムルは落ち着いた様子で答える。
「戦いの前線と言ってもこちらの国内ですからね。隣国から移動してくる敵よりも我々の方が早く到着しても不思議はでありません」
もっとも、途中で襲ってきた者のような、元よりこちらに潜んでいたような輩は例外ですが、と補足するギルグさんも落ち着いている。
というか、この二人が焦ってる所があんまり想像つかないな、って気がしてきた。
「いよいよ、始まるんですね……」
アリアさんの旦那さんだけは、俺と同じく緊張しているみたいだ。
おかげでちょっとだけ安心する。
「とりあえず、あの建物の中で待ってればいいんだよな」
念のため、俺は古ぼけた石造りっぽい建物を指して確認してみた。
あれがイルナ砦なんだろう。
砦の周囲には、着いたばかりの部隊や元々ここで戦ってたような奴など、兵士や傭兵っぽい人が多くいる。
でも敵らしき陰は、少なくとも俺が見た所見当たらない。
砦が敵に包囲されていて砦の中に入るにも一苦労!……なんて事もなさそうだけど、初めて戦場に来た俺としてはビビるのに十分な光景だ。
「そうだ。オレ達は砦を守るから、一歩も出ないでくれ」
「おう」
人柱として引きこもるのが仕事ではあるんだが、それ以前に前線に出たところで全く役に立たない。
むしろ足手まといだろう。
一歩も出るなと言われなくとも、出るつもりはない。
「ぅふふ。まだ敵は来ていないとはいえ、早めに行動しましょうか」
俺とアムルの会話に一区切りついたと判断したのか、ギルグさんは持ってきていた外套のフードをかぶった。
アリアさんの旦那さんも同じようにフードをかぶる。
「あ、はい。分かりました」
俺もフードを頭にかぶった。
今、俺達……この馬車に乗ってる4人だけじゃなくて、ここへ移動してきた部隊全員が、同じような色、同じような素材のフード付きの外套を着ている。
俺も今は変装のため、軍の正装っぽいのを着せられ、魔法で髪を黒く染めている。
久しぶりに見た自分の黒髪が、魔法で染めた物だってのが少し寂しかったが、それはさておき。
目立たないように変装させ、さらに似たような格好の奴を集めて、人柱である俺自身がどんな顔をしているのか敵から分からないようにする作戦だ。
まあ、ぶっちゃけ。
俺は護衛されまくる予定だから、俺自身がどんな顔しているかは分からなくとも「俺が人柱である」ってことはちょっと観察すればバレるだろうが。
それでも、顔が割れていないだけ、多少はリスクが下がるはずだ。
「行くぞ」
アムルもフードをかぶると、先陣を切って馬車を降りる。
俺もその後をついて馬車を降りたが、周囲には似たような格好の奴らワラワラといて異様な光景だった。
(確かに、これなら俺の顔はバレはしないか)
少し呆れながらキョロキョロと見回していると、後からアリアさんの旦那さんとギルグさんも降りてきた。
「では、このまま砦へどうぞ」
「あ、はい」
言われるまま、俺達と軍の人達の一部が砦へと向かう。
俺達四人の順番は、アムル、俺、旦那さん、ギルグさん、だ。
つまり、軍の偉い奴二人に俺と旦那さんが挟まれている状態になっている。
(この並びだと、もしかすると、敵さんも俺と旦那さんのどっちが人柱か分からないかもしれないな)
そんな事を考えながらも、緊張しまくって、右手と右足が同時に出ないよう気を付けながら砦の階段を上る。
「では、私はこれで」
「え? あ、はい」
目的地っぽい部屋に着いたと思ったら、すぐにギルグさんは上ってきた階段を下りていく。
その先で、他の兵へと指示を飛ばしてるっぽい声が聞こえた。
「ギルグはギルグの持ち場に向かったんだろ。こっちはこっちで準備を進めるぞ」
「お、おう」
緊張しまくってる俺は短い返事しか出来なかったが、アムルに促されるまま部屋の中心に置いてあった椅子へと座る。
何でわざわざ部屋の中心に椅子を置くんだろうなあ。
そういや、いつも人柱部屋もベッドがど真ん中にあったなあ。
なんてぼんやりと考えていると、アムルが床に手をついた。
「……何やってんだ?」
「あらかじめ、うちの部隊の奴にある程度魔方陣を作ってもらってあったんだが、その微調整だ」
はたから見るとただ手をついて指をちょいちょい動かしているだけなんだが、アムルは真面目な表情で床を見ている。
しばらくすると、確認が終わったのか「これでよし」とか小さく呟きながらアムルが立ち上がった。
魔法とか魔力とか興味はあるんだが、使えない俺からしてみれば、何をしているかさっぱりだ。
俺も魔法とか格好よく使えるようになりたいなーなんて考えていると、アムルがすらりと剣を抜いた。
「あ。それ何か久しぶりだな」
アムルが持つ剣を見て、ついそんな感想が漏れる。
「こういった作業にはこっちの方が向いてるからな。戦闘が始まったら、普段の剣に戻すが」
アムルが手にしているのは、刃の方までゴテゴテと飾りのついた剣だった。
美術品としてなら価値は高そうだけど、戦闘には向いているようには見えない。
俺がこの世界に来たばかりの時、盗賊相手にアムルが抜いていた剣だ。
「早速だが、始めるぞ」
アムルはゴテゴテ剣の切っ先を俺に向ける。
ここへ来たばかりの頃なら「攻撃されるのか?」とビビって所だろうが、コイツが俺の事を攻撃するわけないと分かっている今は「いよいよ始まるのか」という意味でちょっとビビる。
そんな俺の心境を知っているのかいないのか、アムルは剣をゆったりと振り、すっと脚を移動させる。
コレを直接見るのも久しぶりの気がするなあ、なんて思っていると、俺が座る椅子を中心に魔方陣らしき物が光りだした。
(本当に魔方陣あったんだな。もしかして魔方陣の真ん中に置きたかったから、ここに椅子があったのか?)
のんびりそんなことを考えていると、しばらくアムルが踊り、そして動きを止めた。
「……終わったのか?」
動きが止まった辺りで声を掛けると、アムルは剣を納めながら頷いた。
「ああ。魔方陣から魔力の供給が始まったから、人柱自身にも変化があっておかしくないんだが……お前の場合は何ともないみたいだな」
「おう、何ともないぞ」
魔力量の少ない奴なら魔力を取られると体調不良になったりするみたいだが、俺がこの国で人柱になってから一度もそんな状況はない。
今も、魔力提供が始まったって言われても実感はなかった。
「何も無いなら、それに超したことはない。そろそろ俺もギルグ達のところへ向かうつもりだが、通信用の魔石は持ってるよな?」
「おう。ちゃんとここにあるぞ」
そう言いながら、俺は左右のポケットから石を三つ取り出した。
ひとつは、今アムルが言った通信用のやつ。
ひとつは、翻訳用のやつ。これがないとアムルとギルグさんくらいとしか話せなくなる。
最後のひとつは、毒味用のやつだ。どこまで長期戦になるのか分からないから念のためな。
俺が出した石を確認すると、アムルは浅く頷いた。
「何かあったら、それで連絡してくれ。それと……」
途中まで言って、アムルが視線を俺の後ろへと移動させる。
何かあるのかとアムルが向いた方を見ると、五人程度の兵士がいた。
その内の一人――というか、アリアさんの旦那さんがすっと前に出る。
「我々が、護衛を担当させていただきます。貴台には指一本触れさせません!」
背筋を伸ばし、キリリと格好いい姿で宣言された。




