11話 城に訪問者が来ました (7)
「結局のところ、セリ王子がこのタイミングで無茶な特攻をしかけてきたのは、それが大きな要因みたいだな」
「な、なるほど……?」
隣国の王子様との対談を終えて、今はこの人柱部屋でアムルが顛末を話してくれていた。
正直、どういう状況か俺にはよくわかってないってのが本音だが、ようするにだ。
「え、自分の国が負けてもいいから、さっさと戦いを終わらせるために、王子様自ら寝返ったってことだよな?」
「そういうことになるな」
この辺の常識は俺にはわからないが、「死にたくないから亡命する」ならともかく「戦争を終わらせたいから寝返る」て不思議な感じがする。
「こういうのって、よくあることなのか?」
「さすがに『よくある』ってことはないな。ただ、オレ個人としては王子の判断もわからなくはない」
ん? どういうことだ?
何かさらに混乱してきて、俺は首を傾げた。
「王子様が国を裏切りたくもなっても仕方ない状況ってことか?」
「正確には『王に問題がありすぎて、下手に自国が勝つより他国に負けた方が国のためになる状況』って判断したんだろうな」
あ、ああ……なるほど。そっちの方が何となく理解出来る。
「そもそも,うちとしては戦争をしたい訳じゃない。もしこっちが勝っても、戦争が終わったらそれで終わりだ。ディエーティナ陛下なら、隣国の国民を無碍に扱うようなこともないしな」
「ふむふむ」
「ところが、向こうは野心をもって侵略に来ている。隣国が勝ったら、そこで終わりじゃない。また別の国に戦争をふっかけるだけだろうな」
「うわぁ……」
なるほど、王子様にとって第一目標が「戦争をしない」なら、下手に勝つより負けた方がいいのか。
「それで、何でこのタイミングで来たって言ってたっけ?」
「もうすぐ本腰いれて、ノイリア王国が攻めてくるから、だな」
マジか。
「もしかして、今までは本気じゃなかったのに、スミア村とか押さえられてたんです……?」
「本気じゃなかった、と表現するのは違うと思うが……リスクをとってでも全勢力を集中して、あの国が出せる限界の戦力を投入しようとしているのは間違いないな」
わぁお……今まで何だかんだでのんびり生活してたけど、もしかしてそれも危うくなるんだろうか。
戦時中と言いつつ、この城や城下町はわりと普通に生活出来ている。
たまに俺を殺しに敵さんが城にやってきたりもしたけど、結果的に城下町が攻撃されたのは、俺が脱走事件を起こしたあの時だけだった。
それも、もうすぐ終わるかもしれない。
俺がビビっていることに気がついているのかいないのか、アムルはさらに説明を続ける。
「戦争するとなれば傭兵を含む兵を集めるが、その集める兵の数……ようするに、傭兵とかをさらに募ってるみたいだな。これは、隣国に潜入してるうちの奴からも報告が上がってる」
「ふむ」
「ただ、兵を増やそうと思えば増やせるなら、今までもやっているはずだ。爆発的に兵が拡充されるわけでもないし、この程度なら予想の範囲内だ」
なるほど、よく分かった。……て顔しながら頷いてみたが、正直何が言いたいのかよくわってはいない。
「それらの全ての兵で攻め込まれるのも……厄介ではあるが、こちらも戦力を集めれば対抗出来ないほどではないだろう」
「うん」
「問題はここからだ」
急にアムルが真剣な顔になる。
ひっそりと後ろで話を聞いていたアリアさんもイノリも、力が入って身を乗り出す。
そんな中俺は(え、まだ本題に入ってなかったの)なんてことを考えていた。
「どうやら、ノイリア王国は"人柱"を戦場に投入するつもりらしい」
「えっ、人柱って戦ったりすんの!?」
一番他人事っぽく聞いてた俺が、一番関係ある話だった。
さすがに気になって、俺も身を乗り出す。
「前線で戦う事はないだろうな。何しろ、人柱が倒されれば味方を強化していた魔法がなくなり弱体化する。万が一敵側に捕まったら、その魔力を利用されて敵の方が強化されることもある」
うんうん、と今まで以上に真剣に聞きながら頷く。
確かに、コイツが死んだら負け、なんて駒を最前線に出すのはリスクが高すぎるか。
(でも、死ななかったらどうなんだろうな)
味方全体を強化しつつ、豊富な魔力で魔法を駆使しながら戦ったら、かなり強いんじゃなかろうか。
あくまで、前線で戦っても絶対に死なないくらい強ければ、だけど。
(これも、考え方がチート頼りの中二な発想か)
考えが横道に逸れて、一人で勝手にううむと唸る。
「"人柱"の目的はあくまで味方の強化と敵の弱体化だ。だが、国全体にその魔力を行き渡らせるよりも、狭い範囲……つまり、いま戦っている戦場だけに集中させれば、より高い効果が得られる」
「なるほど」
確かに同じ量でも、広い範囲に薄く広くバラ撒くより、狭い範囲にバラ撒いた方が濃くなりそうだな。
「つまり……隣国さんは、本来は国全体を強化する人柱を戦場に引っ張り出して、戦場だけを強化させようとしてる……ってことか」
「そういうことになるな」
ほうほう、と納得しそうになって、ひとつ気になった。
「戦場まで引っ張りださないと、人柱って魔力を配れないってことか? 例えば、俺がここにいた状態で、スミア村にだけ魔力を配る、とか」
俺の質問を聞いて、アムルはにやりと笑った。
あ、これ多分面倒くさいやつだ。
魔法に関して本気で説明させると、こいつ長いからな。
「よくそこに気がついたな。セリ王子からの情報を聞く限り、隣国にはそれは不可能だ。戦場に直接出向いて、その先で魔方陣を描くつもりだろう」
「隣国は……ってことは、この国は?」
本当は聞かない方が後が面倒じゃないかな、と思ったけど、気になるものは気になるので素直に質問してみた。
「いま研究中だ。正確には、仮段階に入ったがまだ実戦に使うには検証が済んでいない」
なんだ。出来ないのか。
いやでも、この言い方ならもうすぐ完成しそうだな。
「もし完成したら、お前も自由に部屋から出られるようになるぞ」
アムルは俺の顔を見ながらそんなことを言った。
ぶっちゃけ、元々引きこもり気質だから、俺としてはそこはどうでもいいんだが。
もしかしてそこが一番気になってると思われたんだろうか。
「いや、それはどうでもいい。それより、向こうさんが人柱をそういう使い方するなら、俺もそういうことした方がいいのかなぁ、と思って」
俺の言葉に、アムルは少し意外そうな顔をした。
「いいのか?」
「いいも悪いも……そうしなきゃ、こっちが負ける可能性だってあるんだろ?」
そんなことになったら、わざわざ寝返った王子様も可哀想だしな。
「それはそうだが……戦場にまで向かうなら、否応なく人が人を殺す現場を目の当たりにすることになると思うぞ」
「ぐ……それは、確かに嫌だけど」
俺が人殺し映像を見るたびに動揺してるってアムルは知ってるんだな。
一応、こっちを気遣ってくれてるみたいだ。
「嫌だけど、この国の人が傷つけられるのは、もっと嫌だ」
人が死ぬところを見たくないのは本音だが、これもまた本音だ。
人柱部屋から出られないから知り合い自体は少ないけど、映像でこの国の人々はいつも見ている。
色んな人が生きていて、色んな人が生活している。
スミア村のじいさんだって、その内の一人だ。
せっかく村を取り戻したのに、国自体が滅んだら今後どうなるか分かったもんじゃない。
サクファの妹さんだって、せめてこれからは平穏に暮らして欲しい。
そんな皆が死ぬことは、俺にとっては「目の前で敵兵が死ぬこと」よりもよっぽど嫌なことだ。
既に俺はこの国の人柱として、守護神として、国の人々のために頑張りたい、と思っていた。
俺の決意が伝わったのか、アムルは浅く頷きながら言った。
「お前がそれでも納得してくれるなら……頼みたいことがある」




