2話 城に行きました (1)
俺は佐藤守、男で年齢は26歳で一般人だ。
短時間のバイトしかしてなかったから立派な社会人とは言いがかもしれないし、ぼっちでライトなヲタクだけど、まあそれはともかく。
俺は何故か、顔の長めなイケメンに異世界(仮)に拉致られた。
そのイケメンの名前は、アムル・リーガイズで男で年齢は……そういや、まだ聞いてない。
俺と同じくらいか、多分年上だな。
そして、コイツは一般人と表現したくない。
まだ俺の中の、コイツに対するホモと中二病の疑惑は完全には消えさってはいない。
いないが、いきなり見知らぬ場所に放り出されても困るので、とりあえず一緒に行動している。
念のため付け加えておくと、俺は別に同姓愛者を嫌っているわけじゃない。
ただ俺を対象にするのはやめて欲しいというだけだ。本当に。切実に。
ちなみに、今は何をしているかというと。
「お、おおおおおっ!?」
「口閉じろ!舌を噛むぞ!!」
俺たちは今、大きめな猪の背に乗って移動していた。
順を追って話そう。
何故、俺を異世界に拉致したのか、俺に何をさせたいのか、アムルの上司っぽい人に聞くことになった。
ところが、俺がこの世界で辿り着いた場所は森の中だった。
そんな場所に上司さんはいないため、移動する、ということになったのだ。
ここまではいい。
森の中を歩くとかイヤだなー体力ないし。とかその時ちょっと考えていたら、知り合いになった(?)猪モンスターがフゴフゴと鼻を鳴らしだした。
「な、なんだ?」
「もしかして……背中に乗れって言いたいんじないか?」
戸惑う俺にアムルはそう言った。
アムル自身、戸惑ってもいるみたいたみたいだし、魔法で猪の言いたいことを理解したってわけではなさそうだ。
だが言われてみれば、確かにこちらに背を傾け「ここに乗れ」と言っているようにも見える。
「ふごっ!」
その通りだ、と言わんばかりに猪はさらに大きく鼻を鳴らした。
「いやデカ過ぎて乗れないし……」
その猪の大きさは、小屋とほぼ同じくらいある。
これを背中まで登りきれる自信は俺にはなかった。
一番高い所から落ちたら大惨事になりそうだし。
俺は早々に猪に乗る案は却下しようと思ったのだが、アムルの方は文字通り乗り気だった。
「猪なら森の中でも速く進めそうだし、いいんじゃないか」
「ええー……」
確かに、この猪モンスターがこの森で猛進している姿は既に見ている。
コイツなら、木を薙ぎ倒しつつ一直線に走り抜けられるだろう。
だけど、さっきも言った通り登りきる自信はないし、そんな勢いで木に激突されたら、それだけで死ぬ。
「危なすぎるだろう……」
「まあ、そこはオレに任せな」
何故かアムルが得意げに笑う。
漫画なら、"フフン"とか"ドヤァ……"って効果音を付いてそうだ。正直、腹立つ。
その顔に、俺は頼もしく思うよりも、一層不安になった。
「ほら、手を出せ」
アムルは俺の手を、俺の了承なしにぎゅっと握る。
そんなんだから、お前のホモ疑惑が消せないんだよ。
とは、口に出さず心の中でだけツッコミを入れておいた。
魔力を移動させるためには素肌に触らなくてはいけない、とか説明されたし、確かに同じ素肌なら顔面とかより手がマシってのもわかっている。
でもやっぱり、魔力の移動って時点で眉唾ものだし、そもそも魔法を使う度に手を繋ぐのもどうなんだ。
「お前、俺に触らないと魔法使えないのかよ……」
「いや使えるぞ。ただこっちの方が手っ取り早いってだけだ」
ただ面倒なだけかよ。
コイツに対する不信感が増すが、ソイツは構わず魔法の言葉?を呟いた。
「拡縮魔法」
そんなんだから、お前の中二病疑惑が消せないんだよ。
とは、口に出さず心の中でだけツッコミを入れておいた。
魔法だの魔力だのを完全には信じていない俺からしてみれば、コイツは「なんかオリジナル呪文とか作って人前で言っちゃう奴」という評価にしかならない。
……呪文を唱えたり、なんかカッコよく魔法を使いたいって気持ち自体はわからなくもないが。
もし、この世界が本当に魔法が使える世界なら、俺もちょっとくらいは……。
「ほら、これならどうだ?」
まだ俺と手を繋いでいるアムルが、猪の方を指示した。
ちょっと眼を離した隙に、猪には変化が起きていたようだ。
「あれ、なんか小さくなってないか?」
目の前の猪は、まだ標準サイズよりは大きいけど、小屋と同等だった常識外れすぎるサイズよりは小さくなっていた。大き目な馬くらいか。
これなら多少は苦労するかもしれないが、乗ろうと思えば乗れそうだ。
まだ猪として常識外れなサイズではあるけど。
「便利だろう? 拡縮魔法」
「魔法ねえ……」
まだ完全に信じているわけではない。
ないけど、目の前の猪の大きさが変化したことで、ちょっぴり信用度が上がったかもしれない。
これ全部がVRだとしたら、猪のサイズを変えるくらい簡単だろうけど。
「それで、次は……防御魔法」
「へ?」
未だに俺の手を握っていたアムルが、また魔法?を掛ける。
今度は視覚的な変化は全くなく、代わりに身体全体が少しだけ温かいものに包まれたような心地がした。
「これで、枝がぶつかろうが、落猪しようが死にはしないだろう」
落猪ってなんだ。
気になる単語が混ざってるぞ。
とはいえ、本題はそこじゃないか。
「本当にこれで怪我しないのか?」
「全くしないとは、言ってないぞ」
怪我するんかーい。
そんなやる気のないツッコミを入れたくなる。
このやり場のない感情をどうすればいいんだ。
「それでも防御力はかなり上がるから、怪我はしにくくなるはずだ」
さすがに全力疾走中に落ちたら多少怪我はするだろうけど、ともアムルは言った。
それは果たして安全なのか。
普通に乗るよりは安全だろうけど。
まあ、それが本当だったら、魔法に対する信用度を上げてもいいか。
「ほら、さっさと乗るぞ。猪が速いって言っても、どれくらいで森を抜けられるかわからないからな」
そう言って、まるで馬にでも乗るように、アムルは普通に猪に乗った。
ちょっと顔が長くても、イケメンがこうやってひらりと乗馬(?)する様は女の子にモテるんだろうなー、と思うとちょっと癪だ。
一方、俺はというと、普通に鞍のついた馬ですら乗れる気がしないし、かなり小さくなったとはいえ、まだ馬よりは大きな猪にどう乗ればいいのかわからない。
「……無理」
「なんだ、乗れないのか?」
バカにしてるというより、純粋に疑問に思っただけだろうが、腹立つものは腹立つ。
「仕方ないだろ、馬ですら乗ったことないんだから」
「ああ、そうなのか」
アムルは意外そうな顔をした。
日本人で一度も馬に乗ったことない人間なんか少なくないと思うんだけど、コイツにとっては意外なのか。
文化の違いを垣間見た気がする。
ここが異世界かどうかはともかく、やっぱりこいつは日本人じゃなさそうだな。
「ほら、手を出せ」
いつまでも猪に乗ろうとしない俺に、アムルが手を差し出す。
そういうのは女の子にやれよ。
とは思うが、しぶしぶ俺も手を取った。
その手は、俺よりもちょっとだけ大きくて、俺よりも硬い。
コイツと出会ってまだ短時間しか経っていないが、最早握りなれた気がする。
「よっと」
アムルは小さく掛け声を上げながら、俺を猪の上に引き上げた。
そして、俺が猪に座った場所は、アムルよりも猪の頭側で、アムルは俺を抱えるように密着しつつ後ろに座っている。
「……おい、前後逆にしないか?」
だからこういうのは、女の子にしてやれと。
何だか守られているみたいだ。
「それでもいいけど、落猪するかもしれないぞ?」
ぐ……それもそうか。
猪に自力で登れない俺だ。猪走行中に振り落とされる可能性だってある。
それを後ろから支えられれば、態勢を崩す可能性だって減るだろう。
「……コノママデお願いシマス……」
「よし、それじゃあ出発してくれ!」
アムルが声を掛けると、猪は応えるように「ぶもぉ!」と鼻を鳴らす。
そして猪は前に動きだした。
次第に速度が上がっていき、木を薙ぎ倒しながら突き進む。
「お、おおおおおっ!?」
「口閉じろ!舌を噛むぞ!!」
トップスピードに達した猪の速さはとんでもなかった。
車と同じくらいかそれ以上だろう。
振り落とされないよう俺は猪にしがみつき、そして振り落とさないようにアムルが俺を抱き支える。
その時の俺は、また同じことをする可能性があるなら、筋力を上げよう……と小さく誓っていた。




