11話 城に訪問者が来ました (6)
エアツェーリングの王に刃を向けたことにより、セリヌントゥユーフアレグは拘束された。
しかし、逆賊と言っても相手は隣国の王子だ。
武器は全て取り上げ行動も制限されているが、牢屋に収監する訳でもなく城の一室に幽閉されている。
その部屋に、ディエーティナは護衛としてガイスとアムルを連れて訪れていた。
「この国の魔法技術は凄いですね、予想以上です。貴女を害そうなどと、無謀でした」
セリも魔法が全く使えないわけではない。
大きな魔法が発動する予兆があれば気がつけた可能性はある。
一般的な技術者が作った結界ならば、事前に張られていたとしても顔面から突っ込むような失態は冒さなかったはずだ。
この国の魔法技術が予想以上だった、というセリの言葉は嘘というわけではない。
だがディエーティナは他の事を尋ねた。
「それは建前でしょう。本来の目的は何だったのですか?」
セリはディエーティナの言葉を肯定も否定もしなかった。
ただ、どう答えるか迷うように、少しだけ目線をさまよわせる。
「この話は、どうかご内密にいただきたいのですが……」
「それならば問題ありません。ここには我々しかいませんし、この部屋は盗聴の対策もとられていますので」
他言無用の話である、ということを念のため確認しておいてから、セリは大きく深呼吸をし、セリ自身の望みを口にした。
「私は、この戦争を早く終結させたいのです」
「……それならば、貴公がとるべき行動は他にあったのでは?」
ディエーティナはあくまで冷静に答え、アムルとガイスも特に表情を変えなかった。
セリはゆるく頭を振りながら、さらに続ける。
「私が出来ることなどたかが知れています。父に戦争を止めるよう進言したところで聞く耳を持たないでしょう。それどころか、激高しさらに強固な手段に出る可能性もあります」
セリの父――ノイリア王が他者の意見を聞き入れず、戦争をすると決めたのもほとんど独断だった、という話くらいはエアツェーリングにも届いている。
「本音をここだけでお話しますと……私はもう、どちらが勝利しようとどうでもいいのです」
ここだけの話だ、と再度強調しながらセリは静かに言った。
「ただ、少しでも犠牲を減らし早く戦争を終わらせたい。そのために最善の方法がこれだと思ったので、ここへ参りました」
「その最善の方法とは……真正面から吾を殺す、という意味ですか?」
「そうであるとも、ないとも言えますね」
曖昧に答えると、セリは視線を外した。
エアツェーリング王国には後継者問題があることは、セリも当然知っている。
女王一人を倒すことに成功すれば、戦争などしていられず自然と瓦解していくだろう。
この方法ならば、ディエーティナ一人の命で戦争が終結するかもしれない。
セリが持っていた武器は短剣だけだが、その剣には強力な毒を塗っておいた。
もしも万が一、刃が王に届いていたら僅かな傷でもほぼ即死だっただろう。
ディエーティナを殺そう、という明確な意思があったのは事実だ。
「それにより戦争が終わるのなら、いつか妻になったかもしれない人物であろうと殺そう」という強い決意を持ち、自身を奮い立たせて来たが……やはりそう簡単にはいかなかった。
真正面から攻めて狙い通りに事が進むとはセリも思っていない。
あくまで、ディエーティナの殺害は、本命の案ではない。
「先ほども言いました通り、私はどちらが勝とうと構いませんし、犠牲を最小に抑えられれば、それが一番だと思っています」
そのためにセリが考えた結論はこれだった。
「私は、私の知る限りの母国の情報をこの国に提供します」
一度、大きく息を吸ってからセリは一気にまくし立てるように続けた。
「条件があるとすれば『双方共に被害が少なくなるようにして欲しい』ということですが、心優しい貴女ならばそこは問題がないだろうと私は判断しています。表向きは私が貴女を害そうとしたが失敗し、捕まった私が拷問の末に情報を流した、ということにしていただければ幸いです」
セリの必死な様子に、アムルとガイスは顔を見合わせた。
その言葉が本心なのか、アムルは魔法で探る。
魔力を解析すればある程度の感情などは読めるが、何を考えているのかまで分かる訳ではない。
過信するのも問題だが、少なくとも「双方の犠牲を減らしたい」という部分についてだけは、嘘ではないと判断してもいいだろう。
アムルはセリと直接会ったのはこれが初めてだが、どうやら愚直なまでに誠実な人物なようだ、という印象を受けた。
(暗殺に失敗したフリをした、亡命――正確には寝返り来たってことか。戦争を終わらせるためだけに)
スミア村を占拠していた者達も「表向きには負けたフリをして実際は降伏する」という意味では似たようなことをしている。
だが彼らの目的は、あくまで彼ら自身や家族の保全が目的だった。
あれ以来、抵抗しているわけではないが、積極的にこちらに協力しているわけでもない。
だが目の前の王子様は、敵国に協力してまで本気で戦争を終わらせようとしているようだ。
『おそらくですが、嘘ではなく本心のようです』
セリには気付かれないように、アムルはディエーティナに魔法で呼びかけた。
その報せを受けて、あえてディエーティナはセリに問いかける。
「その言葉や情報が真実であると、吾が信じると思いますか?」
事実、つい先ほどセリは対面に来たフリをして、ディエーティナを殺そうとしたばかりだ。
魔法で確証を得られていなければ「今度は寝返ったフリをして王を害そうとしている。あるいは間違った情報を流して不利な方へ誘導しようとしている」と疑われても仕方が無いだろう。
セリとしても、その感情は理解出来る。
だが言葉を証明する物など何もなく、ただ言葉を重ねる。
「疑われるのも当然だと思います。ですが何度でも言いますが、私はただ戦争を終わらせたいだけなのです!」
セリ自身も、戦場に赴いたことがある。
そこでは敵も味方も傷つき、血にまみれながら剣を振るい矢を射かけ、倒れた兵を他の兵が引きずっていた。
時には戦争をしなくてはならないことも理解は出来る。
特にエアツェーリングからしてみれば、身に掛かる火の粉を払おうとしているだけだ。
だがセリは父とは違い、戦争などというものを好きにはなれなかった。
「それでも信用出来ないのでしたら、名目上だけではなく本当に拷問を加えていただいても構いません! 私の身体を痛めつけて、それでも言葉が変わらなかったら信じていただけますか?」
セリは懇願するように必死に食い下がる。
元々、アムルから連絡を受けているためディエーティナは本気で疑っているわけではない。
セリの主張を聞いていたディエーティナは、しばらくすると口を開いた。
「分かりました。戦争を終結させたいという想いは吾も同じですし、ひとまずは手を結びましょう。特に拷問などもするつもりはありません」
セリにとってその言葉は予想外だったのか、一瞬だけ言われたことが理解出来ていないような顔をした。
時間を掛けてその意味を咀嚼すると、目を少し潤ませながら頭を下げた。
「ありがとうございます! 感謝してもしきれません」
そして、すぐに顔を上げたセリは、真っ直ぐにディエーティナの目を見て言った。
「早速で申し訳ありませんが……焦れた父は今まで以上の武力を持って、この国に攻め入ろうとしています。至急、対策を考えられた方がよろしいかと」




