11話 城に訪問者が来ました (3)
慌ただしくここを飛び出していったアムルだが、いまは城の入り口にいた。
アムルの隣に立っているのは、このアムル視点映像で何度か見たことある人だけど、俺は会ったことがないな。
その人と一緒に、困った様子の門番と来訪者をアムルは見ているようだ。
来訪者は三人いる。
雰囲気としては、後ろの一人が今回のメインの訪問者で、残り二人は護衛とかお供としてついて来ているように見える。
俺が見たことがあるのは、そのお供のうちの一人だけだった。
「あれって、この前国境都市にいた奴ですよね」
「え、ええ……。前にいる方はそうだと思いますが……」
アリアさんに確認してみると、なんか歯切れが悪かった。
「もしかして、他に知ってる人でも混ざってます……?」
「いえ、直接会ったことはないのですが……私の勘違いでなければ、あの後ろの方は隣国の……ノイリア王子のセリヌントゥユーフアレグ様だと思うのですが……」
ん? 王子?
ノイリアって……いま正に戦争中の?
いやそれ以前に、セリヌン……て?
「え、もう一回お名前聞いていいですか?」
「セリヌントゥユーフアレグ様、ですね」
まあそうなりますよね……とは口に出さなかったが、若干苦笑しながらアリアさんが答えてくれた。
「ええと……この国では三文字くらいの短い名前が普通だと思ってたんですが、お隣ではそういう名前が普通なんですか?」
「いえいえ、この大陸の北方地域では短めの名前が主流ですし、隣国でもうちより短い二音が一般的です。王子が生まれた時、お父上――いまのノイリア王が『古くさい名前ではなく、南方風の名前がいい』と周囲の反対を押し切ってこの名前になったそうです」
つまり、異世界版キラキラネームってことか……。
王子ご本人は、良く言えば真面目で親しみやすそうな雰囲気の人である。
悪く言えば、顔自体は悪くないのにパッとしない、あんまり"王子様"って感じのキラキラさはないタイプだ。
この世界の人にとってこの名前がどう聞こえてるかわからないけど、俺にとっては「何かご苦労様です……」とちょっと言いたくなった。
いや、それ以前にだ。
名前のインパクトがデカすぎてついそっちに突っ込んでしまったがそれより大事なことがある。
「つまり、敵国の王子様自らこの国に来たってことですよね?」
「私も肖像画を見たことがあるだけなので、ご本人かどうかは分かりかねますが……」
まあ、従者っぽい人を連れてるわけだから、それなりに偉い人……か、偉い人のフリをしている人なのはほぼ確実か。
「それにしても、この前俺を殺しに来た奴らもそうですが、何か普通に城まで来られてません?」
結界やらで侵入者の検知自体は出来ているみたいだが、そもそもここまで侵入されすぎじゃないかとちょっと思う。
「多分、国自体が大きくないから、というのも要因のひとつだと思います」
「ああ……なるほど」
薄々気がついてはいたが、この国は"国"と言いつつ、結構小さいみたいだ。
ノイリア側の国境に近いスミア村は団体さんが休憩込みで進んでも三時間くらいだし、反対側の国境都市ユノアも多くて三時間くらいで着く。
要するに、徒歩でも六時間前後で国の端から端まで移動出来るくらいの広さしかない。
体力がある奴が頑張れば一日で往復も出来るだろう。
とはいえ、この国は縦に長い長方形みたいな形をしてるから、東西は六時間程度で行けても南北はもう少し時間は掛かるだろうけど。
いま城の前にいる王子様っぽい人も朝方向こうの国境を出発すれば昼には着くってことになる。
団体さんはともかく、これくらいの少人数なら国境さえ突破しちゃえばここまで来るのも意外と簡単なのかもしれないな。
その王子様が何で真正面から堂々と直接少人数で敵国に来たのやら。
「もしかしてまた、俺を暗殺しに来たとかですかね?」
「だとしたら、もう少しこっそりと来ると思うですが……」
それもそうだよな。
前回は魔法か何かで姿を消してきたのに、今回は普通に門番に話しかけてるっぽいのも意味が分からない。
「念のため確認しておきますけど、最初からこの訪問の予定があったとかじゃないですよね」
「もちろんありません。いくら敵国と言っても、王子様の正式な来訪ならもっと事前に準備などをするのですが……」
相手の目的がさっぱり分からず、ううむ、とアリアさんと二人で首を傾げた。
傾げたところで、アムルからの連絡がない限り答えはさっぱり分からないけど。
いまのところアムルからの追加の連絡はないし、向こうの音声が送られてくるわけでもない。
結局、何かあった時にすぐに対応出来るよう映像を注意深く見ることしか出来なかった。
***
「どうぞ、こちらでお待ちください。私は王に報告してまいります」
テイトは恭しく言いながらノイリア王子を応接室に案内すると、すぐにその部屋を発った。
部屋にはノイリア王子と二人の従者、そして入り口付近にはアムルが立っている。
「急な訪問、申し訳ありません。ディエーティナ王への取り次ぎ感謝します」
ノイリア王子はアムルへも丁寧に対応し、軽く頭を下げた。
「セリヌントゥユーフアレグ様のご来訪とあれば、当然のことです」
「セリで構いません。皆もそう呼びます」
律儀にもきちんと名を呼んだアムルへノイリア王子は少し申し訳なさそうに答えた。
自身の名前が一般的ではないという自覚はあるのだろう。
「承知いたしました、セリ様。ただ、予定になかったので、王との対面まで時間は掛かるかもしれませんが――」
「構いません、いくらでも待ちます」
アムルの言葉に、セリは真っ直ぐに見据えながら答える。
魔法など使わなくとも、本気で何日でも待ち続けるつもりなのだろう、と察することが出来る。
『どうじゃ、王子は武器でも持っていそうか?』
入り口付近で王子達を見張りながら待っていると、テイトからアムルへ魔法で通信が入った。
取り澄ました顔をしたまま、アムルはテイトと通話をする。
『王子自身は魔法武器のようなものは持っていないようですね。持っていたとしても短剣程度かと。連れ合いの方も似たようなものです』
答えながら、アムルは来訪者達を観察した。
強い魔力を帯びた武器や呪符などは注意深く観察すれば所持しているかどうかわかる。
魔力を遮断する外套などを纏っていれば阻止出来るが、見たところそんな様子もない。
『念のため確認しておきますが、これはセリ王子ご本人なのでしょうか?』
『ああ間違いない。最後に見たのはかなり前じゃがな、その時と魔力の波長も変わっておらんよ』
今度はアムルの方がテイトに質問したが、すぐに肯定が返ってきた。
(わざわざ、王子本人が敵国に?)
アムルはあくまで表情を崩さなかったが、その行動の意図が読めず困惑した。
「ところで、今回はどのようなご用事ですか? 教えていただければ、王にお伝えしますが」
「すみませんが……いまはそれについて言えることはありません。あくまで直接お話が出来れば、と」
試しに直接質問してみたが、やはり正直に返答などなかった。
好意的に解釈するならば、停戦の申し入れか。
だが、状況を考えるならば、その可能性は限りなく低いだろう。
そもそも、そのような重要な内容ならば事前に連絡があってしかるべきだし、向こうが降伏を考えるような大きな変化も戦況にもそれ以外にもない。
王子と共の二人だけ、という少人数なのも不自然だ。
可能性として最も高いのは、セリ自身が周囲の反対を押し切り単身乗り込み、直接ディエーティナ王を害そうとしていることか。
だが、そうと分かっていても他国の王子を無下に扱うわけにもいかない。
仮にこのまま追い返した場合、それを理由に向こうの攻撃が激化する可能性もある。
万が一、本当に停戦の申し出だった場合、さらに国交がこじれることになる。
(……厄介だな)
あくまで表情は変えなかったが、突然起こった面倒な事態にアムルは頭を悩ませた。




