11話 城に訪問者が来ました (1)
「じゃ、じゃあ行きますよ」
「はい、いつでもどうぞ!」
俺がこの世界に来てからこの大陸の基準で一ヶ月……つまり52日目。
「んっ、くぅうっ……!」
「あと少し、あともう少しです……!!」
「ふごぉっ!!」
俺は腕立て伏せをしていた。
「ぐ……はぁっ!!」
「お疲れ様です!!」
「ふごっ!」
さすがに力尽きて、マット代わりのシーツを敷いた床に俺は倒れ込んだ。
メイドのアリアさんと猪のイノリは、頑張った俺を褒めたたえるように歓声を上げてくれた。
こんな風に応援されると悪い気はしない。
……膝ついた状態じゃない、普通の腕立て伏せが10回出来るようになっただけなんだけど。
人柱はじめる前だったら一回も出来なかったわけだから、大きな進歩ではある。
引きこもり生活を始めてからの方が筋力体力が増えるってどういうこっちゃ、とは思うが、嬉しいことは嬉しい。
それに、なんだかんだで必死に身体を動かしていると余計なことを考えずに済む。
あれから何日も経ったわけで、いつまでも引き摺っているわけにもいかない。
それはそれ、これはこれとして、頭を切り替えることは大切だ。
そう思うのに、ふとした瞬間にサクファのことやその死に様を思い出してしまう。
身もふたもない言い方をすれば、サクファが死んだ原因は"戦争中だから"だ。
そして、その戦争は今も終わっていない。
戦争の最前線では今も誰かが戦ってて、サクファと同じように誰かが命を落としているのかもしれない。
そう考えると、気分は沈む。
"あの時死んだのが誰か"とか関係なく、単純にあの光景は見ていて気持ちのいいものではなかった。
思い出す度に、何度でも嫌な気分になる。
嫌な気分になる……はずなんだが、日が経つにつれて精神的なダメージが少しずつ減っていってることも薄々感じていた。
単純に時間が経ったからあの不快感が軽減されたのか、それとも何度も思い出すうちに少しずつ慣れていってしまったのか。
(……どっちにしろ、嫌だな)
それならせめて、戦争がすぐに終わってくれればいいが、そんな気配は今のところない。
俺がこの国に来て一ヶ月経ってるんだが……俺の人柱パワーでもすぐに戦争が終わらせられるわけでもなさそうだ。
ただ引きこもって筋トレしてるだけの俺が言うのもなんだが、もっとこう……俺がマジなチート能力の持ち主で、戦場に降臨するだけで戦争が終わるような存在だったら良かったんだけどな。
(いや、何考えてるんだ、俺)
考えていたことがおかしな方向に向かい、自分で自分につっこんだ。
目的自体は"戦争が終わって欲しい"だから良いこと言ってると思うんだが、"降臨すると戦争が終わる"ってさすがに中二病がひどすぎるだろう。
せめて、もうちょっと現実的な案を……とはいえ、俺が出来ることと言えば引き込もって魔力提供することだけだし。
結局のところ、何度考えても"現状維持"以外の結論にならなかった。
「お疲れ様です、マモルさま。お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございますー」
中二な妄想は置いといて、アリアさんが冷蔵庫(代わりの冷気が出る魔石入りの箱)から冷たい麦茶を出してくれた。
この人柱部屋はほとんど温度が変わらないが、窓(っぽい映像)を見る限り外は夏真っ盛りだ。
強い日差しと木陰を見ていると、冷えたお茶がよりおいしく感じられる。
この国ではお茶を冷やして飲む習慣はない――というか、麦自体は存在しても麦茶を作るっていう習慣すらなかったみたいだけど、俺の要望で作ってもらった。
室温は大して高くはないが、運動した直後で火照った身体に冷たい麦茶が染み渡っていく。
(やっぱり夏と言えば麦茶だよな~)
ベッドの端に座り窓の外でも見ながら、のんびり麦茶を飲む。
こんな引きこもり生活もなかなか快適だ。
いっそ、このまま昼寝でもしようかなーとか思いながらまったりしていると、部屋の出入り口が開いた。
「よう、元気にやってるか」
「おー。のんびりやってる」
片手に本を持ち、もう片方の手を軽く上げながら、最早見慣れた顔が長めのイケメンが現れた。
「なんだ、アムル。今日も本持ってきてくれたのか」
「ああ。数は増えて来たが、読み飽きたら悪いかと思ってな」
この部屋に来たばかりの頃はベッド以外の家具はなかったが、今は色々と増えている。
その中でも特に多いのが、本棚とそこに収められた本だ。
読書は嫌いじゃないし、暇つぶしにもってこいだから本を持ってきてもらうのはありがたいんだが……さすがに量が増えてきたな。
小さめな図書室くらいにはもうなってる気がする。
「持ってきてもらえるのはありがたいけど、さすがに読み飽きるって量じゃないぞ」
「そうか? もし、読まなくて邪魔な本があるっていうなら、持って帰るが……」
「いや、順番に読むからいい」
戦争が終わったら、俺もお役御免ってことでこの部屋を出るかもしれないが、今のところそんな目途は立ってない。
それこそ、降臨するだけで戦争が終わるような存在にでもならない限り、まだこの部屋で引きこもり続けることになる。
本ならいくらあっても問題ないだろう。
これだけ読まないといけない……みたいなノルマもないから、読む時間がなくてもとりあえず棚に置いておけばいいし。
そんなことを考えながら、持ってきてもらった本を受け取ろうと手を伸ばした時だった。
「ん……? なんだ、この反応は」
アムルは険しい顔で明後日の方を見た。




