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10話 妹ちゃんを奪還しました(アムル達が) (1)

 もう一人の賊が放った魔力の矢を防いだ後、アムルは都市内の魔力を探っていた。


 賊である茶髪の男と黒髪の男は、おそらくノイリア王国のリン・オルカナとリン・セレオンだろう。


 エアツェーリング王国において人名は主に三音だが、ノイリア王国では二音であることが多い。

 さらに男性の名前として使われやすいものとなると数が限られるため、名前が他者と被ることも珍しくはなかった。


 その二人が都市から遠ざかっているのを確認するのと同時に、宿にいた黒い服のもう一人の男についても探る。


(こいつは……探すのは難しいな)


 つい先ほどまで戦闘していたリン・オルカナとしばらく尾行されていたリン・セレオンの二人と比べ、宿でちらりと見ただけの男の魔力は完全には把握していないのは事実だ。


 それでも、相手が魔力を扱うのに慣れていない人間ならば、居場所をある程度特定することはアムルには可能だ。

 人柱の魔力が満ちているこの国の中ならば、さらに難易度が下がっている。


(都市から離れているのは間違いなさそうだが……)


 ううむ、とアムルは軽く唸った。

 マモルがこの国に来てからというもの、ここまで魔力を探るのに苦労したことはない。


 魔法使いとして軍に入ってから初めて、と表現してもいいだろう。


(少なくとも、気配を消す技術は二人のリンよりも上だな)


 この男はただ魔力を消すのではなく、上手く周囲に溶け込ませている。

 よくよく注意して探らないとそこに"誰か"がいるということにすら気づけなそうだ。


(世の中には、いろんな奴がいるもんだな)


 アムルが感心していると、後ろから声がかけられた。


「どうやら戦闘は終わったようですね」


 周囲を探っていたアムルは話しかけれらる前からその声の主がわかっていたが、いま気がついたかのように反応し微笑んだ。


「ケスト殿、この包囲はあなたの指示ですね。助かりました、感謝します」


 この都市に来た時に副官であるケストには協力を頼んだが、それは主に「民間人を避難させること」だ。

 「敵の包囲」などの直接的な支援は依頼していない。


「莫大な報酬を約束していただいきましたからね。この程度ならば問題ありません」


 ケストの方は気難しい顔のままだったが、よく観察すると微かに苦笑しているようにも見えた。


「ひとまず、大した被害はなかったようで良かったです」


 そう言いながら、ケストは周囲を見渡した。


 広場へ繋がる小路のひとつでは先ほどまでアムルが戦闘していたのだが、建物などには大した傷もなく被害らしい被害はない。

 元々人通りの少ない場所を選んで逃げてきた上に早めに都市の人々を避難させたため、人々にも危害は加えられていない。


 いま布を被せられようとしている一人を除いて。


「……そうですね」


 小路に漂う血の匂いを感じながら、ぽつりとアムルは答えた。


 この場はケストに任せて去ろうかと考え始めた時、また別の人物にアムルは声をかけられた。


「すみません、アムルさま! 逃げられました」

「いや、問題ない。お勤めご苦労様」


 駆け寄るようにして報告したのは、アムルが共として連れて来た男――アリアの夫である兵士だった。


 ここ数日アムルを尾行していたリン・セレオンを引き付けておくため、少し前まで魔法で作ったニセのアムルと共に広場と離れた場所に待機していた。


 だが、アムルが宿に侵入して少しした後、リン・セレオンは本物のアムルを追うためその場を離れた。

 その後をすぐに追ったのだが、魔法使いでもない彼には追いつくことが出来ず、広場に辿り着いた際には全てが終わっていた。


 その概要をアムルに報告しようと口を開いたところで、その後ろで運ばれようとしている血塗れのものがあることに気が付いた。


「……七つ星の加護があらんことを」


 胸に手を当てそう言うと、軽く礼をした。



***



「大丈夫ですか? マモルさま」

「大丈夫、大丈夫です。はい。うん」


 いや大丈夫じゃない。

 アリアさんに心配されるくらいには俺は相当アレな顔色をしているんだろう。

 イノリも俺の様子が気になるのか、こっちを見上げている。


 ひとまず落ち着くために、ふーと長く息を吐く。


 大丈夫だ、うん。大丈夫。


「大丈夫なので気にしないでください」

「そう言われましても、気になってしまいますが……」


 俺が出来るだけ明るく声をかけても、アリアさんは心配そうだしイノリはきゅう、と鼻を鳴らした。


「……そうやって心配されると、よけい意識しちゃうんで、本当に大丈夫です」

「わかりました。でも本当に無理そうでしたら遠慮なく言ってくださいね」

「ふごっ!」


 優しく微笑んでくれるアリアさんもイノリも心強いけど……なんで、そんなにいつも通りでいれるんだろう、ともちょっと思ってしまう。


 いま、ひとが一人死んだリアルな映像を見せられたばかりなのに。



 部屋に浮いているアムル視点映像は、何があったのか映し出してくれた。


 概要を簡単に説明するなら「茶髪男がアムルを追ってきたが上手く凌ぐことが出来て、今回の目的である"妹ちゃんの奪還"は成功した」だ。

 こうやって表現すると、何も問題ないように思える。


 だが実際は、妹を守るために一人の男の命が失われた。

 その情景も、映像は鮮明に映し出してくれた。


 サクファは妹を守るため、襲撃者である男にしがみついた。


 だが、そのサクファにナイフが突き立てられ、すぐに抜かれ、同時に血が噴き出し、崩れ落ちた。


 その時点ではまだ命はあったみたいで、アムルが駆け寄ると軽く手を上げて小さく口を動かしていた。

 音はなかったから何を言ってたかはわからないけど、どうせ「い、妹は無事か!?」とかそんな感じだろう。


 そして、すぐに血を吐いて力なく目を閉じた。


 一部始終は今でも脳裏に焼き付いている。


 上げていた手が落ちる様も、表情も、しっかりと映し出されていた。

 リアルすぎる映像は、その場にいるわけでもないのに血の匂いが鼻先を掠めたように思えるほどだ。


 その後、アムルはすぐに敵に斬りかかった。

 映像越しだと、目の前で仲間が一人死んだのに気にもとめてなかったようにも見える。



 この光景はアムル自身が見ているもののはずだが、アムルは何も思わなかったんだろうか。

 アムル視点の映像では、アムル自身の表情はわからなかった。


 いまは戦時中でアムルも軍人だから、この程度は日常茶飯事なんだろうか。

 そういや、スミア村でもあっさり人を殺してたしな。


 あの瞬間「もしかしたら気絶しただけでまだ生きてるのかも」なんてちょっと考えたが、今の状況を見るとそんなこともなさそうだ。


 ただの"遺体"になったサクファは布をかけられた状態で、どこかへ"片付け"られていく。


「……すみません、やっぱりちょっと休ませてください」

「ええ、また何かありましたら連絡しますから、ゆっくり休んでください」


 俺はふらふらとベッドへと倒れ込む。


 アリアさんはそれ以上なにも言わないでくれた。

 イノリはまだ気になるようで少しウロウロしてたけど、俺の反応がないのがわかるといつもの寝床へと戻った。



 俺はうつ伏せのまま、また深呼吸して色々と考える。



 実際のところ、俺はサクファに毒を盛られて殺されかけたわけで。

 もしアムルが駆け付けるのが遅かったらマジで死んでたわけで。


 だから、アイツ自身に思い入れなんかないはずだ。

 さすがに「ざまぁ」とまではいかなくとも、家族でも友達でもない、むしろ自分を殺そうとした奴なんかに同情する必要はないはずだ。


 そう自分に言い聞かせようとする。


 だが、アイツはついさっきまで喋ったり動いたりしてて、まともな会話なんかしたことはなくても、しばらく俺の世話をしてくれた人でもあるわけで。


 そんな奴が、たった一撃で命を奪われたことがにわかには信じられない。


 ついさっきまで走ってた奴が、もう二度と動かない、とか。



 俺の母さんの死に顔は血に塗れてなんかいなかったが、それでも何故か母さんのことを思い出してしまう。

 触ったこともないサクファの手の冷たさまで伝わってくるような心地だ。


 

 最期の情景をまた鮮明に思い出してしまって、ぶるりと頭を振る。



 戦時中なんだし、これくらいはよくあることなんだろう。


 妹を人質にされていたとはいえ、この国にとってはあいつはただの裏切り者なのかもしれない。

 そいつ一人の命で国民が一人救われたなら、十分なのかもしれない。



 それでも、俺の気分は晴れなかった。

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