9話 茶髪男と戦いました(アムル達が) (5)
今にも死にそうな男が手を伸ばし「い、妹は無事か?」みたいなことを聞いて、それに対して「ああ、無事だ。だからしっかりしろ!!」的なことを答えて、その後「ああ、良かった……ぐふっ」ってなって、手がぱたりと落ちる。
あとはその死んだ奴の名前でも仲間が叫ぶ。
こんな流れをテレビドラマあたりで見ていたら「今時ベタすぎ」とか言って、俺は笑っていたかもしれない。
だが映像越しとはいえ、そんな有様を現実に見てしまったら、とても笑えそうになかった。
***
「そこのお前! 今すぐ投降しろ!!」
突然、広場へ繋がる路地にアムルのものでもリン・オルカナのものでもない声が響いた。
リンが声をした方へと振り返れば、そこにはこの都市の兵であろう武装した人間が立っていた。
それも一人だけではない。
正確な人数はわからないが、後ろにもまだ何人か控えているようだ。
「……そら!」
「ちっ……!」
暢気に後ろを見ていれば、前からはサクファの血で汚れたアムルがまた容赦なく斬り込んでくる。
飛び退いたことで攻撃自体は回避したが、後ろの兵との距離は縮んでしまった。
そのアムルの後ろ――広場の辺りにも兵たちが控えている。
戦いに集中しすぎて気が付いていなかったが、どうやら包囲されてしまったようだ。
アムル自身はそのことにまるで驚いていない様子だ。
おそらく、事前にこの包囲を要請でもしていたかのだろう。
(……くそ、"人柱のいる他国で戦う"ってことをもう少し考慮に入れるべきだったか)
これがノイリア王国内であったり人柱の存在しない第三国での戦いであったなら、この人数が集まっていることは戦闘中でも気が付くことが出来ただろう。
だがこの都市にも人柱の魔力が満ちているせいで、目印もつけていない周囲の人間の魔力を探るのは難しい。
例えるなら、濃霧の中遠くにいる人間を目で見ようとしたり、濁流の中から川底の石を探すようなものだ。
それでも集中すればおおよその人数などは分かるが、戦いながらの片手間では難しいということが今になって判明してしまった。
(形勢逆転……いや、最初からこっちの方が分が悪かったのか)
今となっては大隊長の首など放っておけばいい。
それよりも撤退することが最優先だ。
(とはいえ、そう簡単にもいかないぞ)
包囲している者たち一人ひとりはそれほど強くなさそうだ。
一対一で戦えば勝てるだろう。
だが、数が多すぎる。
いくら同じ条件で戦えば簡単に勝てる相手だろうと、この数の武装した人間を相手にするのは厄介だ。
エアツェーリングの城に忍び込んだ時のように魔力嵐を起こそうにも、今の魔力量ではここにいる人間全員を包み込むような広い範囲で起こすことは不可能だ。
そもそも、それを魔法部隊の大隊長殿がさせてくれるとも思えない。
(……となると、方法はひとつしかないか)
リン・オルカナはアムルの背後、包囲している男達のさらに後ろを見た。
この都市では、目印をつけているわけでもない多くの人々を遠くから察知するのは不可能だ。
しかし、ひとりだけ。リン・オルカナにはこの状況下でも居場所が手に取るようにわかる人物がひとりだけいた。
***
(この、気配は……)
アムルは振り返った。
目の前のリン・オルカナがそちらを見ていたからではない。
その先で、魔法が使われる前兆のようなものが起きたからだ。
同時に、手に持った剣を上へと振りかざす。
ユノアの兵にしてみれば、アムルの行動は一見すると理解が出来なかった。
だが、意図を察したリン・オルカナは足へと魔力を集中させる。
「貴様、何を……」
不審な動きを見せた男に、先ほどリンに向かって叫んだ男がまた声を荒げた。
そのまま取り押さえようとする男よりも先に、リンは跳躍する。
二人のやり取りとは離れた場所で、アムルの剣は大きく弧を描くように振り下ろされ地面に触れた。
その直後、爆発音のようなものが鳴った。
「うわぁあっ!?」
「な、なんだ?」
「敵襲だ! 市民が無事か確認しろ!!」
「おい、アイツがいないぞ!?」
突然の音に兵の何人かが戸惑ったように声を上げた。
予想外の出来事に包囲網の一部が混乱したように見えたが、魔法を使える兵の一人が声を上げた。
「落ち着いてください! 音だけですし、矢は全て防げています!」
その兵も"矢がどこから放たれたか"まではわからなかったが、おおよその状況は理解していた。
まず、アムルが防御結界らしきものを張るため剣を振った。
その隙に賊は壁を駆けるようにして建物の屋根まで一気に上った。
包囲網も屋根にまでは張られていなかったため、そのまま屋根から屋根へと飛び移りここから離れた。
向かった先はもう一人の賊のところだろう。
その"もう一人の賊"はどこからか矢のように変化させた魔力を放ってきた。
その矢は、魔法を操ることが出来る者以外には認識することが出来ない。
魔法に詳しくない者からすれば、無色透明な矢を使用しているとか思えないだろう。
しかし、あくまで見えないだけで、物理的な攻撃力がない訳ではない。
射られれば怪我もするし、そこにある物を破壊することも出来る。
魔法の使い手の腕によっては、通常の弓矢よりも殺傷力があり、より遠くから放つことも可能だ。
だからこそ、"どの方角から放たれたか"くらいは分かるが"どれほど離れた場所から放たれたか"が予想もつかなかった。
少なくとも、普通の弓矢が届く範囲にはいない。
アムルには賊がどこにいるのか、何をしようとしているのか、事前に察知出来たのだろう。
だからこそ、矢が放たれる前に結界を張るため剣を振るった。
結界は矢が届く前に張ることに成功したが、その矢は破壊力よりも音に重点を置いたものだったようだ。
ただの矢ならば起きないような爆発音が、結界に触れた瞬間に起きた。
その音に兵の一部は驚いていたが、あくまで音だけで殺傷力はない。
つまり、矢も音もあくまで囮だ。
矢の魔法に対処するため防御結界を張った時点で、リン・オルカナは瞬時に速度を最高まで上げ結界の外まで逃げ切っている。
「あっちの、矢の方がリン・セレオン殿かな」
アムルは矢の放たれた方向を見ながら、ぽつりと言った。




