1話 異世界に拉致されました (6)
漫画や小説みたいに異世界に行ってみたいと少しでも思ったことがあるか。
答えはYESだ。
では、いきなり拉致られてここが異世界だと言われて信じられるか。
答えはNOだ。
しかもそれに加えて、コイツは俺の魔力を借りたと言い出す。
魔力を? 借りた?
それも俺から???
そう言われて、はいそうですか、と信じるのは難しい。
難しいが、コイツは冗談を言っている様子ではなく真剣な表情で――じゃない、なんかにやにや笑ってる。
なんか腹立つ。
やっぱり、ここが異世界ってところから嘘なんじゃないか?
「まあ聞け」
「何を」
俺が胡散臭いと思っているのが伝わったのか、そいつは取り繕い出した。
ちょっとだけ真面目な表情になる。
「魔力の渡し方だよ」
魔力なあ……魔法とか魔力って時点でもう怪しすぎる。
だがまあ、それらしきものを目の当たりにしたのは事実だ。
それに、魔法(仮)が存在する前提じゃないと、いつまでたっても話が進まない。
多少……いや、多分に投げやりになりながら、とりあえず聞き返した。
「どうやるって?」
「相手に触るんだ。素肌にな」
ああ、それで手を握ったのか。
いやだがしかし。
「手以外じゃダメなのか?」
「いや、素肌ならどこでもいい」
えー。それなら手以外がいいな。
手だとなんか仲良し感が出て、ホモっぽさが上がる気がするんだが。
「顔面、首、服をめくって腹、胸、靴を脱がせて足、とかでよければ、だが」
おうふ……やめてください。
「やめてください」
「やっぱり手だよな」
そう言ってソイツは笑った。
コイツをあえて跪かせて足に触らせるのもちょっと楽しそうだとは思ったけど、魔法を使うためだけに靴を脱がされるのもなんかアホらしい。
そういや俺、さっきまで寝てたのに靴履いてたんだなーとか、思考を別のところに逸らせることにする。
「素肌に触るだけで魔力が自由に移せるってわけじゃないが……まあ、受けとる側と送る側、どっちかが魔力の扱い方をわかってれば大丈夫だ」
何か説明になってない気がするけど、まあそれでいいことにしておく。
面倒だから。
「さて、魔法の説明が軽く済んだところで、本題に入っていいか?」
今度こそ本当に真面目な顔をする。
本当だよな? 今度こそ。
「本題って?」
「何故、俺がお前をここに連れてきたのか、だよ」
おお、それは本当に本題だ。
「頼む」
俺はごくりと息を飲む。
猪すら静かで、固唾を飲んで見守っているように見えた。
見えただけかもしれないけど。
「一言で表現するなら、俺たちを助けてほしい」
「うん」
「それで、その詳しい内容は後でする」
うん?
これは本題を話した内に入るのか……?
「正確には――オレの上司に当たる人が直接説明して、頼み事をしようと思っているんだ」
「はあ、そっすか」
「オレはただの使いっぱしりだな」
恰好を見る限り、コイツは騎士っぽい感じなんだが……使いっぱしりってことはそうでもないのか?
剣も飾りとか言ってたし、ただの見掛け倒しか。
いやでも上位魔法とかも使っちゃうんだろ?
この異世界(仮)の魔法の仕組みとか全くわからないが、上位魔法も使えるなら上位魔法使いってことじゃないのか。
正直、わからないことだらけだ。
色々と説明してもらえるなら、さっさと説明して欲しい。
「で、その上司ってのはどこに居るんだ?」
「ここにはいない」
どうしろと。
「実際のところ、本当はここへ来るつもりはなかったんだ」
「本当は?」
「空間を渡る魔法は色々と難しくてな……お前の世界に行ったっきり、目的の場所とはあさっての方向に帰ってきた」
ダメじゃねえか。
やっぱり魔法は下手なのか?
それとも、本当に本気で難しい魔法なのか。
「それは予想の範疇内だったから、その人には最初から別の場所で待ってもらっている」
それはいいとして、目的の場所とは違う森だか山だかに帰ってきたってことは……それはもう迷子なのでは?
「ここがどこか、とかはわかってるのか?」
まさか目的地まで遠いんじゃ……。
「ああ、問題ない。むしろ帰る予定だったところより、上司のいるところに近いな」
さいですか。
俺の方にはまだ気になることがあるけどな。
「そんなワケわからん人に会う気もないし、元の世界に戻してくれ。……って言ったらどうする?」
この質問は、正直ただの興味本位だ。
本音を言うなら、元の世界に大した未練もない。
そして「協力しないなら、ここでさよならだな」とか言われて放置されたら、こんなモンスターの出る森で生き残れる自身はまっっったくない。
もう異世界でもなんでもいいから、とりあえず成り行きにまかせるか。と思い始めてるってのが正直なところだ。
この男も、まだ善人か悪人かよくわからないが……どっちでもいいか。
あんまり変な死に方は嫌だけど、元々生きる気力もほぼなかったし。
死ぬなら死ぬでそれまでだ。
とはいえ、本当に森に放置されたらどうしよう……なんて思いながらも次の言葉を待った。
「……空間を渡る時、位置や時間を正確に指定するのは難しい」
「というと?」
「元の場所に戻してやりたいのはやまやまだが、違う時代、違う場所に出る可能性は高い。最悪、人間が住めないような場所に出るだろう」
それをわかってて俺をここに連れてきたとしたら、悪質じゃないか?
「詫びも含め説明は後できっちりする。オレの上司からも、オレからも」
今度こそは笑ったりしない、真剣な表情で言う。
「仮に、説明を聞いて協力できないと思ったなら……元の生活には戻してやれないが、ここで充分な生活が出来るよう手配するつもりだ」
「はあ」
「こちらの都合を押し付けているだけなのはわかっている」
「うん」
「自分本位なのは百も承知だ」
「はい」
「でもどうか、話だけでも聞いてください!!」
そんなことを言いながら、そいつは勢いよく頭を下げた。
俺より年上っぽいソイツに、急に敬語を使われ頭を下げられ、心の底からビビった。
しかもここで断ったら、さらに深く頭を下げられ土下座すらしかねない勢いだ。
それだけ、コイツの「頼み事」が重要なんだろうな、っていうのは雰囲気で伝わってくる。
安請け合いしたらいけないことなんだろう。
でもまあ、軽いノリで決めた方針とはいえ、俺の結論は既に決まっていた。
成り行きにまかせる。
「敬語とかいいし、頭も下げるなよ」
「だが……」
俺の答えがどちらなのか、不安そうな声だ。
「別に話を聞くくらいなら構わないぞ。ただ……」
「ただ、なんだ!? 出来ることなら何でもするぞ!!」
いま何でもするって――じゃない。
ふざけてる場合じゃない。
「いや、そうじゃなくて……。お前、名前なんだよ……お前とかコイツじゃ呼びづらいんだけど……」
コイツとはしばらく一緒に過ごすことになりそうだし、仮に頼み事を断るとしても、まあ名前くらい知っててもいいだろう。
それくらいの気持ちで聞いたんだが、コイツには意外だったみたいだ。
一瞬、キョトンとした顔をして、そしてすぐに笑顔になった。
その笑顔を見て、
(イケメンってのはお得だなあ……)
とか思ったのはコイツには秘密だ。
「オレはアムルだ。アムル・リーガイズ」
「俺は佐藤守。一応言っとくが、守が名前で、佐藤が苗字な」
「そうか、ありがとうな、マモル!!」
そう言って、コイツは――アムルは、手を差しだした。
これは魔法を発動させるため、とかじゃなさそうだな。
ただの握手か。
少し迷いながらも、俺はその手を取った。
「よろしくな、マモル!!」
アムルは高らかに宣言すると、俺の手を握り返した。