9話 茶髪男と戦いました(アムル達が) (3)
「――っ!!」
突如、背後で破裂音が聞こえ、リン・オルカナは反射的に振り返った。
裏切り者のサクファには肩に触れた際に目印をつけておいたため、正確に位置を把握している。
破裂音がした場所は、そのサクファの位置からは少しずれていた。
(魔法か? まさか、火器や飛び道具の類か?)
この大陸の北方地域ではまだお目にかかったことはないが、"鉄砲"や"銃"と呼ばれる物が南の帝国では使われている。
それはサクファのような魔法が使えない者でも比較的安易に使える強力な武器らしい。
帝国が戦争で一気に強くなった要因のひとつがそれだと言われているが、帝国側も軍事機密として秘匿しているため詳細はよくわかっていない。
わかっているのは"使用時は破裂音がする"、"距離がある程度あっても攻撃が届く"などの断片的な情報のみだ。
エアツェーリング王国がどこかでその銃を手に入れ、技術を既に解析していたら?
似たような物を魔法で再現していたら?
"この北方地域に銃は存在しない"という前提で思考を進めるのは危険だ。
万が一、未知の技術を既に獲得しているとしたら、"発砲音とサクファの場所がずれている"などという事実に大した意味はない。
そう考え、リンは急いで背後を確認する。
リンの視界に映ったのは、必死な様子で駆けてくるサクファと、何かがキラキラと光を反射しながら飛び散る様だった。
(あれは……魔石のかけら、か?)
***
時は少し戻る。
「こ、これホントに大丈夫ですかね?」
「そうですねぇ……」
映像を見ながら、俺はハラハラしつつアリアさんに話しかけた。
いつも「きっと大丈夫ですよ、信じましょう!」とポジティブな返事をくれるアリアさんも今回は難しそうな顔をしている。
鷹もどきの脚に括り付けた魔石の映像の方は、屋根の上からアムル達を見下ろしているが角度的にどうなっているのかわかりづらい。
アムル視点映像の光景は、なんか茶髪男がやたらすごいスピードでアムルに斬りかかっては離れて……を繰り返しているみたいだが、正直なところ速すぎて俺には何が何だかわからん状態だ。
「今は全て対処出来ていますが、これがずっと続けば心配ですね」
ううん、と唸りながら、アリアさんが簡単に解説してくれた。
アリアさん自身、腰に剣をぶらさげてるし結構強いらしいから、現状がしっかりわかってるみたいだな。
「なんかこう、どうにかなったりしないですかね?」
「ええと……何かきっかけがあればどうにかなるかもしれません」
「きっかけ、ですか」
「はい。他の誰かが後ろから不意打ちをするとか、何らかの隙が出来れば、一気に形勢は変わると思います」
"何らかの隙"ねえ……。
「それって……背後から大きな音がする、とかでもアリですかね」
「ええ、それなら有効だと思います」
俺も大きい音とか得意な方じゃないから、予想外のところで突然音がしたらビクッてなるタイプだ。
というか、大抵の奴がなるだろうな。
突然、予想してなかったところから音がしたら。
「……ちょっと提案があるんですけど、今アムルに話しかけたらマズイですかね」
言いながら、俺は二つの石を手に取った。
俺が何をしようとしているのか気づいたのか、アリアさんはパっと顔を輝かせた。
「マズイかどうかはわかりませんが、作戦としては良い案だと思います。連絡してみてはいかがでしょう」
俺が今もっている二つの魔石の内の片方は、アムルと通信するためのものだ。
そしてもうひとつは、いざという時に鷹もどきに括り付けた魔石を爆破するためのものだ。
この場合の"いざという時"は"敵の手に魔石が渡りそうな時"だったんだがが、今みたいな状況でも役に立つ……だろう。
攻撃力があるのかどうかまでは聞いてないが、爆発するってことは音もするはずだ。多分。きっと。
上手く成功したら、現状を打開するためのきっかけになるかもしれないが、横から話しかけたら今まさに真剣に相手と戦ってるところを邪魔しないか心配でもある。
アリアさんの言い方からして余裕があるって感じでもなさそうだし。
かといって、予告なしで勝手に爆破してもアムルにも迷惑になるかもしれないし、連絡は入れた方がいいよな。
そうは思うんだが、やっぱりドキドキもする。
(ええい、ままよ!)
思い切って、通信用の魔石を手に取ってアムルに呼び掛ける。
『鷹もどきに付いてる魔石を爆破しようかと思ってるんだけど、どう思う?』
緊張しつつ待っていると、あっさり返答が来た。
『――いいな、それ。タイミングはこっちで合図するから、頼んだぞ』
あ、やっぱり、タイミングとかは計った方がよかったんですね。
聞いておいて良かった。
通信することによって油断してしまい……なんてこともなかったみたいで、アムルも妹ちゃんもとりあえず無事っぽい。
話をするだけとはいえ、ひとつ仕事を終えてちょっぴり胸を撫で下ろしていると、屋根の上にいた鷹もどきは移動を始めた。
茶髪男と戦うのはキツいのかと思っていたけど、とりあえず俺と通信魔法で話したり鷹もどきを移動させるくらいは出来るみたいだな。
その鷹もどきは、茶髪男の後ろの数メートル離れた辺りに降り立つ。
(見つかったりしないよな……)
さっきとはまた違った意味でドキドキしたが、幸い茶髪男はアムルに集中していて、鷹もどきには気が付いていないみたいだ。
さて、一体どんなタイミングで発動させるのか。
映像を睨みつけながら待っていると、サクファが角を曲がって現れた。
それとほぼ同時に、アムルからの声が届く。
『今だ!!』
声が聞こえた瞬間、俺は手に持った魔石をぎゅっと握り込んだ。
その直後、狙い通り茶髪男の後方で映像転送用の魔石は破裂する。
魔法で作られた鷹もどきはその衝撃で消え、砕けた魔石はキラキラと光を反射しながら舞い散った。
リアルな歴史を考えると、ガス灯があるのに銃はない(珍しい)のはおかしいかもしれませんが、この大陸では「元々魔法の方を重視していて科学技術は進歩していなかったが、南の帝国が現代の技術を持ち込んだため、現代の技術も古い技術も時代が混ざっている」という設定のつもりです。
 




