9話 茶髪男と戦いました(アムル達が) (2)
キンッ――と金属同士がぶつかる澄んだ音が響いた。
「きゃっ!?」
直後にヒロネの短い悲鳴が上がる。
ヒロネの目の前で、茶髪の男が持つ短剣とアムルの持つ剣が重なり合っていた。
すぐに茶髪の男は短剣を引き、また別の方向に跳躍した。
(速いな)
その動きはアムルの目で追いきれないほどではない。
魔法で動体視力や知覚能力を上げれば視認することは出来る。
だが、今まで直接剣を交えたことのある敵の誰よりも速いことは間違いない。
一度だけならばこうして攻撃を凌ぐことも出来るが、何度も刃を交えても全て防ぎきれるとは言い切れない。
(もう少し、魔法の強度を上げておくか)
自身に掛けていた身体強化の魔法に注ぐ魔力を増やし、アムルは次の一撃を防いだ。
アムル自身はともかく、ただの一般人であるヒロネには攻撃を当てさせるわけにはいかない。
非力な彼女ならば、一度でも文字通りの致命傷になってしまう。
男は自身の武器がその速度だという自覚があるのか、縦横に駆け巡りアムルを惑わそうとする。
ただ前に突進するだけではなく、横へ跳び壁を蹴り、上へ跳んだかと思えば下へ潜り込み、屈んだまま低い位置で攻撃を繰り出す。
(やはり、少し前に城に潜入したのはコイツか)
攻撃を剣で受け流しながら、アムルは動きを観察した。
魔法で速度を向上させ、相手を惑わし緩急をつけながら攻撃する。
その戦い方は、ガイスとギルグに聞いていたもの同じだ。
単純に速度を上げるだけならば、単に費やす魔力を上げればいいだけだ。
だが、その速度のまま壁に激突することもなく自在に方向転換し狙った場所に攻撃する、というのは見た目以上に難しい。
エアツェーリングにも、これほど巧みに魔法を操ることが出来る者は多くはない。
大隊長などを除けば、一対一で戦っても勝てる者は僅かだろう。
「はっ!」
「ちっ……」
男の短剣がアムルの首を狙うが、それをアムルは自身の剣で振り払った。
攻撃は主にヒロネに対して繰り出されているが、数回に一度程度の割合でアムル自身の命も狙いに来ている。
男にしてみれば「このまま人質を逃す訳にはいかないが、大隊長であるアムルの首を取れれば十分」といったところだろう。
ヒロネに対するものよりも強い殺意を持ってアムルにも攻撃を加えようとしている。
だがそれゆえに、アムルに対する攻撃は読みやすかった。
他よりも力が強く込められたものは軽く受け流し、ヒロネに危害を加えようとする刃を防ぐことに集中する。
(とはいえ、油断すればオレも無傷とはいかないか)
仮にアムル自身がそのまま攻撃を受けても、一度ならば致命傷にはならないだろう。
しかし、この素早い敵が相手では、ほんの少し反応が遅れるだけでヒロネを守りきることは出来ない。
傷自体は浅くとも、負傷した時点で今回の作戦が失敗する可能性は高くなる。
(一般人を守りきって、オレも攻撃を受けずに、転送魔法を発動させる、か……)
この大陸でも上位に入る腕の魔法使いであると自負しているアムルではあるが、決して簡単とは言えない。
いっそ、防御用の結界が張れればいいのだが、転送魔法を発動させる準備を同時に行っている状況では、それも容易ではない。
それでも、敵の攻撃を受け流しながらジリジリと後ろへ下がる。
中央広場に作った魔法陣の中へと入り発動さえ出来れば、ヒロネのことを気にせず存分に戦える。
茶髪の男を殺すことまでは出来なくとも、ヒロネを逃がし男を追い払えばそれで今回の作戦は成功だ。
男に相対しながらでは一歩下がることも容易ではなく、足を引こうとすれば短剣に阻止される。
それを対処しながら、僅かでも広場へと近づき続ける。
何度もそれを繰り返したが、時間自体はそれほど長くなかったかもしれない。
だが、少しずつ後退し続けた結果、魔法陣まであと一歩のところまで迫っていた。
(あとは、隙さえ作れば――!)
数秒程度であろうと、男の動きを止めることが出来れば、その間に魔法陣の中に入り剣を一振りするだけで転移魔法を発動させることが出来る。
アムルは顔に汗が浮いていたが、口の端は僅かに上げ不敵に笑ってみせた。
男の方も縦横に動きまわり魔法を使い続け全く疲労していないはずはないのだが、その速度も正確さもまるで落ちる気配はない。
(なるほど、王に期待されるだけの若者ってわけだ)
敵対する相手でなければ素直に称賛したいところだが、そんなことをしている余裕もなかった。
アムルは補助や空間に関する魔法には長けているが、決して攻撃のための魔法は得意ではない。
隙さえあればヒロネを逃がすことは可能だが、その"隙を作る"ということが難しい。
(さて、どうする)
何か気を逸らせればいい。
例えば、男の後方で無視できない何かを起こす、などだ。
だが、転移魔法を構築しながら"無視できない何か"――爆発させたり燃やしたりといった攻撃に近い魔法はアムルには使えない。
出来るのは、他者に連絡を取るなどの、簡単で得意な魔法くらいだ。
(ならば他の人間に頼ることは出来るか?)
攻撃に対処しながら、改めて周囲の気配を探った。
都市まで共として連れて来た兵、メイドであるアリアの夫はすぐには駆け付けられそうにない。
数日前からアムル達をつけていた者を引き付けるために、敢えて広場とは遠い場所に待機させていたからだ。
その甲斐あってか尾行していた茶髪の男の仲間であろう人間は、こちらに向かってはいるものの距離自体はまだある。
この都市の治安維持のための組織の者も広場に向かってはいるが、それは主に市民を避難させるためだ。
心置きなく戦うためにも、誘導を進めてもらうことも重要だ。
(となると、後はサクファか)
サクファの気配は他の誰よりも分かりやすかった。
魔力の残り香のような物が付いているからだ。
恐らく、茶髪の男が目印としてつけたのだろう。
仮にサクファが逃げだしても、追いかけて捕らえられるように。
その場でサクファに危害を加えず印だけしたのは、処分は上の判断を仰ごうとしたか、あるいはその場で殺すよりも重い"罰"でも与えようとしていたからか。
いずれにせよ、今のところサクファは無事であり、こちらに向かっていることだけは分かる。
まだ姿こそは見えないが、この場所に辿り着くまでもうすぐだ。
そのことは、目印を着けた張本人である男にもよくわかっているだろう。
サクファ自身は男の速度についていけそうにないが、後ろから敵がもう一人現れたら男も無視は出来ないはずだ。
それが数秒であれ、サクファが男の気を逸らすことに成功すればヒロネを逃がすことも可能だ。
(ただ、問題は――)
考えながら、アムルは目の前に翻る短剣を剣で弾き飛ばす。
同時に頬を伝う汗が衝撃で飛び散った。
そのまま思考を続けようとしたアムルの耳に、ふと声が聞こえた。
正確には耳に届いたのではなく、脳に直接呼び掛けるように魔法による通信の声が響く。
その声は、控えめに早口で現状を打開する方法を提案する。
『――いいな、それ。タイミングはこっちで合図するから、頼んだぞ』
さらに次の攻撃を受けるために剣を構え直しながら、アムルは通信に答えた。
そのまま、三度ほど男と剣を打ち合ったところで、もう一度声の主に呼び掛ける。
『今だ!!』
アムルが合図した直後、男の背後で小さな爆発音がした。




