8話 妹ちゃん奪還作戦開始しました(アムルが) (1)
国境都市ユノアに滞在しているアムルは、宣言通り工場を何件か視察した。
とはいえ、その映像はこの部屋には送られて来ていない。
産業スパイ……なんて言うと大げさかもしれないが、ただ見学するだけならともかく、映像を他に送るのはユノア側の人が嫌がったからだ。
企業秘密ってやつだな。
代わりに、アムルは軽く観光してくれた。
あくまで映像を通して見ているだけだから俺は食事とかは出来ないが、旅番組でも見てるような感じでそれなりに面白い。
食事のいくつかは「私が作りましょうか?」とアリアさんが提案してくれたけど、それは丁重にお断りしておいた。
……そんなこんなで、観光やら視察やらをしている内に、一週間が過ぎた。
俺に毒を盛った奴――確か名前はサクファ――と人質になっている妹ちゃんが対面する予定の時間までもうすぐだ。
前回の対面の際もユノアだったが、具体的な場所などは直前に指定されたらしい。
今回も同じように連絡が来るのを待ってる状況だが……。
『おい、まだ見張りっぽい奴がいるのか?』
『そうだな。オレについて来てるみたいだぞ』
見張りなのか偵察なのか……三日ほど前から何者かにアムルはつけられていた。
アムルがこの都市に入ったことは、サクファが持たされている連絡用の魔石で、敵側の奴に敢えて伝えてある。
サクファは、表向きにはこの国でスパイ活動をしていることになっている。
国の要人が都市にいますよってことは伝えないと不自然だ、と判断したからだ。
最悪、その場で「助けを呼ばれた」と判断されて交渉決裂、妹ちゃんは殺されるだろう。
「そもそも気が付きませんでした」なんて主張しても信じてもらえるとは思えないしな。
その結果、当然といえば当然だが、敵側の奴はアムルの様子を確認に来たようだ。
そんなすぐにバレるような尾行をするなんて下手すぎるだろう……とちょっぴり思ったが、そこは"相手が下手"じゃなくて"アムルが優秀"ってことで問題ないみたいだ。
"気配を探る方法"はいくつかあるが、そのうちのひとつである"魔力の流れを読む"というのはアムルの得意分野みたいだしな。
それも、この国の中ならば俺が人柱として魔力供給をしていることで難易度が下がってるらしいし。
余談ではあるが、防衛部隊のガイスさんあたりは、魔力を読むことは得意ではない。
だが、空気の流れや匂い、小さな物音(足音はもちろん、衣擦れとか呼吸音とかだ)を敏感に探る、という野生の獣じみた歴戦の戦士らしい方法で気配を読むことが出来るらしい。
まだ直接は会ったことがない攻撃部隊のギルグさんは、その複合技らしい。なんかすごい。
話を戻すと、アムルがこの都市にいることは相手にも知られているが、今のところ「じゃあ、今回の対面は見送りで」とはなっていない。
たまたま他の用事で来てるだけ、と納得してくれたなら理想だが……実際、ここ数日は視察もしているが、観光もがっつりしてるからな。
敵を欺くため、というよりは俺のためではあるんだが、屋台で甘いものを幸せそうに食べてたり楽しく観光している姿に向こうも拍子抜けしたんじゃなかろうか。
ちなみに、とてもおいしそうでしたし、もしも俺自身がこの都市に行けることがあるなら絶対に食べようと思いました。はい。
『お、連絡が来たぞ』
『アイツからか?』
『ああ。……30分後に西地区の隅にある宿屋、だそうだ』
30分後ってすぐじゃねえか。
サクファはもう移動を始めてもいい頃だろうし、アムルも急いだ方がいいだろう。
『さて、オレも準備を始めないとな』
そう言って、アムルは道を少し進み角を曲がった。
「そろそろ動くそうで……おお」
アリアさんにざっくり状況を説明しようとしたら、アムルは建物の陰で大きくジャンプした。
ジャンプした、というか屋根の端に手を掛けたかと思うと、屋根の上に飛び乗った。
多分、魔法で身体能力を強化してるんだろう。
そして、アムルが元々いた場所には、アムルっぽい人物が立っていた。
前もって聞いていた作戦によると、これは鷹もどき魔法の応用らしい。
アレの見た目をアムル風にしただけだ。
あまり複雑な動きは出来ないが、遠くから見るだけならば本物と見分けがつかない。
本物のアムルは、デコイアムルの斜め後ろにいるアリアさんの旦那さんに目配せする。
「あとは頼んだぞ」とかそんな感じのことを言いたいんだろう。
そしてすぐに移動を始めた。
地上にいる人たちに見つからないよう注意をはらいながら、屋根から屋根へと飛び移る。
「姿を見えなくする魔法とかないの?」と、この作戦を聞いた時にアムルに確認してみた。
結論としては「不可能ではないが現実的ではない」だった。
幻覚魔法の応用で、視界から姿を消すことは出来る。
だが、その魔法をこの都市部で通りすがりの人々全員にかけるのは不可能……というか、やるとしたら魔力の消費量が多すぎるから却下、ということだ。
光を屈折させて……とか、他の方法ならどうにか出来るかもしれないが、その理論についてはアムルは知らないらしい。
ところが、つい先日、俺を殺しに城に潜入した奴らは、視覚的には姿を消していたらしい。
つまり、複数人以上に幻覚魔法をかけたか、アムルも知らないような魔法理論を確立しているか、だ。
そいつらが今回も出張っているとは限らないが、意外と敵国さんの魔法の技術はかなり高度なのかもしれない。
アムルは自分のことを「大陸でも上位に入る魔法の使い手」みたいなことを言っているが、そのアムル以上の奴がいる可能性がある。
とはいえ、一言で"魔法使い"と表現しても、それぞれ専門分野が違ったりするから、系統の違う魔法を比べても意味がないけどな。
具体的には、アムルは攻撃魔法は苦手だから単純な攻撃力なら魔法の使える冒険者の方が強いだろうし、補助魔法ならアムル以上に少ない魔力量で大きな効果を出せる奴はいないだろう、とかだな。
ちなみに、俺自身は魔法が使えないから、これは全部聞いた話だ。
そんなことを考えていると、アムルはとある建物の屋根の上で止まった。
そして、じっとひとつの建物を睨みつける。
看板にはこの国の言葉で"宿屋"と書かれてはいるが、郊外にあるせいか繁盛はしてなさそうだ。
こじんまりとしていて、宿としては高級そうには見えない。
その代わり、背後に高い塀がある以外には周辺には障害物が少なく、見晴らしは悪くない。
あの塀は多分、この都市の外側を囲ってるやつだろうな。
「もしかしてアレが指定された宿屋なのかな?」とか思って見ていると、遠くに走ってる男が見えてきた。
小さくて最初は確信がなかったけど、よくよく見れば、それはサクファだった。




