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7話 国境都市ユノアに行きました(アムルが) (4)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 アムルは黒髪の男と机を挟んで向かい合っていた。


 この応接間は広くはないが、調度品はシンプルで上質なものが置かれている。

 魔法やその他の手段で盗聴などの対策もされており、非公式ながらも重大な話をするのには向いている部屋だ。


 今回の目的はすでに書面で通達はしてあったが、アムルは改めて状況を説明した。


 国民の一人を救出するため街の中で戦闘になる可能性があること、表向きはこの都市の視察に来たということにして欲しいこと、実際にいくつか町工場などを見せて欲しいことだ。


 黒髪の男は頷きながら黙って聞いていたが、アムルが一通り説明を終えたところで口を開いた。


「それで、こちらには何かメリットはあるのでしょうか?」


 四十代前半の片眼鏡(モノクル)を着けた生真面目そうなこの男――ケストは、議長の副官にあたる。

 国側のそれなりの地位の者が来ているとはいえ、今回は正式な会合というわけでもなく、またアムル側も目立つのを避けたかったため、議長自身は同席していない。


 ケストはメリットがあるのか聞いたが、今回は都市側にとって大きなデメリットがあるわけではない。

 武力の提供すら要請されていない。


 表向きは視察に来た国側の使者を迎え入れるだけだ。


 戦闘になった際に市民の避難などが速やかに行えるよう都市側もするべきことはあるが、かといって戦闘に直接関わる予定もない。


 市民や街に被害があった場合は、国がある程度は補償することも既に取り決めてある。


 都市にとってリスクがないわけではないが、戦闘が激化しない限り都市側がするべきことは少ない。

 少ないだけで、やることが全くのゼロというわけでもない。


 被害の補償の他に、報酬をもらえるならばそれに越したことはない。


 ケストがメリットがあるのか聞いたのはそれが主な目的ではあるが、同時に国側の意思を試す意図もあった。


 ここで「何を言っているんだ、この都市も国の一部なのだから国のために奉仕しろ」などと答えるような輩を使者にする王ならば、今後友好的な交流は望めない。

 次に似たような要請があっても、その時はつっぱねるだけだ。


 国側がユノアに対してどう思っているのか、確認出来るのならばするようにケストは議長からも言われている。


 金や報酬が欲しい――というよりも、返答や態度次第で今後の付き合い方を図る狙いだ。


「それなのですが……もしよろしければ、私が魔石に魔法を刻ませていただこうかと思っています。どのような魔法にするかは、そちらの希望に沿います」

「…………よろしいのですか?」


 アムルの返答に、ケストは一瞬呆気にとられた。

 しかし、それを表に出さないよう努めて答える。


 そのケストに大して、アムルは笑顔を見せながら続けた。


「ええ。陛下は今後、この都市とも友好な関係を築いていきたいと考えておられます。今後また似たようなことがあっても、同等の報酬はお渡し出来ないでしょうが……互いの今後のため、今回は特別に相応な対価をお渡しするようにと、陛下の許可も得ております」


 王の意思を試していることにも気が付いていたのだろう。

 ケストの予想以上に大きな報酬をアムルは提示してきた。


 この国の魔法部隊の大隊長が、大陸でも上位に入るほどの魔法の使い手であることはケストも知っている。


 魔石に魔法を定着させるのは誰でも簡単に出来るというわけではないが、ある程度実力のある者ならば不可能ではない。


 だが、これほどの実力者の魔石ともなればそうもいかない。

 いくら金を積もうと、手に入れるのは不可能に近い。



 理由のひとつは、単純に"大陸でも上位に入る魔法使い"が少ないことだ。

 全員が金のために魔石に魔法を刻んで売ったとしても、供給量に限界がある。


 当然のことではあるが、魔法使いたちにも生活があり目的がある。

 そこまで魔法を極めた者こそ、ただ金を得るために魔石に魔法を刻むことは少ない。


 さらに重要な理由が、自身の魔法を解析されたくない、ということだ。


 魔法使いとして格下の存在が、たった一度その魔法を見ただけで仕組みを完全に理解するのは不可能だ。

 だが、魔石に刻まれた状態ならば、解析し再現することも可能になる。

 それも容易ではないが、難易度が下がるのも事実だ。


 一般的に魔石を売買する際はこういった行為の禁止を条件としていることが多いが、それでも解読を試みる者は後を絶たない。


 だからこそ、優秀な魔法使いは技術の流出を避けるため、自身の魔法を記録した魔石を売ることを嫌がる。



 そういったリスクを目の前の男が考慮していないはずがない。


 それほどに交流を重要視しているということなのか、信頼しているという意思表示なのか。

 どちらにしろ、この都市のことを軽んじているわけではないことはわかる。


「申し訳ないですが、魔法を刻むための魔石自体はそちらで用意していただくことになりますが、よろしいでしょうか?」

「え、ええ……それは問題ありませんが」


 魔石は決して安いわけではない。


 本当は街灯に点す明かりも全て魔石で賄ってしまいたいのだが、それをすると魔石を盗まれ転売されるおそれがある。

 それほどに魔石自体が高価なものだ。


 だが、それをひとつ渡しても余りあるほどにアムルの魔法には価値がある。


 例えば、複数人を身体能力を向上する魔法を刻んだ魔石があれば、街の治安維持のための部隊が容易に強化され、凶悪犯の取り締まりもスムーズになる。

 この都市は上下水道の発展も目指しているが、水の浄化という方面にも供給という方面にも魔石は役立つはずだ。


 そのせいで職を追われる者すらいるだろう。

 使いどころは難しいが、上手く使えば街の発展に大きく貢献することは間違いない。


 その中でも最も重要なのは、空間に関する魔法だ。


 アムルが"大陸全土でも上位に入る技術力を持った魔法使い"と称される理由のひとつがそれだ。


 あくまで噂の領域を出ないが、異世界へ移動することすら出来るという。

 今は出来なかったとしても、いつかそれも可能になるだろう。


 それほどまでにアムルという男が優秀だということは、よく知られている。

 そのアムルならば、遠方へ物を移動させる魔法ですら使えるはずだ。


 発展し続けるこの都市は、少しずつ小さな町工場も大きな工場も増え、様々な製品を作り出している。

 だが、供給の量が増えれば増えるほど国内外に運ぶだけの時間と労力も増え続ける。


 昨今は作り出すことよりも送り出すための人数が足りていないくらいだ。


 それを魔法ならば一瞬で移動出来るかもしれない。

 各地に送り込まなくとも、中継点に運べるだけでも十分な時間短縮になる。


 そんな算段をつけてから、ケストはアムルを真っ直ぐに見据えた。


「わかりました。具体的にどのような魔法をお願いするかは議長と相談してからになりますが、是非ともよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 そう言うと、二人は微笑みながら握手を交わした。



***



「ふふふふ、これはこれは。ああ、なんと素晴らしいことでしょうか」

「……どうかされましたか?」


 普段から芝居がかった動きをして不気味な笑顔を浮かべているノイリア王国の参謀役だが、エアツェーリング王国に入ってからというもの、さらに嬉しそうに唇をゆがめている。


 その様子を呆れたように見ながら、茶髪の男は尋ねた。


「いえいえ、大したことではないのですよ、ええ。ああ、でもまさかこのようなことがあるとは、まさに奇跡!」


 大したことではない、と言いながら同時に奇跡だとのたまう。


 この御仁は一体何がしたいのか。どんどん苛立ちが募る様子の茶髪の男を黒髪の男は小声で静止した。


「まあまあ、落ち着いて」

「…………」


 ノリイア王国から来た四人は、国境都市ユノアに入ったばかりだった。


 四人のうち一人は全身真っ黒なノイリア王国の参謀役で、うち二人は少し前にエアツェーリングの城に侵入した茶髪と黒髪の男だ。


 そして、最後の一人は、姿を消す外套(マント)を頭から被された女性だった。

 ノイリア王国の兵に捕まり人質となっている彼女は、緊張した面持ちだ。


 両手首を縛られ、猿轡を噛ませれ、小さく震える姿は街では異様だが、周囲からは姿が見えていないため人々は気が付かなかった。


「そうですね、ヒントをひとつ与えましょうか」

「ヒント?」


 女性の様子は気にも留めない様子で、三人は話を続けた。


「ええ、ワタクシが何に興奮しているのか、あなた方も気になるでしょうし」


 いいえ、気になりません。と茶髪の男は否定したくもなったが、気になるのは事実だ。

 癪ではあるが、素直に聞き返した。


「一体、何があったんですか?」

「あなた方も魔力の性質を調べれば、個人を特定出来ることはご存じですね?」


 一言で"魔力"と表現しても、全ての人間が完全に同じものを放っているわけではない。


 遺伝子の様にひとりひとり波長には少しずつ差がある。

 それを解析すれば同一人物かどうか判別することも、血縁関係があるかどうか調べることも可能だ。


 ただし、それが出来るようになるまで何年も費やすことになるので、可能な者は少ない。


「……あなたには、その魔法が使えるんですか?」

「ふふふ。さあて、どうでしょう」

「もしかして、知ってる方の魔力が感じられたのですか?」

「いいえ、ワタクシが知っている人のモノではありませんね」


 二人は続けて質問をしたが、茶髪の男の質問には曖昧に反応し、黒髪の男には答えた。


 その態度に茶髪の男はさらに苛立つのと同時に、その笑い方にエアツェーリングの攻撃部隊の大隊長を思い出してしまった。

 双方ともに気色が悪いと思っている茶髪の男はゲンナリとした表情になる。


「まあいい。とりあえず、予定している宿まで移動するぞ」


 参謀役にではなく黒髪の男に言い、ひとりで先へと歩みを進める。


「あ、先に行くなって」


 黒髪の方の男も、外套被る女性を促しながら、後へと続く。



 ひとり遅れて付いていく参謀役の男は独り言つ。


「ええ、本当に。まさか、こんな所にこんな人物がいるとは」


 この国中に満ちている人柱の魔力を手で掬うような仕草をした後、男はまた笑みを深めた。

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