7話 国境都市ユノアに行きました(アムルが) (1)
俺は、最早見慣れたいつも通りの人柱部屋にいる。
それはいつも通りだ。
でも何故か歩かされていた。
部屋の中をぐるぐると。
「あと少ししたら、お休みしましょうか!」
「ふご!」
「あ、はい……」
メイドのアリアさんに笑顔で声を掛けられて、俺の傍を一緒に歩いていた猪のイノリが元気よく答えて、俺はゲンナリと答えた。
ちなみに、どうしてこんなことになったのかというと、いつも通り放っておくと一日中ベッドでごろごろしかねない俺のために、いつも通りアリアさんに「運動しましょう!」と誘われたのがきっかけだ。
確かに筋力は欲しいし、少しくらいは運動しないとなあ、とは思う。
だからこそ、今日も腕立て伏せとかスクワットとかの筋トレをするつもりではいた。
でも、今日のアリアさんの提案は「アムル様と一緒に歩きましょう!」だった。
「え。一緒って、アイツなら国境都市とやらに向かってますけど……」
「はい。もちろん、『お隣を歩く』『同じ場所を歩く』というのは不可能ですが、この部屋の中で『同じくらいの距離を歩く』『同じくらいの時間を歩く』でしたら、出来ますよ」
そう言って、アリアさんはなんてことのないことのように笑った。
えっ、マジかよ。ってのがその時の正直な感想だ。
その国境都市とやらは、スミア村とは逆方向に当たる東にあるが、スミア村方面よりも道はきちんと整備されている。
徒歩でも馬車でも進みやすい場所ではあるらしいが、それでも二~三時間くらいは掛かるらしい。
つまり、二~三時間くらい歩け、ということだ。
「もちろん、途中で休憩はいれますし、無理そうだな、と思ったら止めていただいても問題ありませんよ」ともアリアさんは言ってくれたが、この世界に来たばかりの時に、城まで約一時間歩いたことを俺は思い出していた。
あの時ですらかなり疲れたのに、休憩アリとはいえそれ以上歩くのは正直キツすぎる気がする。
でも、アリアさんはニコニコしてるし、いつもねぼすけなイノリも「一緒にがんばろう!」と言わんばかりに目をキラキラさせて俺を見上げてるし、筋力体力つけたいとは俺も思ってはいるし……。
俺はグダグダ言いつつも、そんな経緯で部屋をぐるぐると歩くことになった。
(何のために俺はこの世界に連れてこられたんだっけ……)
少なくとも、体力作りをするためでも筋トレをするためでもないはずだ。
そんなことを考えつつ、休憩を挟んだりアリアさんに励まされたりイノリが周囲でちょろちょろしつつも、何だかんだで一時間くらい歩いた。
休みつつとはいえ、予想通り疲れてるし足も少し痛い気がする。
それに、部屋の中をただぐるぐると歩き回ってるだけだから景色も変わり映えもなくて飽きる。
唯一変わったものと言えば浮遊したアムル視点映像の光景だけだ。
何か大事件が起きたってわけでもないが、アムルが道を進んだ分だけ景色が変わっている。
城は次第に小さくなっていくし、行商人らしき人とも頻繁にすれ違う。
ついでに、城下町を抜けたあたりは草原エリアって感じだったが、今は小さな山を迂回するように作られた道を進んでいる。
徐々に変化していく景色を見るのもなかなか面白い。
……時間は掛かるから、風景だけを見たいなら三倍速くらいでもいい気はするが。
「では、今日はこれで終わりにしましょうか」
パチン、と軽く手を叩いてからアリアさんが言った。
お。今回は"休憩"じゃなくて"終わり"でいいのかな。
「終わりでいいんですよね。休憩じゃなくて」
「まだまだ大丈夫でしたら続けてもいいですけど……今日はもうそれなりに運動しましたからね。それに、もうお疲れでいらっしゃるようですし、集中力も途切れているみたいですし」
しっかりバレてるか。そりゃそうだよな。
傍から見ても嫌そうな顔をしてただろうなっていう自覚はある。
俺のために色々やってくれてるのに申し訳ないなあ、という気持ちがないわけではない。
でもそれ以上に、「よっしゃ終わりだ!」とか思いつつ、俺は椅子へ座った。
ふう、と盛大なため息も吐きたかったけど、それはさすがにアリアさんの手前止めておいた。
イノリの方はまだ歩き足りなかったのか、俺が止めてからも一人……じゃない、一匹で部屋をちょろちょろと駆け回ってる。たまに爆走もしている。
アイツ、モンスターに近いらしい猪だからなあ。
生活するだけなら十分な広さがあるとはいえ、部屋に閉じ込められて運動不足だったのかもしれない。
いつも寝てるけど、たまにはこうやって運動させた方がいいかな、なんて思っていたらアリアさんがお茶を差し出した。
「お疲れ様です、しばらくゆっくりしてくださいね。脚、お揉みしてもよろしいですか?」
「え? あ、はい」
一瞬、アリアさんの言葉の意味がわからなくて半ば反射的に返事をしたが、俺の言葉を聞いたアリアさんは目の前に跪きだした。
そして、その細い指が疲れ切った俺の脚を揉みほぐし始める。
ぐふっ……なんだ、この至れり尽くせりな状況は。
元の世界にいた時は、こんなことが自分の身に起こるとは全く思ってもみなかったぞ。
アリアさんの指は細くてしなやかだけど、さすがに剣を扱う人らしく力はある。
痛気持ちいいくらいの強さで的確に刺激されると、全身がとろけるような心地にすらなる。
「ありがとうございます。俺は本でも読んでますね」
緩み切ったアホっぽい顔になりそうなのを必死でこらえてそう言うと、俺は机に置いておいた絵本を手に取った。




