閑話 アムルの酒癖
これは、スミア村奪還から二日後の話だ。
「よ~う、元気にしてりゅかー?」
「は? 何事?」
唐突にアムルが俺の引きこもってる人柱部屋にやたら陽気な様子で現れた。
この日は他の仕事があるとかで、メイドのアリアさんは俺の食事を届けた後、簡単に掃除をしてから洗濯物だけ持ってすぐに帰っていった。
「用事があるなら掃除くらい自分でやるんだけどなあ、というか一日くらいやらなくてもよくない?」とは思ったものの、そこは自分の仕事に矜持があるのか譲ってはくれなかった。
アリアさんが出ていって俺は一人残されたわけだが、今日は引きこもり生活らしくベッドでのんびり本を読むことにした。
ちなみに、猪のイノリは部屋の隅で寝ている。
コイツもある意味俺の引きこもり生活に付き合わせちまってるわけだが、よく寝る奴だ。
たまには、こういう一人でのんびり出来る時間もいいよなーなんて思っていたら、唐突にアムルが乱入してきた。
「なんだなんだ、どしたんだー?」
「いや、お前がどうしたんだよ」
目の前のアムルは「あはは~」とバカっぽく笑っていて、何か、見てはいけないものを見せられている気がする。
顔も赤くして、どこか舌足らずで、目も焦点が合っているのかどうか微妙だ。
今日は例のアムル視点動画は観てなかったから、今までコイツが何をしてたかわからないけど……もしかしてこれ、酒で酔っぱらってるんじゃないか?
でも、酒の匂いはしないな。
ここまでへべれけになるってことは、かなり呑んでそうな気がするが、それならもっと酒臭いはずだよな。
まさか、酒じゃなくて何か変なオクスリとかか。
この国では合法なのか。
そういうことやっちゃう奴なのか。
少しだけ付き合いが長くなってきて、最近はコイツが何を考えているのか少しはわかってきたつもりでいた。
でもやっぱり知らないことの方が多いしわけがわからないな。
「こちらにいらしたんですね、アムル様!!」
「お」
まだ開けっ放しだった入り口から、アリアさんが駆け込んできた。
なんか雰囲気としては"急に走り出した子供を追いかけて来たママ"って感じだ。
「もう、だからあれほど『お酒は飲まないでくださいね』って言ったじゃないですか!」
「いやいや~オレらって飲むつもりはなかったんれすけど、間違えちゃってー」
あ、やっぱり酒が原因だったのか。
なるほど……と、ちょっと納得しかけたけど、いや待てつっこみどころか多すぎないか。
「間違えて飲んじゃったってだけなら、量自体は少しだけ、だよな?」
「ああ、ちょっとらけしか飲んでないぞー」
"ちょっとらけ"ってな……。
イケメンが酔っぱらって舌足らずになってる姿を見て「かわいー♡」なんて思う趣味のない俺にとっては、正直げんなりする。
「コイツ、やたら強い酒でも間違って飲んだんですか?」
「いいえ。今日はこの国では一般的なお酒しか出されていないはずですが……」
今度はアリアさんに対して確認してみたけど、アリアさんも本当に困ってるみたいだ。
"この国では一般的なお酒"ってのがどれくらいの強さかわからないけど、普通にこの国の奴なら飲めるような程度なんだろう。
そんな酒を"ちょっとらけ"飲んだだけでこんな状態になるってことは、どれだけ酒に弱いだんだよって話だ。
しかも、それが周囲も知ってて『お酒は呑まないでくださいね』って注意されるレベルって相当だろ。
アムルの意外な一面を見て、びっくりしてるってのが本音だが……うん、やっぱり「かわいー♡」とは思えないな。
「ほら、アリアさんに迷惑かけるなよ。とりあえず酔いが醒めるまでここで……休ませても大丈夫です?」
「酔いが醒めるまでここで休んでろ」って言おうと思ったけど、そういやコイツ、軍の偉い人だった。
この後に用事とかあったら、こんなところに放置しておくわけにもいかないか。
そもそも、この世界には酔い覚ましの魔法とかあったりするんだろうか。
そんなことに思い至ってアリアさんに確認してみた。
「特に問題はないかと存じますが、念のため確認を……ああでも、マモル様に看病をさせるわけにも……」
「それくらいなら、別に気にしなくてもいいっすよ」
酔っ払いの面倒を見るのは慣れてる――って訳ではない、どころか一度もしたことはないが、元々引きこもり生活だからな。時間ならたっぷりある。
何だかんだでいつも世話になってるコイツを、たまには俺が世話をするのもアリだろう。
「それに、こんなぐでんぐでんになってる奴を上まで運ぶのは大変でしょう」
目の前のアムルは、足元もおぼつかないし何か変な笑顔を浮かべてるし、ついでにいつも通りの鎧も着ている。
完全に意識を失ってるわけでもないが、地下にあるこの部屋から運び出すのは、戦闘が得意らしいアリアさんでも多少苦労するだろう。
そう思って俺が言ったら、アリアさんは控えめに苦笑した。
「それは……否定は出来ませんが」
「もう、ほんっと迷惑なんスよー」とは、さすがにアリアさんは言わなかったけど、「正直、困ってます……」とでも言いたそうなのは伝わってくる。
全く、こんなかわいいメイドさんに迷惑かけるんじゃないよ。
「アリアさんは、コイツをここに置いておいてもいいかの確認をお願いします。あとよければですけど、俺が気になるので、その酒も持ってきてもらっていいですか?」
『実はこの国では酒豪が多いから"一般的な酒"でもかなり強い』って可能性も否定出来ないもんな。
それに、俺は酒がすごく好きって訳でもないが、味自体は嫌いじゃない。
この世界に来てから何だかんだで酒を飲んでなかったから、たまには飲みたい。
「あ、でもアリアさんも今日は他の仕事があるんでしたっけ。色々頼んじゃっても大丈夫ですか?」
ふと、そのことを思い出した。
俺がただ酒が飲みたいだけってのはどうでもいい仕事だから、忙しければ無視してくれて構わないんだけど。
「いえ、問題ありません。そもそも、そのお仕事というのがアムル様も参加していらした、ささやかな宴席での給仕などでして」
「あ、そうだったんですか」
宴席……って飲み会?
それなら酒も出てるだろうし、間違えて飲むのも無理はない……のか?
「大規模なものではないのですが、一応スミア村を取り戻せたことに関する祝勝会と言いますか、慰労会のようなものでして」
「ああ、なるほど」
それなら、酒が飲めなかろうとアムルが出席するのも当然か。
あの中で一番偉かったのはアムルだし、一番の功労者もアムルだし。
そのアムルがここにいるってことは、もう飲み会もお開きなのかな。
「そっちの仕事の方はもう大丈夫ってことですかね……?」
「後片付けが残っているのは事実ですが……それは、他のメイド達でも出来ますし、アムル様を放っておくことも出来ませんし。それに、お酒を持ってくるだけでしたら、時間も掛かりませんし問題ありませんよ」
それもそうか。
大規模なものじゃないって言っても、城でやってる宴会なんだから、メイドさんはいっぱい居そうだしな。
それに、アリアさんの仕事がまだ残ってたとしても、"アムルがここにいる"ってことくらいは伝えてもらわないと向こうも困るか。
「では、お言葉に甘えさせてもらって……コイツを放置しても大丈夫かの確認とお酒、よろしくお願いします」
「はい! 出来るだけ早く帰ってきますので、少々お待ちください」
アリアさんはぺこりとお辞儀をしてから、小走り気味に出入り口へと向かった。
「あ、オレも帰りますー」
「いやいやいや、お前は帰るな帰るな」
さっきまで静かにしてたと思ったら、何でしれっとアリアさんの後についていこうとしているんだ、アムル。
そんなふらふらな状態だと階段で落ちかねないだろう。というか、よくここまで落ちないでこれたな。
「いやあ、今日は早く帰れるかもーって子供たちに言てあるから~」
「『言てある』ってなんだよ。それでももうちょっと酔いを醒ましてからにしとけよ。そんな状態じゃエリナちゃん達も困るだろ」
でも、早く帰れるかも……ってことは、やっぱりこの後の予定はないってことでよさそうだな。
それなら、尚更ゆっくり休ませた方がいいだろう。
こんな酔っ払い父さんが帰ってきても子供たちは嫌だろうし。
「とりあえず、水汲んでくるからそこに座ってろ」
「おうー」
そう言いながら俺はベッドを示して、水瓶に向かおうとしたんだが……コイツ、ちゃんと返事はする割に座ろうとしないな。
「ほら、座れって」
「おうー」
やっぱり返事だけで座らない。
いや別に立ったままでもいいような気もするが、ちょっと腹立ってきた。
「す・わ・れ!」
「おうー」
こうなりゃ、実力行使だ。
普段なら腕力でコイツに勝てる気はしないが、今のふらふらな状態なら大丈夫だろ。
「うらぁ!!」
「おおうー?」
ベッドに押し込むこと自体は成功した。
したけど、こんなふらふらな状態でも全力でタックルしないと倒せなかった。
筋力差が悲しい。
今後アリアさんと筋トレする時はちょっと真面目にやろうかな。ちょっとだけ。
「いいか。水を汲んでくるけど大人しくしとけよ。必ずだぞ」
「おおー」
俺の言葉にアムルは手を振って答えたけど、色々と心配だ。
つい近かったからベッドに押し込んだけど、あそこで吐かれたらどうしよう。
休ませる場所には向いてなかったかもしれない。
出来るだけ目を離さず警戒しつつ、いつもコイツがここに来る時にお茶とか飲ませてるカップで水を汲んだ。
その水を零さない程度に急いで、ベッドに戻る。
「ほら、水飲め」
そう言いながら、アムルの上体を起こさせる。
差し出した水はきちんとアムルが受け取り、こくりこくりと飲み始める。
なんとか、「コイツが吐く前に水を飲ませる」っていうミッションは成功したみたいだ。
やれやれと思いつつ息を吐いたら、アムルがぽつりと言った。
「ありがとう、母さん……」
「俺はお前の母さんじゃないよ!?」
あーダメだ。コイツ本当にダメだ。
最早、目の前にいるのが誰かわかってないみたいだ。
ちょっと間違えて飲んだだけの酒でよくここまで酔えるな。
俺はそこまで酔ったことないから、逆に感心するわ。
「とにかく、水だけ飲んで、ゆっくり休んで、まともに歩けるようになったらさっさと帰れ」
「うん。わかったよ、母さん」
「だから、俺はお前の母さんじゃ……っておいっ!?」
コイツが手に持ったカップを落としそうになったから、俺は慌てて手を伸ばした。
何とか中に残ってた水が零れる前にキャッチ出来て、俺はふうと一息ついた。
筋力はともかく、俺の反射神経もなかなかじゃないか。
そんなことを思いつつアムルを見てみれば、すうすうと小さく寝息を立てているみたいだった。
「えっ。まさかもう寝たの?」
俺が驚いてそう言うが、返事はない。
……この一瞬で眠るとかすごいな。
厄介だな、酔っ払い。
まあ、下手に起きてるより眠ってくれてる方が世話する方としてはラクではある。
とりあえず、座ったままのアムルを押して上半身を倒した後、脚も上げさせてベッドに横たわらせる。
くそっ……やっぱり重いな。
それを終わらせるまで少し手間取ったんだが、アムルは暢気に寝たままだ。
こんな無防備に寝てる奴が軍の偉い人とか、大丈夫なのかこの国。
なんか心配になってきた。
とはいえ、今俺が出来ることはコイツの面倒を見ることだけだな。
ベッドの傍に椅子を持ってきて、起きるまで待つとしよう。
当のアムルの顔を見てみれは、夢の中で何かいいことでもあったのか、どこか幸せそうな表情だった。
うーむ、やっぱり顔は長めだけど整ってはいるな。
イケメン好きだったら、この寝顔だけで萌えたりするんだろう。
俺はしないけど。
「……本、読むか」
アムルが闖入してきたから中断してたけど、当初の目標通り本でも読もう。
そう思って、ベッドの近くに置いておいた本を開いた辺りで、アリアさんが戻ってきた。
「この後は特に予定はないので、このままこちらで休んでもらって、回復したら時点で帰宅されても問題ないそうです。それと、こちらが本日出されたお酒です」
「おお、ありがとうございます」
さすがアリアさん、仕事が早いなー、なんて思いつつ酒を受け取った。
見た目には、俺が元いた世界のワインボトルと変わらない感じだ。
味の方はどうかわからないけど。
「あら、アムル様はお休みになられたんですね」
「そうなんですよー、水だけ飲ませたらすぐです」
アムルの方じゃなくて、酒の方を見ながら適当にアリアさんに答えた。
栓は開いてるみたいだし、これさっそく飲んじゃってもいいかな。
「ううん、さすがにこのままだと運べないかなぁ……」なんて小さく呟いてるアリアさんを尻目に、俺はカップにその酒を注いだ。
色は濃いめの紫色だった。
もしも、アムルが飲んでたのがぶどうジュースだったら、間違えるのも仕方がない見た目だ。
匂いはワインとは違うけど、これはこれで旨そうな気がする。
すぐに飲みたいけど、一応毒の有無だけは確認しておかないとな。
机の上に置いておいた毒見石をかざして何も反応がないことを確認した。
「ん、うまい」
さっそく一口飲んでみたけど、嫌いな味ではない。
元の世界の酒で一番近い味わいはワインだとは思うが、酸味が少なめでワインが苦手な人でも飲みやすそうだ。
たまに食事と一緒に持ってきてもらおうかな。
そんなことを考えながら、カップに残っていた酒を一気に飲んだ。
多分、アルコール度数もワインと同じくらいか少し強めってところだろう。
「コレうまいですけど、このボトル全部飲んでも酔うほど強くはないですよねぇ」
「え。全部、ですか?」
「え。そうですけど」
アリアさんにちょっと驚いたように答えられて、俺の方もちょっと驚いた。
そのアリアさんの視線は、俺が今飲んだカップやら少し量が減ったボトルに向いているみたいだ。
「あれ、もしかして飲んだらダメでした?」
「いえいえ、そんなことは……飲んでいただくために持ってきましたし」
飲んじゃダメってことはなかったみたいで一安心だけど、やっぱりアリアさんは少し戸惑ってるみたいで気になる。
何か俺がおかしいなら、いっそはっきり言って欲しいな……。
なんて俺が思っているのが伝わったのか、アリアさんはまた口を開いた。
「私は、お酒に弱い訳でもすごく強いという訳でもないと思いますが、さすがにこのボトルの分全て飲んだら少し酔ってしまいますね」
「そうなんですか?」
アリアさんが何か言いたそうなのはわかるけど、何が言いたいのか俺はイマイチわからなかった。
でもとりあえず、飲んでもいいなら追加で飲ませてもらおう。
トプトプと音をさせてカップに追加分を注ぎ、それもまた一気にあおる。
ワインと似たような酒なら、もっと味わって飲めばいいのかもしれないが、まだ量は残ってるしな。
味を楽しむのは後にするつもりだ。
「やっぱりこのボトルなら、数本分くらい飲んでも酔わないですよね」
「……失礼ですが、マモル様は他の方と一緒にお酒を飲みに行かれる機会は今までありましたか?」
「え、な、……ない、ですけど」
えっ、何で俺が一緒に飲みに行くようなお友達がいないぼっちだってバレたの。
確かに、今まで酒を飲む時と言えば、自宅で母さんと一緒に、だけだったけど。
「自覚はないようですが、マモル様はかなりお酒がお強い方かと存じます」
「え? 俺が?」
確かに、他人と飲み比べ、なんていままでの人生でしてきたことはないが……いやでも、いつも母さんと飲んでた時もこれくらい普通に飲んでたしな。
「いやいや、母さんも親父もこれくらい普通に飲んでましたし、普通ですよね」
親父は俺がまだ子供だった頃に家を出て行ったから、一緒に飲んだことはない。
でも、記憶違いでなければ家で母さんと一緒に飲んでた時、母さんと同じくらい飲んでたと思う。
「普通ではないと思います」
言い切られてしまった……。
俺としては普通のことだから、何となく納得いかない。
「恐らく、マモル様のご両親もお酒が強い方だったのでしょう。それで今まで気が付かなかっただけではないでしょうか」
「そうですかねぇ……」
まあ確かに、いろんな人と飲んだわけじゃないから、"普通"の基準がよくわからないってのは否定出来ない。
俺、酒強いのかなぁ……なんて、納得いかないまでも唸っていたら、アムルが目を覚ましたみたいだった。
「あ……? ここは……」
「アムル様、お目覚めになりましたか?」
アムルの第一声はなかなか間抜けだった。
イケメン好きはこれに萌えるのか、幻滅するのかどっちだろうなーとかしょうもないことを考えている内に、アムルが起き上がった。
「つっ――あーもしかして、またやらかしました?」
「ええ。間違ってお酒を飲まれた、と言っていましたよ」
頭痛がするのか、額に指を宛てながらアムルが言えば、少し楽しそうにアリアさんが答えた。
……というか、ついさっきの出来事すら覚えてないのか、コイツは。
そして"また"ってことは頻繁にやらかしてるのか。
「まだ酒の匂いがするようですが……もしかして、オレ結構飲みました?」
「酒の匂い?」
少なくとも、俺は感じないけどな。
多分、アムルも大して飲んでないと思うけど。
「あ、おそらくこれが原因ですね」
「えっ、これですか?」
アリアさんが"これ"と言ったのは、俺がさっき飲んでた酒だ。
確かに栓はしてないが、アムルのいるベッドからそこそこ遠い位置に置いてあるんだけど……え、まさかこの距離に置いてある酒のアルコール臭ですら苦手なのか。
「……お前、酒弱すぎだろ」
「マモル様は強すぎですが」
俺が呆れて言ったら、アリアさんはボトルに栓をしつつ、これまた呆れて続けた。解せぬ。
「その話はともかく……こんな酒弱くて大丈夫なのか、お前」
前半はアリアさんに向けたもので、後半はアムルに向けたものだ。
実際、このレベルで酒に弱いと、料理やらお菓子やらに使われた分の酒だけで酔いそうな気がするんだが。
「あー……一応『怪しいな』と思った時は毒見用の魔法で確認してるんだがな。でも、今回みたいに飲むもの自体を間違えたらどうしようもない」
「毒見用の魔法って……これと同じやつか?」
「そうだな。それだ」
これ、と言って俺が取り出したのは、さっき酒を飲む前にも確認するために使った魔石だ。
「え、これってアルコールの検出も出来るの?」
「魔法を応用すれば特定の成分が含まれているかどうかは調べられるが……この場合は"対象にとって害になるもの全般"を調べれば十分だ。オレにとっては酒は毒だからな」
「ああ、なるほど……」
すごく納得した。
今日アムルが口にした分の酒がどれほどかはわからないけど、どうも酒の一口だけでもさっきみたいに酔っ払いかねないみたいだからな。
そこまで"害"になるものなら、簡単に魔法に引っかかるんだろう。
「酒だとわかっていてもどうしても飲まないとならない場合は、身体強化の魔法で対策したりとかだな」
「そこまでしないと飲めないのかよ……」
アリアさん曰く酒の強いらしい俺からしてみれば、そんな少量でも対策しなきゃいけないのが不思議だ。
「魔法で対策出来るなら、今からでも酔い覚ましの魔法とか使えないのか?」
「それはだなぁ……まず、頭痛を抑える程度なら出来るが根本的な解決にはならない。体内の酒を抜くことは毒を抜く魔法の応用で理論上は可能だが、酔った状態で自身に魔法を使うのは難易度が高すぎて危険だ」
お、おう。
俺が聞いといて何だが、こんな状態でもこんな理屈っぽい言い方するんだな、コイツ。
「まあ、それはともかく。今日は早めに家に帰るんだろ。歩けるようになったら、さっさと家に帰ったらどうだ」
「そうだ、約束!! ……痛ぇ……っ」
お前、いま頭痛が酷いんだろ。
急に起き上がったら、そらそうなるぞ。
「とりあえず落ち着けって。ゆっくり休んでからでいいだろ」
「だが、これからまたしばらく家に帰れないし、今日くらいは早く帰らないと……」
そういや、「これから忙しくなる」ってスミア村を奪還した日にも言ってたな。
ただでさえ、毎日忙しくて帰る時間が遅くなってるところを、さらにしばらく帰れなくなるかもしれないから今日くらいは早く帰りたいってか。
「でも頭痛酷いんだろ。しばらく休めって」
「……大丈夫だ、頭痛だけ、なら……!」
何か目が血走ってる気がする。
今日のお前、色々と怖いぞ。
そんなことを思っている内に、アムルは目の前で手を数度振った。
多分、この手は剣に見立てられてるんだろうな。
アムルが普段使ってる剣舞による魔法みたいな動きだった。
「……よし、頭痛はこれで大丈夫だ」
そう言うと、アムルは立ち上がろうとした。
「おいおい、大丈夫か?」
さっきみたいに、少し動いただけで頭が痛む、という状況は脱したみたいだが、ふらふらと足元がおぼつかないのは変わっていない。
立とうとしてよろけたところを、俺とアリアさんが手を伸ばす。
「大丈夫だ、大丈夫……。今度は身体の平衡感覚を養い、脚力だけを強化して、逆に酒が回りにくいように鈍らせて……」
なんかぶつぶつ言ってる。
俺とアリアさんに支えられつつも、また手を振って魔法を使ってるみたいだ。
こんな体調不良の状態で魔法って使っても大丈夫なのかね。
この世界の魔法の仕組みなんぞわからないが、マンガとかだと魔法失敗させてさらに悪化させるためのフラグに見える。
「……うん、今度こそ、大丈夫だ」
「本当かよ……」
俺としては大丈夫には思えないが、一応アムルは俺やアリアさんの手を借りずともすっくと立っている。
試しに数歩進んでみたが、特にフラフラしている様子もなさそうだ。
「二人とも、看病してもらって助かった。だがオレはもう帰る」
「お、おう……気を付けろよ」
まっすぐ俺の方を見られて、俺はついそう答えたが、本当にコイツ大丈夫なんだろうな……。
「じゃあ、またな」
そう言いながら、アムルは出口へ真っ直ぐに向かって……あ、今ちょっと肩ぶつけた。
「アイツ、大丈夫ですかね……」
「心配ではありますが、お家に戻られるなら大丈夫ではないでしょうか」
まあ確かに、大丈夫じゃないなら、なおさら家で療養するべきだな。
でもアイツ、一応この国の要人だったりするんじゃないのか?
あんな状態で、敵国連中とかに狙われたらどうするんだよ。
まあ、アイツの自宅があるのは城下町だし、城から城下町の間くらいなら大丈夫かもしれないけど。
……やっぱり気になるから、映像で見張っとくか。
「申し訳ありませんが……私も、そろそろ失礼いたしますね」
いつものアムル視点の映像を開こうかと思ったら、今度はアリアさんが言った。
そういえば、アムルの世話のために残ってはくれてたけど、まだお仕事中もあるんでしたね。
「了解です。今日はありがとうございました。俺からもお礼を言わせてください」
「いえいえ、私は何もしていませんよ。主に看病していたのはマモル様ではないですか」
あれ、そうだったっけ?
あー……そうか、ほとんど俺がアイツの世話したのか。
そうだったか。
「では、また後で参りますね」
「あ、はい。ありがとうございましたー」
俺がお礼を言うと、また軽くお辞儀をしてからアリアさんは部屋を出て行った。
今度こそ、映像を出すための石を手に取る。
「お、出た出た」
見慣れた石を拾い上げれば、見慣れた映像が宙に浮かび上がった。
アムルが見ているものを映す魔法を通して、ではあるが、既に何度も見たことがある城内の景色が映し出されている。
あの角を曲がれば、城の出入口までもうすぐだってことも知っている。
映像を見る限り、ふらふらしている感じはなく、まっすぐに歩けているようだ。
……距離感が上手く把握出来てないのか、たまに壁とかにぶつかりそうになってるけど。
それにしても、今日はアムルの見たことのない一面も二面も見た気がする。
あんな大して強くもない酒であそこまで酔っぱらったことも、ここまでふらふらでも子供たちのいる家に帰ろうと必死になることも、俺にとっては意外な姿だった。
俺が知っているアイツといえば、どこか飄々としていて、理屈っぽい言い方をしていて、でも根は真面目そうだってことくらいか。
これでも前よりは知っているつもりだったが、まだまだ知らないことも多そうだ。
まあ、アイツだって俺のことで知らないことは山ほどあるだろうし(俺が酒に強いらしい、とか)意外とこれくらいの距離感が丁度いいのかもしれないな。
そんなことを考えてるうちに、アムルは城を抜け出て自宅へと無事にたどり着いた。
ちなみに、城に仕えている兵士などは希望すれば寮にも入れるけど、こうして城下町に家を持っている奴も少なくないらしい。
アムルの場合は、亡くなった嫁さんの妹さんが主に子供たちの面倒を見てくれている都合上、城下町の家に住むことを決めたらしい。
これくらいのことなら知っている。
(もう、大丈夫そうだな)
アムルが家の扉を開けて、中へ入った所を子供たちが笑顔で迎えたあたりで、俺はまた映像を消した。
このあと、ふらふらになりながら子供たちと遊ぶアムルとか、アホな失敗をして子供たちに笑われるアムルとかも見れたかもしれないが、他人の家をのぞき見する趣味もない。
笑顔の子供たちにつられて俺も少し頬が緩んだが、俺はアムル視点映像を映す石じゃなくて、本を手に取った。
アムルの乱入とか、予想外のことが起こって中断していたが、さすがに今日はもうこんなトラブルは起きないだろう。
「よし、今度こそ読むか」
そんな独り言を口にして、俺は今度こそ本を読み始めた。




