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6話 俺の命を狙う奴が来ましたが帰っていきました (7)

『ええい、お前は黙っとれ! 今はワシがこやつと話しておるんじゃ!!』


 じいさんにそう言われつつ押し退けられて、旦那さんは黙った。

 奥さんにまで「よけいなこと言わないの!」と言わんばかりの目で睨まれている。不憫。


『して……村は取り戻せそうじゃが、いつ戻れるかはわからんって話じゃったな』

『ええ、そうなります』


 俺としては「あの降伏した敵兵さんだけ撤退させたらすぐに戻れるんじゃ……」と思うけど、そう簡単にもいかないのか。


『……そうか。ならばワシらは、まだ避難していろ、ということじゃな』


 言葉自体は嫌味っぽくも感じるが、じいさんは本当に残念そうに眉を下げている。

 そんなしょんぼりした姿を見ていると、俺の方が申し訳ないような気がしてきた。


 でも、じいさんの息子らしき旦那さんはそうは思わなかったのか、意外そうに軽く叫んだ。


『何を言っているんですか、お義父(とう)さん!? 少し前まで、自分で村を取り返すんだって言って……』

『ワシが行って、村が戻るならばそうしておるわ!! じゃがワシもお前も、行ったところで足手まといにしかなるまいて! ならばここで待っている方が、よほど村のためになる!!』


 お、おお……。

 あのクワを振り回してたじいさんがこんなことを言うとは。


 ただの血気盛んなおじいさんじゃなくて、本当に村のことを第一に考えてるんだな。


 言われた方の旦那さん――息子じゃなくて娘婿っぽい――はその勢いに怯んだが、それでも言い返した。


『でも……でもですよ! そもそも、この男の言うことが、本当なのかどうかすらわからないじゃいないですか? もし、万が一村がもっとひどいことになってたら……』


 旦那さんも村が大切で、不安だからこんなふうに食って掛かるんだよな。

 本当のことを言ってるのに嘘つき扱いされて詰め寄られること自体は正直面倒だが、悪い人ではないんだろう。


『そうなっていたとしても、ワシらはただ待つしかあるまい……。この人らに村が救えぬのなら、ワシにもお前にもどうしようもない』

『それは……』


 次第に声が小さくなっていく旦那さんとじいさんのやり取りをアムルはじっと見守っていたみたいだが、ようやく口を挟んだ。


『先ほども言いましたが、今すぐに村へ戻ることは出来ません。ですが、必ずみなさんが村へ戻れるようにいたします』


 そう言って、アムルは旦那さんの顔をじっと見つめた。

 この部屋に浮いてる映像にも、まっすぐにこっちを見るおっさんの顔が大きく映し出される。


『どうか、信じてください』


 アムルの声音は力強くも明るかった。

 ……なんだかんだで、じいさんもこの"真摯に訴えかける"っていう攻撃に負けたんだよな。


 旦那さんの方も、顔が長めとはいえイケメンにじっと見つめられて怯んだみたいだ。

 その隙に、さらにアムルが言う。


『何か進展がありましたら、避難されている村の方へすぐに連絡いたします。申し訳ありませんが今日のところはお引き取り願えますか?』


 これは、旦那さんだけじゃなく奥さんやじいさんにも確認するように言っているみたいだ。

 そして旦那さんの方が何かを答えるよりも先に、奥さんが答えた。


『わかりました、今日のところは帰ります。さあ、行きましょうあなた』


 また旦那が変なことを言い出す前にさっさと連れ帰ろう、とでも言いたげな雰囲気が画面越しにも伝わってくる。

 奥さんが旦那さんの腕を取ってそのままアムルとは逆方向に歩きだす。


 旦那さんはまだ何か言いたそうではあったけど、奥さんに引き摺られるようにして歩いていった。旦那さんちょっと不憫。


 じいさんの方は奥さんに腕を掴まれてないからしばらくその場に留まっていたが、一言だけアムルに残していった。


『くれぐれも、頼みましたぞ』


 不安やら希望やらがない交ぜになった顔でそう言ってから、じいさんは娘夫婦の元へ戻った。



***



『「敵は追い払ったから、もうすぐ戻れるよー」ってな話はわざとしなかったんだよな?』

『それを言ったら、あの人ならすぐにでも村に向かうだろうからな』


 じいさんたちの後ろ姿を見送った後、再びアムルは城へ向かった。

 急いで帰る理由はないから、わりとのんびりとしたペースだ。


 その道中で、俺は何となくさっきのじいさん達の話をアムルに聞いてみた。


『あいつらが降伏したって言っても、まだ村に残っているのは事実だ。いますぐ向かうのは危険すぎる』

『ごもっともで』


 確かに、あのじいさんの性格なら「あいつらは追い払ったので、すぐにでも戻れるようになりますよ」なんて言おうものなら、その足で村に向かうだろうなぁ。

 そうなったら、いろいろと面倒そうだ。


『それに、まだしばらくは戻るのは難しいってのは別にウソじゃないぞ。まず、安全確認もしないといけない』

『安全確認?』

『あいつらにとっての敵、つまりオレたちが来た時に追い返すために仕掛けた罠や魔法が残っていないか、だな』

『ああ、なるほど』


 もしそんなのがあるなら、実際にアムルが向こうの隊長さんと戦った時に使ってるんじゃ……と思わなくもないが、そんなものは絶対にない、とも言いきれないか。


『それともうひとつ、まだ向こうの奴らが完全に村を諦めたとは言い切れない。もう一度村を狙う可能性は低いだろうが……用心はするに越したことはないし、しばらくは向こうがどう動くか様子見だな』


 じいさんを追い返すためにウソを吐いた、とか、何も考えてないって訳でもなかったのね。

 本気で村人の安全確保を重要視してたのか。



『しかし……最初からわかっていたことではあるが、これからしばらく忙しくなるだろうな』

『ん? 忙しくなるって何が?』


 アムルどれだけ忙しくなろうが、俺自身がやることは特にないだろうけど。


『ひとつは、今回の件の事後処理だ。村の安全確認も当然だが、捕虜にした奴らについても陛下に報告・相談した上で処理しないと』


 なんか、それだけでも大変そうな気がするけど、"ひとつは"ってことは、まだあるんだよな。


『もうひとつは……お前に毒を盛った奴の妹さんの救出作戦、だな』

『え、それももうすぐなの?』


 確か、あいつの妹ちゃんは敵国に捕まってて、ひと月に一回だけ面会させてもらえてるってことだったよな。

 それで、その面会時に救出に向かおうって話だったと思ったが……そうか、そのひと月に一回の面会がもうすぐなのか。


『正確にはまだ10日くらいあるが、一週間前にはいつも面会している街に向かう予定だから、オレとしてはもう準備しないとだな』

『なんでそんなカツカツなスケジュールにしたんだよ……』


 一ヶ月は52日?とかいうよくわからん世界だが、一週間は7日で元いた世界と同じだ。

 なんで一ヶ月の日数は違うのに一週間の日数は一緒なんだよ……とツッコミを入れたいが、何はともあれ、あと3日くらいでこいつは別の街に移動しなきゃいけないってことじゃねーか。


『もしも、その妹さんの救出作戦がなかったとしたら、このタイミングでスミア村の奪還に向かっていた可能性は高い。"こちらの動向を相手に悟らせないようにするため普段通りの行動をとる"なら、自然とこうなる』

『さいですか』


 まあ、少し前まで他の村まで出張ってた奴が他の街まで駆け付けたら向こうも驚くだろうし、不意を突けるってことなんだろうか。


 正直、俺はライトなヲタクであった自覚はあるけど、ミリタリー関連はあんまり興味なかったからその辺りはさっぱりだ。

 どうせなら、そっち関連も調べとけばよかったな。


『とりあえず、お前はこれからバタバタするみたいだけど、俺は結局やる事ないんだよな?』

『そうだな……また見張りを頼むかもしれないが、これといってない。ただ健康でいてくれて、魔力を提供してくれればいい』

『お、おう』


 人柱業をすることは構わないし納得はしてるが、そういう言い方をされるとちょっとだけ怯む。


『じゃあ言われた通り俺はのんびり待つとするから、また何かあったら連絡してくれ』

『ああ。そっちこそ何かあったら遠慮なく連絡くれていいかならな』


 そんな会話が終わるのと同時に、またアムルの声や風の音とかの雑音も聞こえなくなった。



 やっぱりメイドのアリアさんにはこの会話は聞こえてなかったから、事の顛末をざっくりと伝えた。


 軽く頷きながら俺の話を聞いてくれていたアリアさんは、話が終わると今度は軽く拳を握って意気込んだ。


「では、今度は妹さまの救出ですね!」

「まあ……俺達がやることは見張りくらいだとは思いますが」


 ヤる気満々なアリアさんには悪いけど、どれだけアリアさんが強かろうとこの部屋で俺の世話をしている限り、出来ることはたかがしれている。

 俺はそう思ったんだけど、アリアさんはにっこりと笑った。


「見張りだって大事なお仕事ですし、それに遠く離れていても応援くらいは出来ます!」


 にこにことほほ笑むアリアさんを見ていると「確かにそうかもしれないなあ」なんて思えるし、それなりに快適とはいえ代わり映えのしない引きこもり生活に花が添えられたような気分にもなる。


 ようするに、和む。


「そうですよね、見張りと応援も一緒に頑張りましょう!」

「その意気です!」

「ふごっ!」


 俺とアリアさんが気合を入れてると、足元で鼻を鳴らすような音がした。


 下を見てみれば、猪のイノリが俺を見上げて俺達と一緒に気合を入れている。


「いや、お前さっきまで寝てただろ」


 さっきまで静かだったもんなあ……と思いながらそんなことを言ったら、今度は照れ臭そうにきゅう、と鳴いた。

 相変わらず猪のくせに人間臭くてかわいい奴だ。


「今度は一緒にアムルを応援しような」

「ふごっ!」


 頭を撫でながら言ったら、イノリは嬉しそうにまた鼻を鳴らした。




 今回は上手くいったんだから、次回もきっと上手くいくだろう。


 この時俺は、心のどこかでそんなことを思っていた。

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