6話 俺の命を狙う奴が来ましたが帰っていきました (4)
「ぶ……っ!!」
その一瞬、侵入者である茶髪の男は自身に何が起こったのかわからなかった。
だが同時に、何かが危険だと男は本能的に感じた。
とんっ、と軽快な足音をさせつつ男は瞬時に後ろへ飛びのく。
その男の目の前を何かが一閃した。
「くっ……」
このままでは危険だ。
そう考えた男はさらに数歩後方へ下がる。
(一体、何が……!!)
男は縦横無尽に動きまわり撹乱しつつ、盾を持った男とどこか得体の知れない男――おそらく、防衛部隊長のガイスと攻撃部隊長のギルグ――の間を通り抜けるつもりだった。
しかしその次の瞬間、男は何か壁のようなものに顔面からぶつかっていた。
後方へ退き、周囲を見回すことが出来た今ならばわかる。
男は、ガイスの構えた盾に真正面から突っ込んでいた。
撹乱したつもりだったが、動きは完全に読まれていたようだ。
男の突進を盾で阻み、さらにその隙を狙いガイスが剣を一閃させたのだろう。
盾での防御が主体であるガイスの剣はさほど速くもないから避けられたものの、退くのがあと数秒遅ければ完全に剣を喰らっていただろう。
(くそ……っ!!)
男は外套の下で顔を歪ませた。
姿も気配も消し忍びこむのも失敗、大きく動き撹乱するのも失敗した。
まだ城に侵入したばかりだが、既に打てる手は限られている。
しかし敵城で真正面から戦うのは危険だ。
人柱によって十分な魔力が提供されている結界がこの城に張られている限り、身体能力も魔法も制限されてしまう。
その状態でもただの一兵卒ならば倒せるだろうが、相手が将軍クラスとなれば分が悪い。
一度退いたように見せ、他の場所から潜入を試みるか。
だが、既に潜入がバレている状態では、しばらく警戒が強化されるだろう。
(どうする? 他の入り口を探すか? いや、ここに全く兵がいないということは、別の出入り口を警備しているのかもしれない。しかし将軍二人を相手にするより数が多くとも有象無象が警備している場所の方が突破しやすいか……)
茶髪の男はこれから打つべき手を思案していたが、突然仲間である黒髪の男の叫び声が聞こえた。
「危ない!!」
「な……っ!?」
黒髪の男が叫び終わるよりも前に、茶髪の男の眼前には細剣が迫っていた。
男は瞬時に脚力を上げる魔法をさらに強化し、また後ろへ跳躍する。
剣が直撃することは避けられたものの、外套越しに服と腕の皮膚が薄く裂かれ、血が滲みだしてきた。
「ぅふふっ。ぼさっと突っ立っていると攻撃されてしまいますよ」
細剣を手にしたギルグは、口で弧を描きながら目に映らないはずの男を真っ直ぐに見ながら言った。
『な、なぜ場所が……!?』
『鼻血だろぅ……』
驚愕する茶髪の男に、半ば呆れたように黒髪の男が返した。
「あ」
黒髪の方の男に言われ茶髪の男は乱暴に鼻を拭ったが、さらに血は落ちてくる。
ずっと鼻血をぽたぽたと垂らしていたらしいことに男はようやく気が付いた。
恐らく、ガイスの盾に顔面からぶつかった際に血が出たのだろう。
ガイスがいる場所から先ほどまでいた男がいた場所にも、点々と血が落ちている。
外套の外に落ちた血は、ガイスとギルグの目にも映っているはずだ。
『……すまない、頼む』
治療魔法が使えない茶髪の男は、ばつが悪そうに黒髪の男に呼び掛けた。
黒髪の男は治療魔法が得意だ。鼻血を止めるくらいは造作もないだろう。
『全く、仕方な……うわっ!?』
二人は合流しようとしたが、その間に割って入るようにギルグの剣が突き入れられた。
「ぅふふふふ……折角ですから、もう少し遊びましょう?」
にやにやとどこか恍惚とした表情で、ギルグは細剣を構えた。
その姿は、獲物をいたぶることを楽しんでいるようにも見える。
顔立ち自体は整っているはずなのに、その表情や言葉のせいで不気味な印象がぬぐい切れない。
「……っな、めるなよぉおお!!」
その様子に茶髪の男は一瞬気圧されたが、すぐに自身を奮い立たせ魔法を発動させた。
鼻血を垂らす前から、位置は悟られていたようだった。
理由はどうあれ、この二人相手に視覚的に姿を消すのは無意味だ。
こそこそする必要も意味もない。
ならば、遠慮なく魔法を使い真正面から突破するだけだ。
「ふっ!!」
茶髪の男の手に光が集まりだす。
何か魔法を発動させるつもりだと気がついたギルグは、もう一度剣を繰り出した。
「させるか!!」
だが、黒髪の男も魔法で速度を向上させ、黒髪の男は一気に距離をつめる。
ギリギリで間に合った男は、キルグの剣を横から弾くように攻撃を逸らした。
その一瞬の隙をつき、茶髪の男は手に集めた光を爆発させた。
「いっけええええぇぇ!!」
周囲が一気に光と魔力に満たされる。
「ぐっ……」
視界が白一色に塗りつぶされ、魔力も嵐のように吹き荒れた。
誰もが宿している魔力は、その生命力にも大きく影響する。
それを魔力の嵐で外部から無理に揺さぶれば、五感を狂わせ平衡感覚すら奪うことも可能だ。
意識して魔法を使用することは出来ないないガイスは、身構える以外にその魔力嵐に抵抗する手段はない。
ギルグも多少は魔法を操ることが出来るとはいえ、その一瞬は嵐に抵抗するために魔力を鎧のように身体に纏わせることしか出来なかった。
たった一瞬とはいえ、侵入者たちは敵の行動を制限することに成功した。
魔力嵐を起こした張本人である男も、そうすることを予測していた黒髪の男も、先に対策をしていたためこの魔力嵐の影響はほとんど受けていない。
二人は、敵が無防備になったその瞬間を見逃さなかった。
今度は速度向上などの身体能力を上げる魔法を自身にかけ、一気に行動する。
しばらくすると光が消え、魔力嵐も収まった。
ガイスは改めて周囲を警戒したが、しばらくするとぽつりと言った。
「……逃げたな」
「みたいですね。残念」
そこにはガイスとギルグの二人だけが残されていた。
 




