6話 俺の命を狙う奴が来ましたが帰っていきました (3)
ノイリア王国から来た二人はエアツェーリングの城に侵入した。
そこには、また別の二人の男が待っていた。
二人の男の内、片方は見るからに歴戦の戦士といった雰囲気だ。
大きな盾を持ち、鋭く入り口を睨み付けている。
『おい、あれって……』
『……防衛部隊の大隊長ガイス、だろうな』
二人は盾を持った男を警戒する。
その顔には覚えがあった。
今のように戦争状態になる以前は、ノイリア王国とエアツェーリング王国は友好国だった。
当時は国民同士の行き来に大きな制限もなく、互いに要人を式典に招いたこともある。
それゆえに、高い地位にいる者こそ相手国にも顔が知られていた。
戦争が要因でエアツェーリング王国の他の部隊の大隊長は替わっているが、防衛部隊のガイスだけは戦争前から代わっていない。
ノイリア王国の民にもその顔を見たことがある者はいるし、肖像はそれなりに知られていると言ってもいいだろう。
厳つい雰囲気のその男が、防衛部隊のガイスであることは二人にもすぐにわかった。
『じゃあ、向こうの優男はどうだと思う?』
『攻撃部隊の大隊長、ギルグ……でなければいいんだがな』
ガイス以外の大隊長は戦争前とは替わっているため、正確な顔を二人は知らない。
とはいえ、髪の色などの情報自体は入ってきている。
険しい表情のガイスと少し離れて並び立つ男は、その情報のうち攻撃部隊長のものに一致していた。
魔法部隊長のアムルは濃い茶色の髪に紺碧色の瞳をしているらしいが、この男は明るい茶色の髪に澄んだ空のような瞳をしている。
顔立ちは女性的で美しく"攻撃部隊の大隊長"といった肩書を持っているようには見えない。
剣よりも一輪の花を持たせた方がよほど似合いそうだ。
だがその美麗な様子が、侵入者である二人には不自然なものに見えた。
防衛部隊の大隊長と共に待ち構えているということは、自身らが侵入しているという報せは入っているのだろう。
しかし、真剣な面持ちのガイスとは違い、ギルグと思われる男はどこか楽しそうな様子だった。
剣よりも花の方が似合いそうな印象になるのもそれが原因のひとつだ。
これから愛しい誰かとデートに出かけるところだ、と説明された方が納得がいく。
ある意味、筋骨たくましいガイスよりもこちらの方が二人にとっては得体のしれない存在だった。
『おい……どうする?』
『……姿は見えていないはずだ。撤退するには早計だろう』
侵入者である黒髪の男が確認するが、茶髪の男は前を向いたままだった。
二人は今、外套にかかった魔法で姿を消している。
待ち構えているガイスとギルグだが、その目には侵入者自身は映っていないはずだ。
いくら手練れであろうとも、姿が見えない相手を引き留めるのは容易ではないだろう。
そもそも、無理に大隊長を相手に戦う必要はない。
あくまで目的は"人柱"を処分することだ。
気配を消し、間を擦り抜け、人柱だけ抹殺して帰ればいい。
目を合わせ互いに頷き合い、二人の侵入者はそのことを再確認する。
二人は足音と気配を消したまま、ガイスとギルグが並ぶ場所のさらに外側から侵入するため移動した。
単純に速度だけを求めるならば魔法を使えばいいのだが、それだとその魔法を使用した際の魔力で場所がバレる可能性が高くなる。
どこに潜伏しているのか、生き物が自然に発しているとされる魔力だけで判別することは可能だ。
「いわゆる"気配"というものは魔力のことだ」と主張する者も少なくはない。
場数を踏んだ戦士が自然と他者の気配を読み取れるようになるのは、いわば無意識のうちに魔力を察知出来るようになっていた、という説だ。
逆に「気配を消す」といういうのは、無意識のうちに発する魔力を減らしている状態だとされている。
「きちんと修行したわけではないが、知らず知らずの内に魔法を使用していた」というケースは、実際に珍しくはない。
本格的に魔法の勉強をした者と比べると精度は落ちるが、誰かに教わることなく自然と魔法を行使すること自体は良くあることだ。
だが、侵入者である二人は、きちんと魔法に関する訓練を受けている。
「無意識の内に出来るようになった」というレベルではなく、意識してほぼ完全に魔力を消すことが出来る。
魔法さえ使わなければ、魔力が原因で場所がバレることはないはずだ。
そう判断した二人は、魔法は使わずあくまで自身の身体能力だけで、ガイス達の脇を通り抜けようとした。
下手に焦ると感づかれる可能性が上がるため、あくまでゆっくり足音を立てずに向かっていく。
このまま通り抜けられれば良し……と二人は考えていたが、そうはいかなかった。
ガイスはその大きな身体のほとんどを隠せるような大きな盾を持ったまま、横へと移動する。
盾は大人の背丈と同じくらいの高さがある。
かなりの大きさがあるため、下の方は床の上に置いた状態だ。
それを持ち上げてから、移動先でまた床へ下ろすとガンッと鈍い音がした。
ガイスが盾を再び構えた場所は、侵入者たちが通ろうとしていた隙間だ。
二人の目の前に、壁のように盾が立ちはだかる。
『なあ、これって……』
『おれ達がどこにいるのか、把握しているみたいだな』
何故、居場所が分かったのかは分からないが、姿を消し横を通り抜ける……といった方法はとれそうにない。
『……どうする?』
作戦は失敗したと判断しすぐに撤退するのか、戦いを覚悟して任務を続けるのか。
『……実力行使、だ』
茶髪の男は短く言うと、魔法を発動した。
その意図にすぐに気が付いた男は、同じ魔法を発動させる。
"実力行使"とは言ったものの、二人が使った魔法は腕力や攻撃力を上げるものではなかった。
速度と脚力を向上させ、通常の何倍も速く行動するためのものだ。
だが魔法を使用してもすぐに目的の場所を目指したわけではなかった。
一度横に飛び退き、壁を蹴るようにして速度を上げた後、縦横にその空間を走り回る。
右に走ったかと思えば、次の瞬間左に飛び、上に飛び乗ってから、またすぐに床に戻る。
二人同時かつバラバラに動き回り撹乱した。
駆け抜ける度に空を切り風が巻き起こり、慎重に行動していた時と比べて足音が大きくなる。
この部屋に侵入者がいるということはガイス程の手練れでなくともわかる状態だ。
だが、どこにいるのか、次はどのように動くのか、認識することは難しくなっている。
仮に姿が普通に目に見えていたとしても、ただの一兵士ならば対処出来ないだろう。
(……いまだ!)
しばらく撹乱した後、タイミングを見計らい盾の向こう側を目指し茶髪の男が飛び込んだ。




