6話 俺の命を狙う奴が来ましたが帰っていきました (2)
「……おい、本当に大丈夫なんだろうなぁ?」
「しっ」
不安そうに声を掛けてきた黒い髪の男に、もう一方の茶色の髪の男は制止した。
『静かにしろ。何の為に魔法石を預けられたと思っているんだ。声に出すのではなく、魔法で話しかけろ』
『そうは言ってもなあ……』
二人の若い男は、敵国にあたるエアツェーリングの城下町にいた。
目の前には城へと繋がる跳ね橋がある。
その跳ね橋の近くには、兵がいた。
二人が上から与えられた任務は『城内にいるはずの人柱を抹殺すること』だ。
スミア村はノイリア王国の兵が占拠していたが、エアツェーリングの兵が奪還に来た場合はすぐに連絡をいれる手筈になっていた。
そして、その連絡は少し前に届いた。
全ての兵がスミアの村に向かっているわけではないだろうが、通常よりは兵が出払っているのも間違いないだろう。
この隙に少数精鋭で厄介者を暗殺しろ――というのが上からの方針だ。
そのためには、まずこの兵に咎められず城へ侵入しなければならない。
この重要な任務に、ノイリア軍の中でも優秀な二人が選ばれている。
それでも、敵国の城を正面から攻略するのは無謀だ。
だからこそ魔石等を備えてきたのだが、黒髪の男はそれでも不安なようだった。
『そもそもコレ効いてんのかぁ』
そういって、自身が被っているフード付の外套を胡散臭そうに摘まんだ。
茶髪の男は、その姿を呆れた様子で見ていた。
ふう、とため息も吐きそうになったが、かろうじて思い止まる。
静かにしろと言った手前、自身が無駄に音を立てるわけにもいかない。
『ほら、辺りを見てみろ。効果があるかどうか、ならば問題ないだろう』
そういって、茶髪の男は周囲を見渡した。
つられたように、黒髪の男も町へと目を向けた。
『――っと、危ねっ』
二人がいる場所まで真っ直ぐに子供が駆け出してきた。
それをすっと男達は避ける。
はしゃぐ子供は全く前を見ていない……わけでもなく、その目は確かに前を向いていた。
しかし、そこに人間がいるとは全く気がついていなかったようだ。
何事もなかったかのように、そのまま走り抜けていく。
避けた先でも、仕事中らしい男がそこに何もないかのように向かって来た。
それをまた避けてから、二人は跳ね橋の方へと移動する。
町には活気があり多くの人がいるが、外套を被った男達に不審な目を向ける者は一人もいない。
『本当に見えてないみたいだな……』
『ああ。だが、あくまで目視が難しくなるだけだ。音も消せないのだから、きちんと気配を消して静かにしてくれよ』
『へーい……』
茶髪の男に注意され、しぶしぶといった様子で黒髪の男は応えた。
この外套は被るだけで姿を消し、尚且つ特定の相手には普通に見せることも出来る、一種の魔道具だ。
糸と共に魔石が編み込まれ、その魔石に魔法を込めている。
二人とも魔法はある程度使えるため、構造上の仕組みはわかる。
同時に、言葉で説明するほど簡単なものではないことも、二人は同時にわかっていた。
布に魔石を組み込むことも、それを外套の形状にすることも、簡単ではないがそちらを専門にした職人ならば不可能ではないだろう。
しかし、そこに付与する魔法は別だ。
"被っただけで他者から姿を認識出来ないようにする"といった魔法を付与出来る魔法使いは、二人が知る限りノイリア王国にはいない。
当然、この二人にも不可能だった。
たが、魔法には無限の可能性がある。
二人には出来ないからといって、その魔法自体が実現不能だと決めつけることも出来ない。
この広い大陸内には、このような魔法も使うことが出来る者も存在しても不思議ではない。
とはいえ、この精度の魔道具は滅多に手に入らないだろう。
金を積んだところで、そう簡単にお目にかかれるものでもない。
そんな代物をふたつも渡されて、二人がにわかに信じることが出来ないのも無理はなかった。
茶髪の男の方はこういうものだと割り切って対応はしているが、やはりどこか不審に思っているのも事実だ。
黒髪の男にいたっては、いまだに性能すら疑っている。
どうやら参謀役である男がこの魔道具を持って来たようだが、どこから手に入れたのか、どうやって手に入れたのか、二人には知らされていない。
常に全身黒い装束を纏っているあの参謀役は、見た目だけではなく素性にも怪しい部分が多かった。
この二人も参謀役の男には苦手意識を持っている。
表立って批判するほどではないが、近寄りたくないとも思っている。
その男に渡された外套を使用するのは心に引っかかるものがあるが、性能としては申し分ないのも事実だ。
早く仕事を終わらせて帰るためにも、使えるものは使った方がいい。
そう判断した二人は素直に外套を使うことにした。
『……ここでバレたら、即撤退でいいよな?』
『ああ、問題ない』
そう魔法で会話しながらも、二人は堂々と跳ね橋の中央を歩いていった。
足音は立てず気配は消し、しかし手早く城を目指す。
姿は見えず音も極力消したため、入口近くにいる兵には気がつかれていないようだ。
だがその途中で、ちょっとした違和感があった。
『おい、今の……』
『結界だな』
眉根を寄せて言う黒髪の男に、茶髪の男は短く返した。
だが二人とも足は止めずそのまま進んだ。
『これくらいは予想の範疇内だ。これも問題ないだろう』
『……だな』
エアツェーリング王国には人柱が存在し、国中へと魔力を提供している。
この環境ならば、城等の重要な場所に結界を張るのは最早必然だろう。
事実、城下町に潜入した際も似たような結界が張られていることを確認している。
ある程度までは、その結界がどのような効果があるか予想も出来る。
だが、完全に解析出来るわけでもない。
一般的に結界の役目は、味方の強化・敵の弱体化・悪意があるものが侵入した際の警告や排除、といったところだ。
この中で、強化・弱体は容易に読みとることが出来るが、警告については簡単には判らない。
すでに警告が伝わっている可能性は高いが、それを確認する術は二人にはなかった。
少なくとも、目の前にいる兵は特に動く様子はない。
警告自体は誰かに伝わっていても、ここから見える範囲にはその"誰か"はいないようだ。
それに加えて、侵入者を物理的に排除するような結界でもなかった。
今後どのような罠が待っているかはわからないが、ただ潜入するだけならば何も特別なことをする必要はない。
「…………」
二人は予想よりも簡単に城の目前へとたどり着いた。
城内に入る前に二人は一度立ち止まると、互いの顔を見た。
何かを口にしたわけではないが、こくりと頷き合う。
その直後、二人は同時に城の中へと侵入した。
城へ入ってすぐの場所は、開けた空間になっている。
二人がそこで目にしたのは、また別の二人の男だった。
"外套"と書いて"マント"と読む、みたいな表記が好きです。




